第522話 ちょっと本気に

 ☆奈々美視点☆


「……」


 私は夕也と2度目の浮気をしてしまったのだが、今回は不思議と後悔なんかしていない。

 むしろスッキリするわ。


「はぁ……これはあれね。 ちょっと本気で恋しちゃってるわ」


 宏太と別れて乗り換える、なんてつもりは特にあるわけじゃないけど、この気持ちは間違いなく恋そのもの。


「こりゃ亜美に知らせないといけないわね」


 あの子に隠し事をするのはもう嫌なので、こういう報告はちゃんとしたいと思う。


「怒るかしらね?」


 今は深夜なので通話をかけるのは少し迷惑だろうし、ここはメールで済まそう。


「ごめん亜美。 夕也の事、ちょっと本気で好きになったぽいっと」


 ちょっと簡単なメール過ぎるかしら? でも詳しくは明日電話ですれば……。


 ブーブー


「って、嘘でしょ?」


 こんな時間に起きてるのあの子? どういう生活リズムしてんのよ?

 と、電話出ないとね。


「もしもし」

「もしもーし! メール見たけどどういう事これ?」


 おっとっと、ちょっと怒ってるのがわかるわ。

 まあ、そりゃそうよね。


「まあ、ちょっと色々あってね」

「色々じゃないよ。 詳しく話してよ」

「わかったから。 てか、よくこんな時間に起きてるわね……」

「うん? まあ、家事しながらだと受験勉強してる時間無くてねぇ。 だから今やってるの」

「が、頑張り過ぎでしょ……あんたも倒れるわよ?」


 ちょっと心配になるわね。


「って、私の事は良いんだよ。 メールの内容について詳しく教えて」

「あー、はいはい。 実はちょっと夕也と色々話してるうちに、スキンシップを控えてくれって言われたのよね」

「うん」


 亜美は黙って話の続きを待っている。 冷静な子ね。


「で、色々と考えてみた結果、夕也の事好きだなぁって事に気付いたわけよ」

「んと、それはずっとそうだったじゃない? どして今更になってそんな事をわざわざ報告してきたの?」


 そう。 私が夕也を好きだっていうのはずっと昔からの事で、亜美もそれは知っているし黙認されてもいる。

 それは亜美の方も同じで、亜美も宏太の事を好きな事を私は知ってるし黙認している。

 私達4人……いや、5人はそういうややこしい関係で長らくやってきた。


「だから書いてあったでしょ? 本気って」

「……本気ねぇ」

「で、またちょっとやっちゃったんだけどさぁ」

「やっちゃったって? ヤッちゃったってこと?」


 ちょっと声音が低くなったように感じるわね。 さすがにちょっと怒ったかしら?


「ま、まあそういう事になっちゃってー」

「なっちゃってーじゃないでしょ。 で、奈々ちゃんから襲ったの?」

「はい」


 うわぁ、電話の向こう側にいるのに黒いオーラ出してるのがわかるぐらいに怒ってるわこれ。 やっぱりまずかたかしら。


「あのねぇ。 奈々ちゃん去年の夏にやっちゃって秋に妊娠疑惑が持ち上がった時に凄く怖がってたし後悔してたよね?」


 亜美はかなり怒っているようだ。 私にはわかる。

 しかし、これは自分がいない間に夕也と浮気した事に怒っているのではなく……いや、それも多少はあるだろうけど、本当に怒っているのはまた私が後悔するような事をしたのに怒っているのだ。

 それも私にはわかる。

 亜美は私を心配してくれて怒っている。


「こ、今回は大丈夫よ。 ちゃんとしたし」

「ちゃんとしてても100%安全ではないんだからね。 もし万が一また怪しかったら、すぐに相談するんだよ?」

「わ、わかったわ」

「よろしい」


 電話の向こうの亜美から、スッと怒気が引いていくのを感じる。


「で、本気って事みたいだけど、まさか宏ちゃんと別れて夕ちゃん争奪戦に参加するつもりって事なの?」


 と、亜美はやっぱりそこを気にしているみたい。 私と取り合うのは希望と取り合うのと同じくらい辛いと吐露する亜美に、私はそうではないから安心する様に伝える。


「違うんだ? ちょっと安心したよ」

「ごめんなさいね、ちょっと不安にさせちゃって」

「ううん。 そういう事なら別に構わないんだけど。 奈々ちゃんが本気になるのはまあ黙認するよ」

「あ、あはは。 サンキュ」

「うーん。 でもそれって今までと何か変わるの?」


 亜美は率直な質問を投げかけてくる。 

 私は少しだけ考えてみる。 本気で恋したとは言っても、宏太から乗り換えるつもりはない。 これが恋って言えるのかどうか甚だ疑問だけど、私の夕也への想いは恋心そのものだし。


「そうねぇ。 たまにで良いからデートさせてほしいかしらね」

「奈々ちゃんまでそんな事言い出すんだねぇ……。 んー、希望ちゃん達にも伝えてあるけど、審査は厳しいよ?」

「まあ、あの3人みたいに何がなんでもさせろとは言わないから別に構わないわよ」

「はぁ……。 しょうがないねぇ。 良いよ、認めます」


 と、意外とあっさりと認めてもらえたわね。

 しかし、亜美は「ただし」と付け加えた。


「交換条件があります」

「交換条件?」

「うん。 フルーツパフェを1ヶ月奢り続ける事」

「いっ、1ヶ月?! ちょっとちょっと、それは私の財布のダイエットが進みまくるんですけど?!」

「じゃあさ、私も宏ちゃんに本気で恋したら、その時は黙認する事。 どっちか選んでね」


 私がパフェ1ヶ月に対して難色を示すと、もう一つの選択肢を提示してきた。

 多分これが本線で、さっきのパフェはちょっとした意地悪みたいなものであろう。

 もしそれで私が手を打ったなら、それはそれで良しといった上手いやり方だわ。


「わかった。 それで良いわ。 でも、亜美が宏太に本気になる事なんてあるの? 好きなのは知ってるけど」

「あるよ? なんなら私、結構前から宏ちゃんの事は結構本気だし」


 と、ここで意外な返答が返ってきて少し驚く。

 亜美は結構前から本気だったらしい。


「な、何それー」

「あははは。 ごめんごめんだよ。 むしろ、奈々ちゃんが今まで本気じゃなかった事に驚きだよ」


 と、笑いながら語った亜美は、ワザとらしく1つ咳払いをして話を切る。

 そして、今度は亜美の方が謝ってくるのであった。


「私からも奈々ちゃんに謝って報告しなきゃいけない事があるんだ」

「え? 何よ?」


 私には亜美に謝られるような覚えが特に無い。


「実は随分前の話になるんだけど……私も宏ちゃんと1回浮気をした事があってね。 ずっと隠しててごめんなさい」


 と、本当に申し訳なさそうに話す亜美。

 本当にかなり前の話みたいで、本当は誰にも言わずに隠し通すつもりだったらしい。


「でも、今回奈々ちゃんが隠さずにすぐに話してくれたから、私も奈々ちゃんにはちゃんと話しておこうと思ってね」

「そうなのね。 教えてくれてありがとね」


 亜美が話してくれた事に対して、私は特に怒っているわけではない。 まあ、私には怒る資格ないしね。


「でもあれよね。 お互い仕方のない女よね」

「あはは、そうだよねぇ。 彼氏もいるのに、お互いのパートナーにも恋してるなんて、めちゃくちゃな関係だよ」

「それよね。 お互いの関係を壊さないように、付き合い方をちょっと気を付けていきましょう」

「うん。 そだねぇ」


 複雑な関係になっているというのに、私達は深夜なのも忘れて笑い合うのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る