第239話 秘密の夜

 ☆奈々美視点☆


 私は、夏休みだと言うのに学校の草むしり当番になってしまい、なんやかんやあって台風の直撃に遭い学校で立ち往生になっている。

 夕也も同じく、草むしり当番として来ており、今私と一緒にいる。

 で、これから教室で一晩明かすことになるわけだけど、ちょっと微妙な雰囲気になっているわ。

 というのも、私の所為なんだけど……。


「お前何してんだよ……」


 夕也は至って冷静に対応してくれているが、それがまたムカつく。


「何って、あんたを誘惑してんのよ?」

「いやいや……落ち着け。 何で誘惑なんかするんだよ」

「ええい! うるさいわね! 抱くの抱かないの? どっちよ!?」

「なんでキレてんだよ……いいから上着ろよ」


 夕也は私の上着を手に取って渡してくる。

 ぐぬぬ……亜美一筋なのはいいけど、ちょっとぐらいグラつきなさいよこいつ……。

 私だって、こんな冷静に対応したされたら女としての自信を失うわよ。


「……」


 私は夕也から服を受け取り、それを床に投げつける。

 もう知らないわ。 夕也がその気にならないなら……。


「ふ、ふふふ……」

「お、おい……目が血走ってるぞ奈々美……」

「覚悟ーっ!!」

「ぐおおおお」


 暴走した私は、夕也に襲いかかるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



「はぁ……はぁ……」

「お前なぁ……」


 夕也は少し困ったような表情で、私を見ている。

 冷静になってきた私も、後ろめたさと罪悪感に駆られてしまう。


「(な、何やってんのよ私ー!!)」


 夕也とこういう関係になる事自体は別に構わないけど、暴走して襲うって……。

 つい意地になってしまったとかいうのも、言い訳にならないんだけどぉ。


「と、とりあえず服着ろ? な?」

「……」


 私は小さく頷いて、服を着る。

 は、恥ずかしい。

 落ち着いてきたらどんどん恥ずかしくなってくる。


「お、お互い今晩の事は忘れましょう!」

「お前なぁ……自分勝手すぎるだろー」

「うぐっ」


 何も言い返せないのであった。


「ご、ごめんなさい」

「まあ、いいけどよ……亜美と宏太には内緒だぞ」

「わかってるわよ……」


 さすがに言えないわよねぇ。

 宏太はまだしも、亜美に知れたら私めっちゃ怒られそうだし。


「で……どうだったのよ?」

「?」

「だ、だから……私とのアレは……どうだったのよ?」

「あー……良かったと思うけど?」

「そ、そう? ふふん、まあ当然よね」


 照れ隠しである。

 夕也は苦笑しながら、机に突っ伏して寝る体勢に入った。

 私も同じように寝る体勢を取る。

 ちょっと変なことになってしまったけど、私達の関係はこれまで通りの幼馴染として続いていくのだろう。


「ねぇ」

「なんだー……」

「また今度しましょうね」

「何言ってんだよ……」


 私はクスクスと笑いながら眠りについた。



 ◆◇◆◇◆◇



「晴れたわね」

「台風一過ってやつだな」


 翌朝、窓の外は雲1つ無い快晴となっていた。

 これなら問題なく帰れそうね。


「よっしゃ、じゃあ帰って寝るかな」

「ふふ……たしかに、あの風の音じゃ熟睡できなかったものね」


 私も体が怠いわ。

 さっさと帰って、もう一眠りしたい。

 私と夕也は、学校から出て帰路へつく。


「あっついわねー……」

「あぁ……」


 外はカンカン照りの暑さになっていた。

 気が滅入るわこれ。


「そういや、昨日は晩飯も食ってなかったな……」

「そうね。 どこかで朝食でも食べる?」

「そうしようぜ」

「ふふ、んじゃ朝食デートね」

「デートではねぇだろ」

「その辺は気分の問題でしょ。 ほら、あそこモーニングやってるわよ」

「おう、引っ張んなって」


 昨日から私に振り回されっ放しの夕也。

 とりあえず、近場の喫茶店で朝食を食べることにした。


「そういえばお前、修学旅行の時にも俺の事は恋愛対象になるみたいなこと言ってたな」

「そうね、 そんな事言ったかもしれないわねぇ」


 修学旅行の初日の夜だったかしらね?

 夕也と2人で話して、キスしたのは。


「まあ、私達ってそういうのを超えた関係じゃない? なんせずっと一緒に育ってきたわけだし」

「それはそうかもしれないけどなぁ……さすがに昨夜みたいなのはどうかと思うぞ」

「……何よ、私とは嫌だったわけ?」

「別にそうじゃないけどな。 やっぱ俺とお前は幼馴染であって、ああいうことする関係ではないだろう?」

「そうかしらねぇ……別にいいような気もするけど」


 誰とでもしたりするわけじゃない。

 宏太と同じくらい好きな夕也だから別にいいかなって思った。

 もちろん、亜美と取り合うつもりもない。

 ただのスキンシップの延長のつもりであった。


「ふうむ……」

「夕也が困るってんなら、もうあんなことしないわよ。 昨日はちょっとテンション変だったし許して」

「まぁ、怒ったりはしてないからな。 俺としてもまぁ、美味しい経験ではあったしな」

「ぷっ……あはは……何よ、内心喜んでたんじゃない」

「うっせーなー。 お前みたいな良い女となんだから、そりゃ気分も良くなるっつーの」

「ふふふ。 素直でよろしい」


 そういう風に言われると、何だかんだ嬉しいものね。

 天然でこれだら性質の悪い奴だわ。


「モーニングセットお持ちしましたー」

「はーい」


 注文していた、物が運ばれてきたので口にする。

 昨日の昼食以来の食べものだわ。


「んまぁ……でも、あれっきりにした方が良いのかもしれないわね。 お互いに恋人がいるわけだし」

「そうだな」

「夕也がどうしても忘れられないーってんなら、まぁ考えなくもないわよぉ?」

「ははは、何だよそれ」

「さぁね」


 その後は、この話題には触れずに他愛ない話をしながら、モーニングセットを食べた。

 話の途中で夕也の電話が鳴ったので話を中断。

 どうやら亜美からのようだ。

 心配になって掛けて来たのね。


「あー、大丈夫だ。 今か? 奈々美と喫茶店で朝飯食ってたとこだ。 おう、もう帰るよ。 じゃあまた後でな」

「亜美、心配性ねー」

「まあ、今朝は連絡忘れてたからな」

「こっちは宏太から何の連絡も無いんだけど……」


 昨日から一切連絡なし。 メールの返信も無い。

 本当に私の恋人なのかしら?


「まぁ、あいつらしいっちゃあいつらしいじゃねぇか」

「まぁ、そうなんだけどね……」


 もうちょっと私の事を気に掛けてくれてもいいと思うのよね。

 はぁ、私も優しい夕也の方が良かったわ。


「じゃあ帰るか。 家の前まで送ってやるよ」

「あら、ありがとう」


 夕也と喫茶店を出て家路につくと、いつも合流する十字路で4人の人影が見えてきた。

 まったく……。


「おかえり2人とも」

「お姉ちゃん、疲れたでしょー? んん? 夕也兄ぃの匂いがする!」

「は、はぁ?!」


 どういう鼻してんのよ麻美は。 とんでもないわね。


「おう、心配したぞ」

「嘘つくなっ! メールの返事もしなかったくせに」

「……家の窓の修繕とか片付けで大変だったんだよ」


 話によると、昨日の台風で宏太の家の窓が割れたらしい。

 それの処置や掃除などを麻美と2人でしていて、連絡どころではなかったのだという。

 麻美も「大変だったよー!」と、大袈裟に言うので、嘘ではなさそうね。


「そういうことなのね」

「あはは、宏ちゃんったら、大変でもちゃんと連絡してあげなきゃダメじゃん。 浮気されちゃうよ?」

「夕也とかぁ? ねぇだろぉ」

「いやいや……わかってないなぁ宏ちゃんは。 ねぇ、奈々ちゃん?」

「な、何がよ?」


 この子達なんなのよ……まるで昨夜のアレを見てたみたいに的確に。

 幼馴染って怖いわ。


「なぁ、眠いしそろそろ帰ろうぜぇ」


 と、夕也が欠伸を漏らしながら言うと、皆が笑いながら頷いて解散となった。

 昨夜の事は、一夜限りの思い出という事で、胸の奥に大切にしまっておきましょ。

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