諦めなければ失敗はない。
「ご利用のお客様に申し上げます」
アナウンスは繰り返し運行の遅れを知らせ、到着までもうしばらくお待ちくださいと告げた。
「ぼくたち、完全に遅刻だね」
「改札を出る前に遅延証明書の発行を、駅員に願い出るのを忘れないようにしないといけない」
「そうだね」
しっかりしている彼女を称賛しつつ、そこまで思い至らなかった自分の拙さを黙認した。
次のページをめくりかけたときだ。
「蓮理、異世界転生で思い出した」
不意に彼女が話を切り出した。
「ネット記事に、全国の十代から六十代の男女に『あなたは異世界に転生したいと思ったことがありますか』と、アンケート調査した結果が掲載されていたのを読んだことがある。十代の四割が『ある』と回答していた」
「へえ、半分近いんだ。毎年のように異世界転生のアニメが放送している影響かな」
「ちなみに二十代三十代は三割弱、四十代は二割弱、五十代六十代は一割ほどだった」
小説に集中できない、と蓮理は本を閉じ、陽翼の顔を見た。
彼女と目が合い、思わず息を飲む。
「そうなんだ。年齢が上がると現実逃避しなくなるんだね。歳を取るとお迎えが来るのを望むようになるのかも」
「お迎え、か」
彼女は腕を組み、息を吐いた。
お迎え、お迎え……、と繰り返しつぶやく。
「蓮理の考えも正しいだろう。だがわたしは、歳を重ねると再挑戦できなくなるからだと考える」
「再挑戦……ね。たしかに失敗しても、ぼくたちの年齢ならなんとかなるかもしれない」
「そうなのだ」
彼女は顔をほころばせた。
「わたしたち若い世代は再挑戦できる。だから日常の失敗から落ち込んだ気持ちをリセットするために、ファンタジー作品を読んで、やる気を取り戻そうとするのではないだろうか。蓮理はどう思う?」
「面白い考えだね」
蓮理は腕を組み、顎をしゃくる。
考えるまでもない。昔から読み親しんできた本は、ファンタジー小説だった。
そもそも異世界転生するファンタジー小説はすべて、剣と魔法のゲーム世界で冒険したい、という思いが根底にある。
そんなゲームは、イギリスのジョン・ロナルド・ロウエル・トールキンが書いた、エルフや人間が国家を築き、戦争を繰り広げる架空の世界を舞台としたハイ・ファンタジー作品である『ホビットの冒険』や『指輪物語』の作品に強く影響されて作られている。
つまり、異世界転生する小説のルーツはトールキン作品にあるといってもいい。
とはいえ、読書離れが叫ばれて親しい昨今、百年近い昔に彼が書いた古典小説を読んでいる人は稀である。馴染みがあるのはゲームの方だ。
ゲームみたいな剣と魔法の異世界に転生するファンタジーが大量生産されたのは、世の流れだろう。
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