第87話 帰り道

 ☆亜美視点☆


 夕ちゃんとの約束である「パフェ2杯奢り」中である。

 貴重な2人っきりの時間、出来るだけ長引かせようとちまちまパフェを口にする。

 夕ちゃんはそれに気付いているようだけど、何も言わずに話を続けてくれている。

 本当に優しい男の子だ。

 そして先程、この後の帰り道をデートにしようと言う提案をOKしてくれた。 これは僥倖だ。

 喫茶緑風から私と夕ちゃんの家まで約15分、当然直帰しては勿体ない。

 上手く寄り道なんかを挟んで、一緒にいられる時間を伸ばすよ。


「ゆっくりでごめんね」


 さすがに悪い気がしてきたので少し謝っておく。

 夕ちゃんはそんな私に「構わないよ」と言ってコーヒーのおかわりを注文した。

 夕ちゃんももしかして、この時間をゆっくり過ごしたいと思ってくれてたりするのかな?


「んむんむ……」

「可愛い奴だなお前は」

「んむ……ありがと」

「春人の奴はあれから、何か動きあったか?」

「春くん? ううん?」


 あの告白からは特に動きは無い。 さすがに、私の気がそう簡単に変わるものではないと察したのだろう。 時間一杯使って私を落とす気かも。

 奈々ちゃん情報では、春くんは希望ちゃんと利害が一致して共闘しているらしい。

 確かに、そろそろ何らかの動きがあってもおかしくないね。 


「そうか」

「んー? 気になるぅ?」

「まぁ、少しぐらいはな」


 持ってこられたコーヒーのおかわりを飲みながら素っ気なくそう言う。


「そっかそっかぁ。 気になるかぁ」

「あいつは良い奴だと思う。 けど、お前を任せようとは思えなくてな」

「へぇ、そうなの?」

「あぁ。 俺がお前を任せても良いと思うのは宏太ぐらいだよ」


 その宏ちゃんも、今はもう奈々ちゃんとラブラブだ。 とても上手くいっているようである。


「夕ちゃんと希望ちゃんも上手くいってるよね?」

「まぁ、な」


 なんだかちょっと歯切れが悪い返事だ。

 何かあったんだろうか? 恋敵の動向が気になるのでここは探ってみよう。


「んむんむ、ごちそうさまでした」


 私は、フルーツパフェ2杯をきっちりと完食して両手を合わせる。

 パフェ2杯をペロリと食べてしまった私を見て、信じられない物を見るような表情で私を見ている。

 別に普通だよねぇ、パフェ2杯ぐらい。

 私からすれば、コーヒーみたいな苦い飲み物を、2杯も飲める夕ちゃんの方がおかしいよ。

 夕ちゃんも、コーヒーを飲み干してしまい、「行くか?」と言って立ち上がった。

 私は「うん」と頷き、後ろをついていく。 2人で何故か4人分ぐらいの金額を払っている夕ちゃんに申し訳ない気持ちになりながら「ありがと」と感謝を述べた。


 店を出て、ゆっくりと帰り道を歩く。

 短い短いデートの始まりである。 出来るだけゆっくり、出来れば途中で寄り道なんかをして一緒にいる時間を長く長く。


「ねぇ、希望ちゃんと何かあったの? さっき歯切れ悪かったよ?」

「ん? あぁ、別に何かあったってわけじゃないんだけどな」

「そうなの? まぁ、上手くはいってるみたいだし、私ももっと頑張らないとなぁ」

「はは……」


 私は、自然な流れで夕ちゃんの手を握った。 夕ちゃんは少し迷ったようだけど、手を振りほどこうとはせず、ゆっくりと握り返した。


「実はな、月ノ木祭の日の夜に希望を部屋に呼んだだろう?」

「うん?」


 何か話す気になったようだ。

 恋敵の動向がわかるかもしれない。 私は夕ちゃんが続きを話すのを待った。


「あの夜、希望と1曲踊った後に良い雰囲気になったから、ベッドに押し倒したんだけどな」

「えっ!?」


 ちょちょ! 希望ちゃんはまだそういうことしてないって言ってたけど!?


「まぁ、拒否られてなぁ」


 あ、そうなんだ……。

 ちょっと安心したよ。 まだそういう事はしてないんだね。

 でも、夕ちゃんがその気になっちゃったってことは、後は希望ちゃん次第ってことだ。

 ゆっくり行きたいとは言っていたけど、この間の弥生ちゃんの話を聞いて希望ちゃんが焦りを感じていたら、そう遠くないうちに進展するかもしれない。

 あまり、猶予は無さそうだ。


「そうなんだ?」

「俺は焦りすぎか?」

「普通だと思うよ? 彼女ともっと仲良くなりたいと思うのは」

「そうだよなー」

「希望ちゃんはさ、奥手だから」


 明るくなったし、ずいぶん前向きになったと思う。

 夕ちゃんと付き合い出してからは、独占欲の強いところも見せ始めた。

 それでも、やっぱり根の部分が急に変わったりはしないということなのだろう。

 怖がりで人見知りで、奥手なところは今でも見せている。


「ゆっくり行きたいって言ってたよ?」

「俺にもそう言ったよ」

「でしょ? 待ってあげなよ? 希望ちゃんが良いって言うまで」


 って、私はなんで希望ちゃんの後押ししてるのよぉ! つい癖で、自然にフォローしちゃったじゃん!


「ははは、お前さ、恋敵の肩持ってどうすんだよ?」

「ううー、私も今気付いたのぉ!」


 けらけら笑いながら、私の事をバカにする夕ちゃん。

 

「でもな、今のお前はイキイキしてるよ」

「そう?」

「あぁ」


 2人で帰り道を歩く。 このままゆっくり歩いてもあと10分ぐらいで家に着いてしまう。

 どうしよう? せっかく夕ちゃんがOKしてくれた短いデート。 無駄にしたくはない。


「ね──」


 どこかに寄り道でも、と言いかけた瞬間、夕ちゃんがその声を遮った。


「公園でも行くか」

「え?」

「公園のベンチにでも座って、もうちょっと話でもどうだ?」


 夕ちゃんの方から寄り道の誘い? 嬉しいけどどういうこと?

 とにかくデートの時間を引き延ばせるし、ここは断る理由は無い。


「うん、それじゃ公園いこ?」


 チャンスはどんどん活かしていこう。

 

 私と夕ちゃんは近くの公園に入り、ベンチに腰掛ける。

 夕ちゃんは「はぁ」と息を吐いて背もたれにもたれかかる。

 この季節、この時間、辺りは既に暗くなっており人影は全くない。

 2人きりである。

 私は、隣に座り先程のように手を握る。


「まるで恋人同士だな?」

「恋人同士だったら、もっとくっついてるよ」


 これでもだいぶ譲歩しているつもりなんだけどなぁ。

 夕ちゃんは「そうかい」と、苦笑いしながら手を握り返してくる。

 

「夕ちゃんって結構チョロイ?」

「何がだよ?」

「だって、こんな簡単にデートしたり、手を握り返したり」

「うーん」


 空を見上げて「そうかねぇ」と呟く。

 もしかして……。


「ね? もしかして、結構揺れてる? 私と希望ちゃんの間で」


 夕ちゃんは、上げていた顔を前方へ向けて、街灯の明かりに照らされた、対面にある無人のベンチに目を向ける


「かもな」


 そう言った。

 ふぅん、実は、私が思っているほど、私と希望ちゃんの間に差が無いのかもしれない。

 私が少し……ほんの少し押せば私の方に傾いてくるんじゃなかろうか?


「俺の中ではお前と希望は『幼馴染』か『恋人』かの差しかないんだ」

「そっかぁ」


 立場の差でしかない──それは言い換えれば、それさえなければ私と希望ちゃんへの想いの大きさは変わらないという事だ。

 なんだかいける気がしてきた。


「あと2ヶ月早く、お前が今みたいになってればな」


 ちょうど、希望ちゃんと夕ちゃんが付き合い始めた頃ぐらいだ。

 その頃に私が乱入していれば、あっさりと奪えたのだろうか。


「でもなんか、今からでも間に合いそうだけどね」

「……」


 私は手を離してベンチから立ち上がり、夕ちゃんの前に移動する。

 夕ちゃんは、そんな私をベンチに座りながら見上げた。

 私は、腰を少し曲げて、夕ちゃんの顔に自分の顔を近付け、唇を奪った。


「ん……」


 希望ちゃんの誕生日に王様ゲームの罰ゲームでして以来のキスかな? 今回は、コーヒーの苦い味がする。

 

「ふぅ……」

「お、お前な……」

「結構、久しぶりだよね」

「……」


 私は、そのまま夕ちゃんの膝の上に跨り、もう一度キスをする。

 数少ないチャンスを生かす。 ここで一気に攻めるよ。


「んん……」

「ん……」


 今度はディープキス。 夕ちゃんも特に拒む様子は無い。

 この雰囲気なら、もう少しいける気がする。


「んは……夕ちゃん……」

「……?」


 私は、ここが公園のベンチであることを忘れて、ブレザーのボタンを外しはじめた。


「ば、ばか! こんなとこで何してっ!」

「あぅ……」


 さすがの夕ちゃんもこれは拒否してきた。

 私の体を軽々抱き上げて、膝の上から退かせる。

 ……残念。


「……ごめ──」


 謝ろうと思った時、夕ちゃんが私の手を握って公園の奥へと引っ張っていく。


「え? え?」


 そのまま連れて行かれたのは人目のつかない植え込みの中。

 え? もしかして釣れた? 会心の一撃だった?!


「ゆ、夕ちゃん……?」

「……悪い、もう我慢できねぇ」

「う、うん、いいよ……」


 私達は夜の公園という、いつ人が来るかもしれないような場所で……お互いを求め合うのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 とんでもない場所でとんでもない事をしてしまった私と夕ちゃんは、終わってから周りに誰もいないかを確認して安堵するのであった。


「わ、我を忘れて……誰も来なくて良かったよね……」

「だな……運が良かったのか何なのか」


 乱れた制服を直して、植込みの中から出る。

 夕ちゃんは手を掴んで私を引っ張ってくれた。


「ありがとう」

「……」

「でも良かったの? 私とこんな事しちゃって?」


 誘っておいてなんだけど、これはれっきとした浮気行為である。

 以前希望ちゃんは、私が相手なら許すみたいなことを言っていたけど。


「男だからな俺も……お前みたいな女子に何回も言い寄られれば我慢の限界も来るってもんだ……」

「えへへ、じゃあ、作戦成功って事だ」

「はは……」


 夕ちゃんはそういうと、いつものように私の頭を撫でてくれる。


「希望ちゃんがさせてくれないんなら、私がいつでもさせてあげるよ? なんちゃって」


 自分で言っててなんだか恥ずかしい。 私ってこんな女の子だったのか。


「お前変わったなぁ? そんなだったぁ?」

「夕ちゃんの所為ですぅ」

「俺の所為かよ?」


 何はともあれ、夕ちゃんと希望ちゃんの間に何とか割り込める隙が作れたよ。

 意外と私にもチャンスがあることもわかったし、今日は良い1日になった。

 夕ちゃんは少し困ったような顔で、私の顔を見ているけど。


 なお、帰った後の事だけど、帰りが遅かった私と夕ちゃんを訝しんだ希望ちゃんから、色々と質問責めされたのでした。

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