第300話 エース
☆夕也視点☆
第2Qが始まると、俺のマークにつくのが佐田さんから大西さんに変わっていた。
おそらく、あちらさんの監督の指示だろう。
良いねぇ、有能な監督がいるチームはよ。
こちとら、お飾り顧問が置き物のようにベンチに座ってるだけだってのによ。
「どうしたんすか? そちらさんのエース、逃げたんすか?」
「……佐田はお前には負けん」
煽ってはみるも冷静に返された。 このおっさん、マジで高校生かよ。
しかし、こうなると中々に困った。 宏太もセンターとしては十分全国区の一流だが、相手が全国No1スモールフォワードとなると荷が重い。
かといって、俺にボールを回すと今度は長身の大西さんとのマッチアップになる。
小柄な俺は相性最悪である。
「やりづれぇなぁ」
とりあえずボールを河野に渡して、マークを外そうと試みるも中々手強い。
宏太も同じく苦戦しているようだ。
ここは逆に、俺と宏太でこの2人を引き付けて、他の奴らでなんとか突破する作戦でいくしかないか?
俺はフェイントなども混ぜながら、マークを外しパスを貰う動きを見せて大西さんを釘付けにする。
「(いけ!)」
河野が俺の視線に気付き、ドリブルで切り込む。
俺と宏太で化け物2人を足止めしている間に、敵陣まで攻め込む他の3人。
それを見届けつつ、ダッシュで追いかける。
さすがに足の速さでは、俺の方が上のようだ。 上手くフリーの状況を作り出すことに成功した。
「河野!!」
「ほらよ!」
パスを受けて、シュートへ行こうと足を止めると、目の前を大西さんの巨体が塞ぐ。
「うげ……戻り早ぇ」
俺はシュートモーションを中断し、バウンドパスで河野に戻しゴール下に入る。
「そんなちっこい体で俺とゴール下勝負する気か?」
「大西さんがでかすぎるだけっすよ」
ちらっと宏太の方を見ると、佐田さんに張り付かれて身動きが取りにくそうである。
俺が何とかするしかねーよな。
ゴール下でこのおっさんとやりあったって、俺には万に一つの勝ち目もないだろう。
だから、このゴール下でのリバウンド勝負はフェイクだ。
ポジションの取り合いをすると見せかけて、急にゴール下から離れる。
「何?!」
「こっちだ!」
フリーになったところでパスをもう一度貰う。
ただ、ゴールに背を向けてパスを受けたため、振り向いてシュートを撃たなければならない。
そんな事をしていては、大西さんがブロックに来てしまう。 虚を突いた意味が無い。
だから俺は、ゴールに背を向けたまま軽く跳び上がり、後ろにボールを放り投げた。
ゴールの高さも、ゴールの位置も感覚が覚えている。
今まで、何度も何度もその一点を狙ってシュートをしてきた。
「見なくても決められるぜ……」
ファサ……
ボールがリングを通る音が聞こえる。
「おいおいおいおい……マジかよ」
佐田さんもこのプレーには驚きを隠せないようだ。
目を見開き、俺を見つめていた。
俺を止めたきゃ、佐田さんにマークさせるしかねぇぞ。
どうするよ、有能監督さん。
「ナイス夕也。 んだよ、今のとんでもシュートはよ」
「知るか。 なんか出来る気がしたんだよ」
「お前も化け物じみてきたなー、今井よぉ」
「まだまだ……」
まだだ、今日の調子ならもっとやれるはずだ。 完璧に佐田さんを超えてやる。
ディフェンスについて、青柳の攻撃に備える。
ボールを持つのはセンターの大西さん。 すぐに宏太が前に出て止めに行く。
俺は佐田さんのマークだ。
「今井よぉ。 今回は良いじゃねぇの? 正直、退屈な大会になると思ってたんだぜ? さっさと卒業してぇと思ってたんだぜ?」
「へぇ……卒業後は大学でやるんですか?」
「アホか……大学のバスケなんて、今と変わんねーだろうが。 俺はプロになる」
「プロ……なるほど」
バスケのプロリーグ……Bリーグか。
この人なら、声が掛かっててもおかしくはない。
こうやって話しながらも、ボールと佐田さんの動きからは目を離さない。
「お前はどうすんだよ今井? 卒業したらプロになるのか?」
「なりませんよ……普通に大学出て働く予定だし」
「ちっ……つまんねぇな。 んじゃ、今日決着つけねぇとな」
佐田さんは一瞬マークを外してボールを受ける。
油断してたわけじゃないのに、こんな簡単に……。
「なぁ今井よぉ!」
「くっ!」
佐田さんの超高速のクロスオーバーが、俺の横をあっさりと抜いていく。
マジで化け物かよ……。 まだこの人には勝てねぇのか?
……バカか。 今日、ここで勝てなきゃこの人はもうプロになるんだぞ。
もう二度と、この人に勝つ機会なんてものは無くなるんだ。
「くそ!」
俺は佐田さんが抜いていった方とは逆向きに体を反転させると、床を蹴って一気に佐田さんの背後に詰め寄る。
2歩目で佐田さんに並び3歩目で前に出る。
「はははっ! マジかよお前!」
佐田さんは足を止めて、再び俺を抜く算段をしているようだ。
行かすかよ。
俺は、一息を入れた佐田さんの隙を突いて、素早く手を出しボールをスティールする。
「何?!」
「走れ! 速攻!」
前にいた河野にパスを出し、俺自身もダッシュで駆け上がる。
カウンター攻撃だ。
河野がエリア内に入ったが、大西さんが戻っており、シュートコースを遮っている。
「戻せ!」
声を出してパスを要求すると、河野は迷わずボールを俺に戻した。
「頼む!」
「おう!」
スピードを緩めずに突っ込んで、シュートに跳ぶ。
当然目の前には大西さん、それと俺を追いかけて来ていた佐田さんもシュートブロックに跳ぶ。
壁2枚……だからなんだ。
俺は、先程佐田さんが見せたダブルクラッチで、大西さんの横脇からシュートを放つ。
ボールは、綺麗にリングに吸い込まれた。
「うぉい! 何なんだよ今日は!」
宏太に頭を思いっきり叩かれる。
「いてぇ」
「エース様覚醒か?」
「知らねーよ」
自分でもよく分からないが、佐田さんとマッチアップする度にプレーが洗練されていくのを感じる。
自分にまだこんな伸び代があったことに、我ながら驚いている。
「夕也。 今のお前、間違いなく佐田さんを超えてるぞ」
「どうだろうな」
再度ディフェンスにつき、次の攻撃に備える。
佐田さんのマークにつくと、佐田さんは楽しそうに笑っていた。
「つまんなくねーな、今日は」
「そうっすか」
この攻撃は、佐田さんへのパスを避けた青柳に取られ、俺達ボールで再開。
俺のマークはやっぱり大西さんか。
「どけ大西。 そいつは俺のだ」
「なっ……アホかお前は。 監督の指示……」
「知るか。 勝ちゃ文句ねぇだろうがよ」
目の前で、言い争いを始める2人。
プレー中だぞ。 現に今、完全にフリーになっている宏太にボールが渡り、速攻を仕掛けている。
「おら、あいつ行っちまったぜ」
「ぐっ……知らんぞ」
大西さんは諦めて宏太の後を追う。
俺は呆気に取られていたが、ふと我に帰り宏太を追う。
何て人だよ、この人は。
「夕也!」
「お、おう」
ディフェンスに阻まれていた宏太が、一旦俺にボールを回す。
すると、すぐに佐田さんが、俺の前に立ち塞がった。
この人、わざとパスをカットしなかったのか?
止める自信があるのか、俺との勝負に拘ったのかは分からないが。
「来いよ今井」
「……」
何て目だ……視線だけで人を射殺せそうだ。
だが、不思議と怖くない。
力を一瞬抜いて、ビハインドバックドリブルで切り込む。
「またそれか。 次は止めてやるよ」
第1Qでも見せた、新しいドリブル。
ビハインドバックでサイドチェンジを繰り返して、大きく切り返すタイミングで、股下にボールを通し一気に加速。
「こっちだよなぁ!?」
「……」
その体勢から更に股下を通してサイドチェンジして、逆を抜きに行く。
「ちっ! まだあんのかよ!」
「な?!」
その動きにもついてくる佐田さん。
正直言って、これで抜けると思っていた。
俺は咄嗟にもう一度、サイドチェンジをしてクロスオーバードリブルで、さらに逆を突く。
「化け物かよっ!?」
今度は完全に佐田さんを抜き去り、そのままゴール下からレイアップを決める。
◆◇◆◇◆◇
その後、俺は完全に佐田さんを抑え込み続けて、試合も終わってみれば74ー62と勝利していた。
「ふぅ……」
「よぉ、楽しかったぜ今井。 お前、マジでプロには来ねぇのかよ?」
「はい。 高校で辞めるつもりなんで」
「そうかよ。 せっかく楽しめる相手が見つかったってのによ。 じゃあな、もうコートで会うこともねぇだろ」
佐田さんは、背中を向け手を振りながらコートを去っていった。
「……」
「おい、エース行くぞ」
「あぁ」
更に決勝戦でも俺達は快勝して、ウインターカップ連覇を成し遂げた。
ベスト5には佐田さんを抑えて俺が選ばれて、遂に佐田さん超えを果たす事が出来たのだった。
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