第745話 来るとこまで

 ☆亜美視点☆


 5日目が終わり、私は自室で寛いでいます。


「エースは奈々ちゃんかぁ。 出世したねぇ……」


 中学時代から紗希ちゃんとエース争いをして、中学2年のインターミドルで初めてエースに抜擢されたんだよね。 それまでは紗希ちゃんがエースだったっけ。


 正直今でも奈々ちゃんと紗希ちゃんに差は無いと思う。 奈々ちゃん、弥生ちゃん、宮下さんはたしかに凄いプレーヤーだ。 しかし皆、極端なプレーヤーでもある。 奈々ちゃんと弥生ちゃんはパワーに振り切ったタイプで、宮下さんはテクニックに振り切ったタイプである。 そんな中で紗希ちゃんはというと、かなり高水準にまとまったバランス型と言える。

 高さは私の通常レベルに匹敵し、パワーもかなりある。 テクニックだって結構な物だ。 何より決定率もかなり高いのだ。

 エースとして申し分ないのだけど、奈々ちゃんは皆を引っ張っていくカリスマがあるからね。 その差が出ている可能性がある。


「奈々ちゃん、プレッシャーに潰されなきゃいいけど」


 奈々ちゃんはそういうのとは結構無縁に思われがちだけど、実際には人並みにプレッシャーを感じたりもする普通の人間である。 中学時代も初めてエースに抜擢された時は私に相談に来たぐらいである。


「ふむ。 ちょっと心配だし奈々ちゃんの部屋にでも行ってみようかな」


 日本のエースとなるとそのプレッシャーは想像出来ない。 こういう時こそ親友である私の出番だ。 心のケアは大切だよ。



 ◆◇◆◇◆◇



 コンコン……


 奈々ちゃんの泊まっている部屋にやって来てノックをしてみるも、仲から奈々ちゃんは出てこない。


「いないのかな?」


 こんな時間に部屋にいないとなるとお散歩かな? ううむ。 通話かけてみようかな。

 スマホを取り出し奈々ちゃんのスマホにかけてみる。


「もしもし?」


 お、出た出た。


「もしもーし。 奈々ちゃん今どこー? 部屋にいったらいないし」

「あぁ、ごめん。 ちょっと夜風に当たりたくて散歩に」

「そなんだ。 今から私も行くよ。 どこ?」

「別に良いけどそんな面白いもんでもないわよ? えーっと、今はホテル出て5分ぐらい西に歩いたとこぐらいかしら。 近くにレストランがあるからその前で待ってるわね」

「らじゃだよ!」


 そうと決まればすぐさま出かけるよ。 歩いて5分なら走れば1分30秒だよ。

 全力ダーッシュだよ。


 ホテルから出て西の方角へ全速力で向かう。

 1分30秒間全速力で走ると、レストランが見えてきた。


「おーい」

「早っ?! 歩いて5分よ?!」

「私が全力で走れば1分30秒だよ」

「いやいや、それはおかしくない?」


 奈々ちゃんは頭を抱えている。 どしたんだろうね?


「それよりどうしたのよ? わざわざ出てくるなんて」

「奈々ちゃん大丈夫かなって気になって」

「何よ? 私がエースのプレッシャーに圧し潰されてるんじゃないかと思ったわけ?」

「うん。 中学時代のこと思い出して」

「あの時とは違うわよ。 今凄く燃えてるんだから」

「おー。 プレッシャーは無いと?」

「適度にはあるわよ。 でも潰れるようなプレッシャーじゃないわ」


 どうやら奈々ちゃんはあの頃とは違うようだ。 ずっとエースを張ってきた自信が奈々ちゃんを支えているんだね。 心配は無用だったか。


「そかそか。 良かったよ。 でもまあ、せっかく出てきたし一緒に散歩続けるよ」

「はいはい」


 というわけで奈々ちゃんと一緒に散歩を開始する。


「それにしても、小学生の時に初めてバレーボールに触れてから、とうとう日本の代表まで来ちゃったわね」

「そだねぇ。 来るとこまで来ちゃったね」


 まさかこんな所まで来るなんて、あの時は思わなかったなぁ。 興味本位で始めたスポーツで日本の代表として世界と戦う事になるなんて。


「どうせならこのまま世界の頂点まで行っちゃいますか?」

「あはは、そうだね」


 皆とならそれも出来るような気がするよ。


「期待してるよ日本のエースさん!」

「ま、緩く頑張らせてもらうわよ」


 奈々ちゃんもプレッシャーは無さそうだし、安心安心。



 ◆◇◆◇◆◇



 ホテルへ戻ってきた私と奈々ちゃんは、ロビーで退屈そうにしている奈央ちゃんと紗希ちゃんを見つけた。


「ありゃ? 2人ともこんな時間に散歩してたの?」

「えぇまあ」

「エースに抜擢されて緊張でもしてるんですの?」

「別に。 慣れたものよ」

「ほお、怖かったら私が代わってやろうかと思ったんだけど、案外余裕があるみたいね。 残念」

「誰が代わるか……」

「まあでも、エース1人が全部背負う必要はないわよ。 周りの人間も頼っていけばいい。 私だってエースのあなたにばかりトスを上げるつもりはないし」


 と、奈央ちゃんがそう言う。 奈央ちゃんは試合中に選手の調子や相手の動きに合わせて的確にトスを上げてくれるセッターだ。 トスの精度が高いというのは勿論だけど、そういった視野の広さも奈央ちゃんの凄さである。 ただ、試合の勝利を重視する傍らで熱い部分も持っており、勝負に拘るエースを鼓舞するようにエースにトスを集めたりすることがままある。 もちろん勝算が無い場合はその限りではないけど。


「仮に負けたってエースの責任だなんて思わないことね。 ま、勝つけど」


 いつでも自信満々なのも奈央ちゃんのいいとこだよ。


「ま、そゆこと。 エースが多少頼んなくても私や弥生、宮下さん、亜美ちゃんがいるんだから気楽にやってなさいな」

「いやいや、だからプレッシャーなんて無いんだってば」


 月ノ木はなんだかんだ今まで全員バレーで勝ってきた。 エース奈々ちゃんを中心に皆が全力を尽くして戦った。 今は私たち以外にも頼れる心強い仲間が一杯いる。 それこそライバル校として鎬を削ってきたチームのエースが3人も。 全員バレーで頂点を目指そう。



 ◆◇◆◇◆◇



 翌日──。


 今日は午後からアメリカ代表を迎えての練習試合が予定されている。 練習試合という名のお互いの腹の探り合いといった感じだけども。 お互いが自分達の手の内を見せずに相手の手の内を探ってやろうという気満々のこの練習試合。 一体どうなるんだろうか。


「今日のスタメン発表するぞー。 黛妹、黛姉、田中、清水、新田、蒼井、新田との交替には徳井でいくぞ。 いいか、手の内は見せるなー」

「はい!」


 エースの奈々ちゃんや宮下さん、それに紗希ちゃんといった主力を温存していくようだ。 本当に手の内を隠していくつもりのようです。


「黛姉妹。 お前達の連携は世界選手権でも見せていたからもうバレている。 使ってもいいぞ。 ただ、新連携は見せるなよ?」

「はいー」


 し、新連携? この姉妹はまた何か新しい連携を覚えたんだろうか? 以前に京都立華と対戦していた時に、姉妹のどっちが打ってくるかわからないというような高速連携を見せていたけどあれかな?


「いいかー他の皆は手の内を見せずにのらりくらりと立ち回れよー。 本番はワールドカップだからな」

「はい!」


 さて、午前中はいつも通り練習して午後からの練習試合に備えるよ。

 そういえば私も世界選手権でデータは取られてるんだけど、全力出しちゃダメかな?

 

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