第99話 春人のアプローチ
☆亜美視点☆
奈央ちゃんの誕生日パーティーから早2週間が経とうとしている。
奈央ちゃんは宣言した通り、春くんを振り向かせる為に奮闘中。
春くんは春くんで、1ヶ月間の奈央ちゃんとの擬似恋人期間を終えてから、私へのアプローチを再開したようである。
なんて言うか、訳のわからないことになりつつある。
本日は24日の日曜日。 夕ちゃんと希望ちゃんは、またまたデートへ出掛けてしまった。
恋人かそうでないかの差はとても大きい。
公園でのあの一件から、少しは夕ちゃんとの距離が縮まったと思うんだけどあれ以来、中々甘い雰囲気にならない。
困ったものである。
「亜美ー、春人君が来てるわよー」
部屋で数学の問題集を解いていたら、お母さんの声が聞こえてきた。
「はーい」
春くん? 何の用事かな? 私は問題集を閉じて、足早に玄関へと向かう。
「はいはーい、春くんどしたの?」
「いえ、家に1人でいても退屈なので、良ければ何処かに出掛けませんか?」
玄関には春くんが黒いコートを着て立っていた。
木々の葉は枯れ落ちて、冷たい風が吹くようになってきた。
これから出掛けようと言うなら、防寒具は必須であろう。
そういえば、ちょっと前にもこんな風に暇な日に、2人で出掛けた事あったなぁ? 私が春くんに告白された日だっけ?
「お出掛け?」
「デートでも良いんですが」
「
私は、春くんを玄関に待たせて出掛ける準備をする。
服はこの間、奈々ちゃんと出掛けた時に買ったやつだ。 軽く化粧をして準備OK。
「お母さん、ちょっと出掛けてくるねぇ」
「亜美もデート? 遅くならないようにね」
「デートじゃなくてお出掛け」
「くす、はいはい」
もう、お母さんは何を言ってるんだろう……。 私が夕ちゃんを好きなの知ってる筈だけど。
リビングを出て、そのまま玄関へ向かう。
「お待たせ―、行こっか」
「はい」
2人並んで外へ出る。 外は想像していた以上に寒かった。 天気予報でも寒波の影響で気温か下がるって言っていた。
そうだ、せっかく遊びに行くなら。
「ね、他の人も呼ばない? 奈央ちゃんとか」
「え? 奈央さんですか?」
ちょっと引き攣るような顔でそう言う春人君。
この2週間、奈央ちゃんは春くんに猛烈なアタックを仕掛けていた。 春くんも嫌ではないのだろうけど少し困っているような節がある。
私が春くんのアタックに困ってるのと同じだと気付いてほしいものである。
私は春くんの事は気にせず、奈央ちゃんにメールを入れる。 すぐに返信があったが内容は「ごめんなさい、すっごく行きたいけど、今日はお父様の視察に同行しなきゃならないのー」と、いう事で一緒には遊べないらしい。
「残念、来れないって」
「そ、そうですか」
ホッと胸をなでおろす春くん。 そ、そんな困ってるの? 奈央ちゃんみたいな女の子に言い寄られたら嬉しいものじゃないの? と、思ったがそれは私にも言える事か。
試しに奈々ちゃんと宏ちゃん、紗希ちゃん、遥ちゃんにも連絡してみたが、皆用事(主にデート)があるようで無理との事。
しょうがないので2人で出掛けるしかない。
「さて、どこ行く?」
「市内まで行きましょう」
「え、市内まで出るの?」
し、市内には夕ちゃんと希望ちゃんもデートに行っている筈だ。 もし鉢合わせてしまったら気まずいじゃない……。
「市内はやめた方が……」
「え?」
「夕ちゃんと希望ちゃん、今日は市内でデートって言ってたから」
「んー、大丈夫じゃないですか? そうそう鉢合わせることもないと思うんですが」
「……でも」
夕ちゃんに見られたら嫌だもん……。
「どうして市内が良いの?」
どうしても市内に出なきゃいけない理由でもあるなら考えるけど、そうでないなら別の場所にしたいところだ。
「特に理由は無いのですが……以前奈央さんと行ったコースが中々楽しかったので」
「奈央ちゃんとデートしたコース?」
それって確か希望ちゃんと紗希ちゃんのアドバイスだったんじゃ? 鉢合わせ確率高しでしょ。
「うん、別の場所へ行こう」
「……はい」
ちょっと残念そうな春くんだけど、ここは我慢してほしい。
と、なると何処に行こうかなぁ? 隣町とか駅前はもう行き尽くした感あるし。
私は頭を回転させて、良い遊び場が無いかを考える。
「そだ! いいとこあるよ!」
「え?」
私が昔通ってたお店。 この時間なら空いてるかもしれないしちょっと行ってみよう。
「とりあえず駅行こう」
「は、はい」
ようやく行き先を決めていざ出発。 私達は歩き慣れた道を並んで進み、駅へ向かった。
◆◇◆◇◆◇
電車に乗り込み目的地へ向かう。 駅へ向かっている間にお店に確認を取ったところ、今日のこの時間はまだ大丈夫との事。 久し振りに私が行くと聞いて、楽しみにしているお客さんもいるとかなんとか。
言っても1か月半振りとかだと思うんだけどなぁ。
「こっちの方は行ったことなかったですね」
「でしょ?」
今回の目的地は、いつも向かう方向とは逆方面。 これなら、夕ちゃん達と鉢合わせることは無いだろう。
「それで、どこへ行くんですか?」
「んー? 私が昔通ってたお店だよぉ」
「お、お店……」
「あー、えっちな想像してるでしょ?」
「い、いえそんな」
「まあ、着いてからのお楽しみという事で」
「はい……」
何故か不安そうな春くんを乗せて、電車は3駅離れた目的地へ到着した。 今思えば、あのお店に友達を連れていくのは春くんが初めてだ。 夕ちゃんですら一緒に行ったことは無い。
「こっちだよ」
私は春くんを先導して、歩き出す。
目的のお店は歩いて5分ほどの場所にある。 ちょっと狭い路地に入って進むと目的のお店に到着する。
「ここだよ」
「ここは……ライブハウスですか?」
私が中学生の頃に通っていたライブハウスである。
「うん。 月ノ木祭でギター披露したでしょ? 実はあれね、中学生の頃にハマっちゃってさぁ。 結構通ってたんだよ」
「中学生の頃にですか? 良く入れましたね?」
「ここの責任者がお父さんの知り合いでね。 初めて来た時はお父さんとお母さんも一緒だったんだよ。 それから1人で来るようになって、試しにギター弾かせてもらったら楽しくてね。 これは最近まで誰にも言ってなかったんだけどね」
「夕也にもですか?」
「うん。 このこと知ってるのは月ノ木祭の時に話した奈々ちゃんだけ」
「男子では僕が初めてという事ですね」
「んー、そだねぇ。 んじゃ、入ろうか?」
「はい」
春くんを促して店内に入る。
すると、私が通っていた頃にもいたお客さんが私を覚えていたのか、「おお、亜美ちゃん!」と声を上げる。
「お久し振りです」
ぺこっと頭を下げて挨拶する。 どうやらステージは空いているようだし早速演奏させてもらえそうだ。
「お、亜美ちゃんの彼氏かい?」
「え、まあ……」
お客さんの言葉に、一瞬困ったような表情を見せながらもそう言う春くん。
お客さんも「良いねぇ、亜美ちゃんはこの店のアイドルだったんだぞぉ? 大事にするんだぞ」と、春くんの肩に手を置いてしみじみと語っている。
何で否定しないのかなぁ? ただのお友達でしょ。
「ま、いっか……」
私はそんなやり取りを横目に、ステージに上がって演奏しても大丈夫かを店員さんに聞く。 私の事を知らない店員さんっぽかったため、責任者さんに確認を取りに行きすぐに戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
私は預けてあったギターを取り出して、チューニングを済ませる。
最後に使ったのは月ノ木祭の練習に来た時だね。
「ごめんね、置きっぱなしにしちゃって。 今日は私と帰ろうね」
軽く音を鳴らして感触を確かめた後、単独ライブを開始した。
◆◇◆◇◆◇
「ありがとうございました!」
数曲ほど披露して、聴いてくれた人達に感謝の言葉を述べる。
お客さんから大きな拍手を貰い「また聴かせてくれよー!」等の声もかけてもらった。
私は、ステージを下りて責任者のおじさんにも挨拶をする。
「また来なよ? 亜美ちゃんのファン、結構多いんだよ」
「あはは、はい。 また来ますね。 あ、あとギター持って帰りますね。 今まで預かってもらってありがとうございました」
おじさんはニコッと微笑んで「良いんだよ」と言ってくれた。
私は、もう一度、皆に「ありがとうございました!」とお礼を言って、春くんとお店を出た。
「あー、気持ちよかったぁ」
「凄かったですね。 亜美さんは本当に何でもできて羨ましい」
「そんなことは……」
笑顔で私を褒めちぎる春くん。 褒められるのは素直に嬉しいけど、あまりべタ褒めされると照れちゃう。
お店を出た後、少し歩いた所にある喫茶店に入り休憩することにした。
歌った後で喉が渇いていたので、今日はパフェではなくジュースを注文したのだけど、パフェじゃない事に春くんが驚きの顔をしていた。
私だってパフェ以外の物注文することもあるよ。
その後は、ギターケースを担ぎながら少しウインドウショッピングを楽しみ、十分暇も潰せたという事で、家に戻るために駅へ向かった。
空を見れば、日が少し傾きかけてきた時間帯で、今からゆっくり帰ればいい時間だと思う。
今日は、夕ちゃん達も早く帰ってきて家で夕飯を食べると言っていたので、先に戻って夕飯の準備を始めておこう。
電車に揺られ、見慣れた街に戻ってきた。 電車を降りる人の流れに乗って、私達も下車する。
その時、後ろの人に靴の踵を踏まれたのだろう。 躓くような形になって前のめりにこけそうになる。
「うわっ?!」
「おっと」
隣に居た春くんに手を引かれて抱き寄せられる形で、なんとか転倒を免れた。
あれ? この展開、夏祭りでもあったような……。
しばらくそうやって春くんに抱き締められる恰好になっていたが、我に返り素早く体を離した。
春くんの表情は少し残念そうで、寂しそうにしていたがすぐに「大丈夫ですか?」と心配そうに声を掛けてくれる。
踏まれた靴が脱げたぐらいで、特にケガもしていなかった私は「うん、大丈夫。 ありがとう」と、笑顔で告げて、靴を履き直す。
そのまま、並んで駅のホームを後にした。
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