第579話 大丈夫
☆亜美視点☆
私は先程の話を思い返していた。
アイドル姫百合凛さんと電話でお話しした内容。
あのトップアイドル姫百合凛さんは、宏ちゃんが好きだという事らしい。
奈々ちゃんに伝えるべきなんだろうか?
いやいや……受験目前の今、そんなノイズを奈々ちゃんに入れて勉強に集中出来なくなったりしたら大変だ。
「うぅむ」
「何唸ってるのよ?」
「う、うわわ?! 奈々ちゃん?!」
私が頭を悩ませていると、凄いタイミングで奈々ちゃんが広間にやって来てしまった。
「亜美、お風呂まだでしょ? 入りましょ?」
「あ、うん、そだね。 ちょっと待ってね」
とりあえずは奈々ちゃんとお風呂に入る事にした。
◆◇◆◇◆◇
かぽーん……
「ふぅ……しかし今日はびっくりしたわよね? あのゆりりんとカラオケで遊ぶ事になるなんて」
「ふぇっ?! そだねぇ!」
いきなり姫百合さんの名前が出て声が上ずってしまう。
奈々ちゃんはそんな私を見てジト目になる。
「何よ……さっきもなんか唸ってたし、何か悩んでんの? 私に話してみ」
と、お姉ちゃんぶる奈々ちゃん。
むぅ、悩んでも仕方ないか。 奈々ちゃんならしっかりと受け止めるだろうし。
「んとね。 今日一日姫百合さんの事見てて気付いたんだけどさ」
「ゆりりんを?」
「うん。 あのさ、どうも姫百合さん、宏ちゃんの事好きなんじゃないかって」
「ゆりりんが宏太をねぇ。 まあ、たしかにそんな風に見えたわね。 ずっと近くに居たし」
と、奈々ちゃんもその辺にはしっかり気付いていたみたいだ。 さすが、ちゃんと見ていたんだね。
「でさ、気になったから本人に聞いたんだよ」
「は? ゆりりんに? あんたは全く……」
と、呆れたように溜息をついた。
「で? ゆりりんは何て?」
「多分好きだと思うって」
「ふぅん。 なんかはっきりはしないのね」
「そうなんだけど、でも恋愛対象として見てる事は確かだよ」
「そうねぇ。 宏太が知ったら飛び跳ねて喜びそうだわ」
「ダ、ダメだよ話しちゃ?!」
「どして? 別に良いじゃない?」
「だ、だ、だって、宏ちゃんは姫百合さんの大ファン何だよ? そんな子が自分に好意を持ってるなんて知ったら、奈々ちゃんと別れるとか言い出すかもしれないよ?」
私が心配しているのはそこである。 奈々ちゃんと宏ちゃんはお似合いだし、2人に別れたりしてほしくない。
「ま、もしそうなったら、宏太の私への想いなんてそんなものだったって事よ」
「奈々ちゃん……」
ただ、奈々ちゃんは自分から宏ちゃんに話す気は無いという事らしい。
◆◇◆◇◆◇
☆奈々美視点☆
お風呂から上がった私は、部屋に戻って亜美との話を思い出していた。
「うーむ。 亜美にはあんな風に強がったけど、相手があのゆりりんじゃ私に勝ち目なんてないのよねぇ。 亜美が相手になるぐらい勝ち目無いわ」
今日のゆりりんを見ていれば、何かそうなんじゃないかとは思っていた。
初めて会ったのが去年のクリスマス。 それからまだ1ヶ月ちょっとしか経たないわけよね。
この間、宏太とゆりりんが会う事が出来たのは今日だけ。 つまりゆりりんは、初めて会った時には宏太に?
「一目惚れ? まあ、見た目はイケメンだしあり得なくは無いけど、芸能界ならそれこそイケメンだらけよね? それを押し除けて宏太の見た目に一目惚れって事も無いか……」
色々と考えてみるも、ゆりりんが宏太に惚れた理由はわからないわ。
「考えても意味ないか。 ゆりりんが宏太に惚れてるってのは事実みたいだし」
私はスマホを片手に取り、ゆりりんの連絡先を画面に出していた。
「……さすがにこの時間は迷惑かしら?」
悩んだが、どうしても話をしたくなったので迷惑覚悟で連絡してみる事にした。
3コール程で通話が繋がる。
「もしもし、藍沢さん?」
「こ、こんばんは。 夜遅くにごめんなさい」
「ううん! 嬉しいよ! どうしたの? もしかして気が変わって歌手になりたいとか?」
「あー、いや。 そうじゃなくてね」
「ぬぅ、違うかぁ。 残念」
と、本当に心底残念そうな声を出す。
「あのね、さっき亜美……清水から聞いたんだけど、宏太の事が好きだって?」
「あ、あはは、まあ、多分なんだけどね。 私、男子に恋した事なくてよくわからないんだ」
なるほど。 曖昧な理由はそういう事だったか。
おそらく芸能活動やらで忙しくて、そんな暇も無かったのかしらね。
「あ、でも大丈夫だよ? ちゃんとわかってるから!」
「え?」
私が何かを言う前に、向こうからそんな事を言ってきた。
「藍沢さんと佐々木君、お付き合いしてるんだよね? 見ててすぐわかったよ」
あえてそういう事は言わなかったが、どうやら見ていてわかったらしい。
恋愛した事が無いという割には鋭いみたいね。
「だから、藍沢さんから奪ってやろうとかそういう気は無いかな。 い・ま・は」
と、そう言った。 今はと来たか。
「もーしかしたら! 本気で欲しくなっちゃったらライバルに立候補しちゃうかもだけど」
「な、なな……」
「そうなったらその時はよろしく!」
「ま、負けないわよ」
「あはは。 おっと、明日早いからそろそろ……。 お話し出来て良かったよ、またね、おやすみ」
「あ、忙しい中ごめんね。 おやすみ」
そうして通話を切った。
「はぁ……とりあえずは大丈夫……かしら?」
とはいえ、最後には本気になったらとか言ってたわね。
「何が負けないよ……あんなんに勝てるわけないでしょうが」
今はあまり深く考えないようにしましょう。 彼女が本気にならないかもしれないし。
何より、今は受験以外の事を考える余裕があるわけじゃないし。
私は頬をパンッと叩いて切り替える。
「ふぅ。 寝ましょ」
……。
「……宏太、起きてるかしら?」
別にちょっと不安だとかそういうんじゃないけど、た、たまには一緒に寝るのも良いかなっとか思っただけで。
「誰に言い訳してんのかしら……」
とにかく、今日は宏太の部屋に行って宏太の部屋で寝ましょう。 そうしましょう。
◆◇◆◇◆◇
コンコン……
「宏太、起きてる?」
ドアをノックして呼びかけてみる。
もし起きてなかったら諦めましょう。
と、思っていたのだけど、すぐに部屋のドアが開いて宏太が顔を出した。
どうやらまだ起きていたらしいわね。
「何だぁ? 夜這いかぁ?」
「あー、その。 一緒に寝ない?」
「何だ、寂しがり屋め」
「う、うっさいわね……入るわよ」
宏太の了解を得ずに部屋に入る私。
部屋内は灯りがついており、パソコンの電源が入っていた。
そのパソコンのモニターに映し出されている映像は、ゆりりんのライブの動画であった。
「……へぇ、熱心なファンね」
「まあな。 デビュー当時から追っかけてるからな」
「そうだったわね。 可愛いものね、私と違って」
「そりゃもう比べるべくも無いな」
な、何だかムカつくわね。
「もし……もし、ゆりりんがあんたを好きだって言ってきたらどうする?」
「ん? そんな事あるわけねぇけど、そしたらお前と別れてでも付き合うだろうなぁ。 何せ日本のトップアイドルゆりりんだからな。 なんてなー」
あぁ、やっぱりそうなのね。
私は亜美にもゆりりんにも勝てないんだ。
「あ、そ……ごめんなさい、やっぱり部屋戻るわ」
「ん?」
「ええ……あ、そうそう。 ゆりりん、あんたの事好きだって言ってたわよ。 良かったじゃない、お幸せに」
私はそれだけ言って宏太の部屋を後にした。
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