第263話 切り札

 ☆亜美視点☆


 3セット目はメンバーが入れ替わり、弥生ちゃんの代わりに奈々ちゃんが、黛妹さんの代わりに奈央ちゃんが入った。

 このセットを取れば優勝。 世界一だ。

 奈々ちゃんには何やら秘策があるみたいだけど。


「最初の内は、同時高速連携で攻めますわよ」

「あれ、奈々ちゃんは?」

「切り札は最後まで取っておくものよ」

「なるほど……使わずじまいだったりして?」

「それならそれで良いじゃない」


 と、軽くそう言ってポジションにつく奈々ちゃん。

 私としては、奈々ちゃんの新しい何かを早く見たいんだけどなぁ。


「まあ、いっか」


 その内に見れるだろうし、気にしないようにしよう。

 それよりも今は、試合に集中。

 アメリカサーブで3セット目が始まる。

 ここに来ても、未だに衰えないアメリカチームのパワー。

 上野先輩も、中々苦労しているようで、先程ベンチで「雪村さん、よくあんなボール拾ってたね」と、感心していた。

 私も何球か拾ったけど、あれをほぼ落とさずに上げていた希望ちゃんには恐れいる。

 もしかしたら世界一のリベロになったかもしれない。


「ごめん! レシーブ乱れた!」

「構いませんわ!」


 奈央ちゃんは一言そう返すと、ボールの落下地点へ移動する。

 さすが奈央ちゃん。 乱れたレシーブでもセットアップが早い。

 奈央ちゃんのセッターとしての実力を信用しているからこそ、どんなレシーブが上がっても私達は走れる。

 私、奈々ちゃん、倉橋さんで同時にジャンプしてスパイクの素振りをする。

 倉橋さんがノーマークだったので、そこにピンポイントのトスが飛ぶ。


 パァン!


「よしよし、まずは先制ね」


 アメリカチームも、この攻撃には驚きを隠せない様子。

 ここまでの試合で、情報や動画等は確認した筈だけど、実際にやられてみると訳が分からないといったところだろう。

 こんな無茶苦茶な攻撃が成立するのも、奈央ちゃんのボールコントロールが精密だからであり、他の選手ではまず不可能と言える。

 黛姉妹の連携に慣れたところで、その進化版を出されては、アメリカチームもお手上げだ。


「これで取れるだけ取りますわよ!」

「おー!」


 ローテーションして、奈央ちゃんのサーブ。

 小さな体から放たれる強力なジャンプサーブで、相手セッターに拾わせる。

 こういうところもさすがだ。

 ここまでの試合の流れを見て、正セッター以外はあまり上手くないことを見抜いている。


「返ってきますわよ!」

「止めるよ! せーの!」


 目の前で跳び上がるオリヴィアさんに合わせて、ブロックを試みるも、冷静にフェイントを決められてしまう。

 MBにしておくには勿体ないぐらいだよ。

 OHでも世界取れるレベルだ。


「どんまいどんまい! 相手ビビってるわよ」

「集中!」


 と、このような点の取り合いが続いていたが、私も結構疲労が出始めてきた。

 そんな時である。


「亜美ちゃんっ!」


 私にトスが上がって、全力のジャンプでスパイクを打つ。


「うわっ?!」


 しかし、ついにオリヴィアさんに捕まってしまい、ブロックポイントを取られてブレイクされる。


「亜美ちゃん、大丈夫?」

「うん。 まだ足は大丈夫。 だけど、高さが出せなくなってきたね。 オリヴィアさんには捕まっちゃうみたい」


 私の全力ジャンプも、今日はこれで打ち止めかもしれない。

 これ以上やると、先日のイタリア戦の時のように足が言うことを聞かなくなる。

 これは弱点だねぇ。


「同時連携で押しましょう」

「しかあらへんな。 清水さんもそれぐらいなら大丈夫なんやろ?」


 黛のお姉さんに聞かれたので「うん」と頷いて返す。

 足に負担をかけない程度のジャンプなら、まだまだ跳べる。


「10ー9か……まだ引っ張りたいわね」

「ですわね」


 どうやら、奈々ちゃんの秘策はまだ出ないらしい。

 本当の本当に切り札なんだろう。

 

 アメリカチームのサーブが継続。

 このラリーは、同時連携で何とかものにするも、こっちのサーブもアメリカチームに得点される。

 さらに、アメリカチームにサービスエースまで取られて点差が離れる。


「ご、ごめん! アウトだと思った!」

「しゃーないて。 私でも今のは見逃してる」

「運が悪かったですわね」


 ここに来て、アメリカチームの地力の強さが出始めてきた。

 離されるわけにはいかない場面だ。

 そんな中でのアメリカサーブを、私が拾う。

 奈央ちゃんにはレセプションさせないよ。


「ナイス亜美ちゃん」


 同時連携に移る。

 前衛3人が同時に助走してジャンプ。

 ブロックは各人に1人ずつついている。

 フリーを作らない方針にしたらしい。

 たしかに、ブロック0よりは幾分マシだ。

 奈央ちゃんは、オリヴィアさんを避けるように、黛姉さんにトスを上げた。

 しかし、それをオリヴィアさんには読まれてしまう。


「しまっ……」


 パァン!


 またもやブロックポイントを取られる。

 3点差だ。


「くっ……」

「奈央ちゃん……」

「私の心理を読まれましたわ。 情けない……」


 この世代で世界一のブロッカーと言われるオリヴィアさん。

 セッターやアタッカーの心理としては、出来れば避けて通りたいと思うものだ。

 その心理を突かれて、トスを誘導されたということだろう。

 駆け引きも上手いらしい。

 しかし、これ以上離されるのよろしくない。

 4セット目、5セット目を戦えるだけの余力は、今の日本チームには残っていないのだ。

 なんとしてもここで決めなければ、日本に勝ち目は無い。


「奈々美、仕方ないわ。 やりましょう」

「あと15点ねぇ……とはいえ、亜美も全力では跳べないし、同時連携も対策してきた……やりますか」


 どうやら切り札をここで解禁するようだ。

 一体何をやるんだろう。


「まずは、驚いてもらいましょ。 同時連携対策だってまだ完璧では無いだろうし、まだ通るから混ぜていきましょう」

「うん」


 次のアメリカのサーブを、上野さんが拾う。

 相変わらず苦労しているようだ。

 奈央ちゃんがセットアップ。

 いよいよ奈々ちゃんの秘策が披露されるよ。

 私はフォローの為に待機する。


「奈々美! 見せてあげなさい!」


 奈央ちゃんから高いトスが上がり、奈々ちゃんがそれに合わせて高く跳び上がる。


「いつもより高い……それに何、あの体勢……」


 いつもより高く跳び上がった奈々ちゃんは、腰を大きく横に捻りながら、背中を反らす。

 そして、腰の回転と上体を戻す勢いを利用して、体全体で腕を振り抜いた。


 スパァァァン!


 もの凄い音とともにスパイクが放たれる。

 オリヴィアさんの手の平に当たるも、お構い無しにボールは相手コートに突き刺さる。


「よしっ! いける!」

「ナイス奈々美ー」


 奈々ちゃんと奈央ちゃんがタッチを交わす。

 身長差があるので、ハイタッチではない。

 それにしても、体全体を使った強打が秘策。

 奈々ちゃんらしいパワープレーだ。

 いつの間にこんなスパイクを……。

 スパイクを止めにきたオリヴィアさんも、手の平をさすっている。

 かなりの威力があったのだろう。


 ◆◇◆◇◆◇


 しかし、いくら点が取れても、ブレイク出来ないことには点差が縮まらない。

 18ー15で迎えた3セット目の終盤。

 何とか追いついて逆転したいところなのだが、私達もアメリカチームの攻撃を止められないでいる。

 そんなピンチの中、ベンチに動きがあった。

 選手の交代だ。

 この場面で、コートに入ってきたのは──。


「お待たせ。 結構休めたし、このセットの残りぐらいなら動けるよ」

「の、希望ちゃん?!」

「大丈夫なの?」

「うん」

「雪村さん、任せろとか言っておいて、あまり役に立ってなくてごめんなさい」


 と、上野さんが頭を下げて謝るも、希望ちゃんは手を振って「そんな事ないですよ!」と、フォローを入れるのだった。

 上野さんとタッチしてコートに入った希望ちゃんは、1セット目の様なゾーン状態ではないにせよ、幾分回復したらしく軽快にステップを踏んでいた。


「よーし! 逆転して優勝するよ!」

「おー!」

 

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