Mr.ペイン
「おはようはん、真美」
「おはようさん。なんやおとん、ひょっこりはんみたいに言うて。っておとん! おまえ、その顔どうした!」
「虫歯になってしもうたんや。顔、腫れとるやろ?」
「ヒデブみたいになってんで。早よ、歯医者行きいな」
「いやや。絶対行かへん」
「はあ? アホな。おまえ破裂して死ぬ寸前みたいになってんで。早よ行きなや」
「いやや。行かれへん」
「何でや? 痛ないんか?」
「痛いっちゃー痛い」
「タモさんかいな」
「あいつら怒るから嫌なんや」
「あいつらって歯医者がか?」
「そうや。何でもっと早よ来んのかとか、ちゃんと歯磨いとんのかとか言うやろ? わしもいい大人やから、そんなんで怒られたないんや」
「いや、いい大人はそんな駄々こねへんで」
「今はまだ薬で押さえてるけどもな。でも大丈夫や。歯医者行かんでもいい方法を昨晩寝ずに考えたんや」
「おとん、おまえホンマにズレてんで」
「まあ、聞けや。真美よ、そもそも『痛み』とは何ぞや? おまえも高校生や、それなりの考えはあるやろ」
「聞けや言うていきなり質問かいな。まあ、ええわ。うーむ、痛みかぁ。身体の危険を知らせる信号みたいなもんか?」
「せやな、身体に異常が起きたときそれを痛みとして脳に伝達をして、異常の除去を促す、それが痛みの役割や」
「ほう」
「では、聞くで。何でその信号の伝達に痛いという不快な現象が選ばれたんや?」
「知らん」
「それはな、痛みを与えんと人間ってゆうのは、なかなか治そうとせんのや」
「おとん、まさに、おまえやな」
「神が人間に対し、セックスには快感を、死には恐怖を感じさせるようにしたのは、そのどちらもないと人間という種族はすぐに滅んでしまうからなんや。ええ事ないとセックスもせえへん。脅さんと勝手に死による。怠けもんなんや、人間は」
「おまえが言うなや」
「つまりは痛みの目的は危機的状況の伝達、ということになる。ならば、や。その目的を果たしてやれば、痛みはその存在意義を無くすはずやないんか、わしはそう考えたんや」
「早よ、医者行ってこいって」
「存在意義を無くせば痛みも消滅して然り。本来こうならんとあかん。でも、実際そうはならん。何でや?」
「知らんがな」
「信頼関係やがな。痛みとわしの間に信頼関係が無いんや。だから、痛みも伝達を出来とらんと勘違いして消えへんのや」
「おかんはおとんの事、信用できんって言って消えてしもたけどな」
「やかましいわ! そこでや、わしは考えたで。信頼関係を築くにはどうすればええ、やはり話し合いなんやないか、話し合いが不足してるからこないなっとんやないか、そう気付いたんや」
「いや、おかんの時に、それは気付けや」
「そやかて、痛みと対話をする、どないしたらいい? イメージや。痛みを擬人化してイメージをする。そのイメージと対話をしてお互い理解を深めたら痛みは消えるんとちゃうか」
「アホくさ」
「ひょっとして昔の人もそれに気づいてわしと同じことしてたんとちゃうやろか? ほれなんて言うたっけな。『チンポをメーキャップすればそれもまた楽し』やったか?」
「楽しいんか? それ?」
「ボケやがな。おまえもなにわの娘なら突っ込まんかい。『心頭滅却すれば火もまた涼し』やろがい! ってな」
「すまん、おとん。難易度高いわ」
「まあ、ええわ。そこでわしは痛みを擬人化する為、痛みに名前を付けた。『Mrペイン』さんや」
「なんで外人さんやねん」
「別に『伊丹さん』でもええんやけどな。外人さんの方が物分かり良さそうやんけ」
「さよか」
「痛みに集中すれば必ずなんらかのメッセージがあるはずや。わしはそれを逃さず解読を試みる。そして、ペインさんに痛みを伝えるのをやめてもらうように説得する、そんなイメージやな」
「好きにすればええやん」
「ほな、今日わし、仕事休むで。ペインさんと徹底討論会や。あと頼むで」
「仕事休むって、ちょ、それはあかんで。おまえ、この間もネイティブアメリカンの秘術を会得するとか言って休んどったやないか! あかんで、おとん! おまえゲームがしたいだけやろ! ちょ、待てや、仕事クビになんで! おとん! 働けやーーーー!」
翌日。
「おはよほはん」
「おはよほはんやあらへんで、アホが、ホンマに仕事休みよって。顔パンパンやないか」
「いはい(痛い)」
「そんでペインさんは何て言うてたんや。一日あったんやから、連絡は取れたはずやろ。言うてみい。聞かせてもらおうやないか」
「ほれが……はいひゃ行っはらっへ(歯医者行ったらって)」
「はあ?」
「はいひゃに行っへひまふ(歯医者に行ってきます)」
「おとん……おまえ、薬が効かんようになっただけやろ……」
了
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