第160話 弥生と渚

 ☆亜美視点☆


 家に帰ってきてすぐに、希望ちゃんと夕ちゃんは出かけてしまった。

 不機嫌を装って気付かないフリをしてあげたけど、きっと私の誕生日プレゼントを買いに行ったのだろう。


「さてと」


 私は弥生ちゃんに電話をして色々聞いてみることにした。


「もしもし、清水です」

「亜美ちゃん? なんや、どうしたん?」

「ね、弥生ちゃんって妹いたんだね」

「ん? あぁ渚っていう妹いるで。 なんで知ってるん? 教えた事あったっけ?」


 ん? 渚ちゃんが月ノ木学園に来たこと知らないのかな?

 そんなはずないよね?


「あ、いや、渚ちゃんがうちの学校に入学してきたんだけど」

「何やて? それホンマかいな」

「え? 知らなかったの?」


 もしかして本当に仲が悪いんだろうか?

 ど、どうしよう……。


「ウチ、学校の寮暮らしやからなぁ。 どこ行くかまでは知らんかったんよ。 関東の強豪校行くってのは聞いてたけど、まさか月学やと思わんかったわ」

「あ、あの……仲悪かったり?」

「そんなことあらへんよ? 実家帰ったらよう話すし、一緒に出かけたりもするで?」


 仲は悪くないんだね。 良かった。


「ウチの事なんか言うとった?」

「うんと、周りに比較されるのが嫌だって言ってた」

「あーやっぱそうやったんか。 実は立華に来いひんかって誘ったんやけど、やんわり断られてそうなんちゃうかなーと思ってたんよ」


 弥生ちゃんが、その辺りの事を色々と話してくれた。


「バレーボール自体は、あの子が先に始めてなぁ。 ウチは練習に付き合ってただけやったんよ」

「ふむふむ」

「ある時、たまたま練習に混ざってみいひんか言われてやってみたら、意外と出来てしもうてなぁ……それ以来は一緒にバレーするようになったんやけど、ほれ、ウチお姉ちゃんやろ? どうしても中学の大会とかで活躍すると、まずウチが目立つやん。 それから後に入学してきた渚は『あの月島弥生の妹』っちゅう扱いをされるわけや。 嫌やったと思うわ」


 なるほど……。

 弥生ちゃんは弥生ちゃんで、周りの人にそういう扱いはやめてあげてほしいと言っていたらしい。

 それでも、弥生ちゃんがどんどん有名になっていくにつれて、多くの人にそういう扱いをされるようになっていったのだと言う。

 結果、渚ちゃんは中学のバレーボール部は辞めて、クラブチームに入ったらしい。

 どおりで、インターミドルで姿を見なかったわけだ。


「あの子、素質はウチよりあると思うねん。 亜美ちゃん、しっかり鍛えたってや」

「うん、任せてよ」


 姉妹仲が悪いのかと思って心配してたけど、弥生ちゃんはむしろ渚ちゃんの事を大事にしてるんだとわかって良かった。

 弥生ちゃんとはその後も、世間話やバレー部の情報交換などを行った。

 春高で活躍していたキャミィさんは、メキメキ上達しているとの事。

 気が抜け無さそうである。


 弥生ちゃんとの電話を切り、ふと、良い事を思いついた。


「そだ!」


 私は、即行動に移る。

 サッと外出着に着替えて、外へ出た。

 目的地は、駅前である。



 ◆◇◆◇◆◇



 駅前にあるマンスリーマンション、そこのある部屋の前に来ている。


「ん、月島、ここだね」


 私は、インターホンを鳴らして、部屋の主を待つ。


 ガチャッ……


「はい……って、清水先輩やないですか?! ど、どうしはったんですか?」


 冷静さを欠くと、弥生ちゃんと同じ喋り方になるっぽいね。

 面白い。


「んと、一人暮らしなんでしょ?」

「は、はい、そうですけど?」

「夕飯、食べに来ない?」

「へっ?」


 そう、私は渚ちゃんを夕飯に招待しようと思い立ったのだ。

 最初は遠慮していた渚ちゃんも、私の押しに負けて「わかりました、ご馳走になります」と、折れるのだった。

 こうなると、麻美ちゃんも呼びたいね。

 じゃあ奈々ちゃんもか。

 うわわ、ちょっとしたパーティーだこれ。


 私は渚ちゃんを連れて、藍沢家を訪れていた。


「ここが、奈々ちゃんと麻美ちゃんの家だよ。 ちなみにどうでも良いけど、こっちの家が宏ちゃんの家だよ」

「聞こえてるんだが……」


 庭でトレーニングでもしていたのか、宏ちゃんが姿を現した。


「どしたんだ? 後輩引き連れて」

「ん、ちょっと親睦を深めようと思いまして」

「らしいです」

「ふぬ。 まあいいか」


 そう言って、また庭に戻っていく宏ちゃん。

 宏ちゃんも誘っちゃおうかな?

 とりあえず、先に奈々ちゃんと麻美ちゃんだよ。


 インターホンを鳴らすと、おばさんが出てきた。


「あら、亜美ちゃん? ちょっと待ってね。 奈々美ー! 亜美ちゃんが来てるわよー!」


 うん、声が大きい。

 すぐに奈々ちゃんが出てきて、おばさんに一言文句を言ってから私に応対する。


「どうしたの? あれ? 弥生の妹さん? 私じゃなくて麻美に用事?」

「両方だよ。 ね、渚ちゃんを夕飯に誘ったんだけど、奈々ちゃんと麻美ちゃんも一緒にどう?」


 すると、奈々ちゃんの背後からとても元気な声が聞こえてきた。


「行く! 行きますよ!」

「麻美、びっくりするでしょうが……」

「あ、ごめん。 行く! 夕也兄ぃの家最近行ってないし」

「はぁ、この子だけだと不安だし、私もご馳走になるわ。 ちょっと待っててね、母さんに言っとくから」


 そう言って、奈々ちゃんは一度家の中に引っ込んだ。

 麻美ちゃんはせっせと靴を履いて準備万端。

 渚ちゃんと、並んで奈々ちゃんが出てくるのを待つのであった。


 奈々ちゃんと麻美ちゃんも加えて、ついでに宏ちゃんも誘い、私は今井家にやってきた。

 鍵が掛かっていることから、まだ2人は帰ってきていないようである。

 私は合鍵を使って鍵を開ける。


「ここ、今井って書いてありますけど?」


 家の表札を見て、不思議そうに言う渚ちゃん。


「そうだよ? ここは今井家、夕ちゃんの家だよ。 私の家は隣のあれ」


 私は、自分の家を指差して教えてあげる。


「清水家と今井家は、家族ぐるみの付き合いがあるのよ。今井家の一人っ子の夕也が今は一人暮らしだから、亜美達が世話をしてんのよ」

「はぁ……なるほど」


 一応は理解したようだ。

 家に入って、皆をリビングへ通す。

 私はキッチンへ向かい、お茶とお菓子を持ってリビングへ戻った。


「ま、まるで我が家の様に……」


 やっぱり、普通の感覚だと不思議なんだろうか?

 私にはもう当たり前の事なんだけどなぁ。


「亜美ちゃんは、この家にいる時間の方が多いんじゃないか?」

「そんな事ないよ? 普段は朝と夕方から夜までしかいないもん。 平日は夕方まで学校だしね」


 夜だって、寝る時は自宅だし。


「夕也兄ぃの家、久しぶりだー」


 麻美ちゃんは、目をキラキラ輝かせてあちこち見ている。

 大して見る物もない家だと思うけどなぁ。

 他人の家をそんな風に言ったら、怒られてしまいそうだけど。


 しばらく、静かな時間があり、不意に渚ちゃんが声を出した。


「なぁ、藍沢さん」

「「何?」」


 2人の藍沢さんが、同時に返事をする。

 

「あ、妹さんの方」

「麻美で良いよ?」

「麻美さんは──」

「ちゃん」


 何かと注文が多いようである。


「麻美ちゃんは、お姉さんと色々比較されたりせんの?」


 麻美ちゃんはそれを聞いて、少し目をパチクリさせると、奈々ちゃんの方に視線を向ける。

 2人して首を傾げて──。


「多分されてるだろうけど、気にしないかなー」

「気にしない?」


 今度は渚ちゃんが首を傾げる。


「うん。 だって気にしても仕方ないし。 私は私、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。 周りが何言っても自分の全力で頑張るだけ」

「自分の……全力で頑張る」


 うん、麻美ちゃんを連れてきて正解だったね。

 

「まあ、そういうこと。 弥生みたいなのと比較されると、どうしても自分を貶めちゃう気もわかるわよ。 でも、言いたい奴には言わせておけば良いのよ。 自分は自分なんだから、自信持っていきなさい? 打倒弥生よ、渚」

「は、はいっ」


 

 弥生ちゃん、渚ちゃんはきっと強くなるよ。

 夏の大会が楽しみだね。

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