第79話 奈々美相談所
☆奈々美視点☆
今日は部活の後に亜美から誘われて緑風へ来ている。
最近の様子を見るに、大体何があったかは想像がつくのだけれど。
「アイスコーヒー一つ」
「あ、いつものでお願いします」
それぞれ注文を終えて、一息つく。
亜美は鞄を隣の席に置いてスマホを取り出している。
「で? 今日はどうしたの?」
「うん、ちょっと相談というか作戦会議というか」
「作戦会議?」
亜美はスマホ自分の手元に置くと、話しを始めた。
「実はね──」
希望との間で交わされた話、それを受けて取った亜美の行動、それら全てを私に話してくれた。
ここ数日の亜美の行動を見ていればわかる事ではあったが、本人からこうやって聞かされない限りは確信が持てなかったのは確かだ。
「そう……」
こうなるまで、本当に長かった。
小学6年のあの時以来、亜美は希望のバックアップに奔走して、自分の気持ちを押し殺し続けてきた。
あれが無ければ今頃は、とっくに夕也と恋人関係に発展していただろう。
希望が今まで使わなかった一言、「すでに十分幸せ」という言葉がようやく亜美に届いたのだ。
誰が見ても明らかであったのだが、亜美は盲目的になり過ぎていてそれに気付かずに生きてきたということだ。
でも、ようやく呪縛から解放された。 最近の亜美は特に活き活きしているように見える。
昔の亜美と希望のやり取りを見ているようで、懐かしく思った。
「やっとスタート地点ってわけね」
「うん、だいぶ出遅れちゃった」
「そうねぇ、希望は随分先行してるわね」
実際、夕也の心の中がどうなってるのかは窺い知れない。
ただ言える事は、夕也と希望は確実に一歩一歩進んでいるということ。 特に、夕也から希望の方へ歩み寄っていくと決意したのは非常に大きい。
多分だけど、亜美はかなり崖っぷちの所で踏ん張ったって感じだと思う。 あと少しでも遅ければ、夕也の心の中から亜美は消えていたかもしれない。
ここから、亜美が夕也を奪うのは中々大変かもしれないわね。
「それでなんだけど」
「良い作戦が無いかって話ね?」
「さっすが奈々ちゃん!」
亜美はパァッと笑顔になり、手をパンッと叩いて「親友は頼りになるなぁ」と言っている。
しかし、やはりというか厳しい状況である。 作戦と言ってもねぇ。
「んー、難しいわねぇ」
「そ、そうだよね」
亜美も色々考えてはみたのだという。
ただ、スキンシップや愛の言葉を囁いたところで、中々今の夕也に届いていないのが現状のようだ。
「仕方ないわねぇ」
「何か良い作戦出してよ奈々えもーん」
私をあの二頭身青狸と一緒にしないでほしいわね。 この超絶美人の私を。
「そうねぇ……あんたが唯一、希望より進んでいる点で攻めるとかどう?」
「私の方が唯一進んでいる点?」
と、そこまで話したところでパフェとアイスコーヒーが運ばれてきた。
亜美は目を輝かせて、それを頬張っている。
本当によく飽きないわねー。
「んむんむ……で、その点って?」
「ずばり体よ、か・ら・だ」
「体? んむんむ」
「そう、つまり寝取るのよ」
「んっ?! けほっけほっ」
あまりに唐突な言葉にびっくりして咽てしまったようだ。
亜美が希望より進んでいる点、それは「夕也とえっちしたことがある」というところである。
亜美にとってはこれが最大の武器になる。 亜美のこの体で迫られれば、大抵の男は一発で元気になってもう理性が吹き飛ぶこと間違いなし。
一発ヤッてしまえば後は泥沼のようにハマり気が付けば……。
「奈々ちゃん、顔怖いよ?」
「こほんっ……とにかく、亜美が対抗できる武器はそれぐらいでしょ?」
「もうちょっと正攻法でなんとかしたいなぁ」
「甘い! 甘すぎて砂糖を吐き出しそうだわ」
「汚いよ……」
「紗希も言ってたでしょ? 『恋愛は戦争』だって」
夏休みの旅行の時に紗希は、亜美と私にそんな事を言っていた。
奪い合いなのだと。
その人の心が欲しいのならどんな事でもやるべきである。
「い、言ってたけど……」
「とりあえず、一発ヤッちゃいなさいよ。 それで夕也の気持ちをあんたに向けさせることができるかもしれないわよ?」
「……け、検討してみます」
亜美はフルーツパフェを複雑そうな表情で食べ出した。
うーん、こういうドロドロした恋愛相談は私よりも……。
「ねぇ、紗希にも相談してみたら? あの子は恋敵を蹴落として今の彼氏君ゲットしたんでしょ?」
「そう言ってたね」
「なら、いいアドバイスくれるんじゃない?」
亜美はスプーンを咥えながら「んー、確かに」と頷いた。
明日、相談してみるとの事らしい。
結局、私は役に立ててないような気がするわね。
「ごめんなさいね、何でも相談しなさいとか言っといて役に立てなくて」
「ううん! そんなことないよ! 奈々ちゃんの作戦、ちゃんと検討するから」
「そ、そう?」
「うん、ありがとう奈々ちゃん」
亜美はニコッと微笑んで私に深々と礼ををするのだった。
このあと、何故か「そういう話」になって亜美と2人でドラッグストアへ寄り、約束のこんどーさん購入の付き添いを果たしたのであった。
ちゃっかり超極薄なやつを買ってるあたり、この子案外ヤる気なのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇
んで、その翌日の事である、
今度は、夕也から誘われて緑風にやってきている。
私は行列のできる恋愛相談所じゃないっつーの。
「で、何よ?」
「うむ、実は亜美の事なんだがなって……あいつから何か聞いてるか?」
「えぇ、昨日聞いたわ」
まさにここで。
夕也は一体何の相談なのかしら? 何とか亜美を遠ざける方法が無いかとか相談されたらどうしましょう?
「あいつ、昨日の夜部屋に来てな」
え、まさか? 検討するとか言って早速仕掛けたんじゃないでしょうね?
「抱いてとか言って押し倒されたんだが」
「あ……そう」
作戦を立案したのは私の方だけど、まさか即日実行するとは思わなかったわ。
こんど-さん買いに行くって決めた時にはすでに決めていたのかしら。
「なんとか、押し返して拒否したはいいんだが。 あの感じだとまだ諦めて無さそうなんだよな」
「そ、そう」
「どうしたら諦めてくれると思う?」
あの子に迫られて堪えられるってどんな精神力してんのよこいつは。
あんな子に「抱いて」なんて潤んだ瞳で言われたら、もう普通の男は朝までハッスルでしょ!
「抱いてやりなさいよ」
「ぶほっ、けほっけほっ」
あまりに唐突な言葉にびっくりして咽てしまったようだ。
私が立てた作戦だもの、上手くいかないと私の株が下がるじゃない。
「お前なぁ……」
「ほら、一回ヤれば案外満足して去っていくかも?」
「なわけあるか……」
意外と冷静な思考回路してるわねこいつ。
しかし、あの亜美の誘いを跳ね除けるとなると、相当希望に傾いてるってことになるわね。
亜美の事を応援してるとはいえ、親友達の恋人関係をぐちゃぐちゃにするのは気が引ける。
結局、皆揃って幸せにってのは無理なのね。
紗希の言う通りだわ。
「まさか、お前が変なアドバイスしたんじゃないだろうな?」
夕也にしてはかなり鋭い読みをしている。
私は口笛を吹いて誤魔化してみるが、それを見た夕也は溜め息をついて目頭を押さえた。
「ごめん。 私、あの子には幸せになってほしいのよ。 あの子がやっとスタート地点に立ったのよ? 応援したいのよ」
「……お前に相談しても仕方ないってことか」
「私、あんたと希望が上手くやってるのだって壊したいわけじゃないのよ」
「そうか」
「3人ともが幸せになれる方法ってないのかしら?」
「そんなもんありゃ俺だってそれを選ぶ」
「ん? 何? あんたまだ亜美の事好きなの?」
「まぁ、な……完全に忘れる事は出来ねぇよやっぱり」
ふぅん、これはこれは。 亜美もその気になればまだまだ逆転可能ということか。
「やっぱり抱いてやりなさい」
「はぁ」
「あはは、ごめんごめん。 その辺はあんた次第でしょ? あんたが将来一緒にいたいと思える方を大事にしていけばいいのよ」
「それはそうだが」
「あれ? 意外と亜美と希望の差ってそんなに無かったりする?」
「……亜美に言い寄られるまでは希望とって思ってた。 でも、いざ亜美が出てくると揺らいでしまってな」
結構亜美にもチャンスあるのね? これならわざわざ肉体関係強要しなくても普通にやってればいいんじゃないかしら?
「うん、やっぱ抱かなくていいわ」
「何なんだよお前」
「亜美には私から言っておいてあげるから」
「そ、そうか?」
「えぇ。 でも、亜美の事は後押しさせてもらうわよ?」
あくまでも亜美のサポートをしていくことに変わりはない。
希望には恨まれるかもしれないけどね……。
「……わかった」
「力になれなくてごめんなさいね」
「いや、お前には辛い役回りさせちまってるなと思ってる。 正直言って辛いだろ?」
夕也は私の事も心配してくれているようだ。
本当に優しい奴なんだから。 私に宏太が居なければ今頃ドロドロの四角関係になってるとこよこれ?
実は、こいつとなら寝ても良いかなとさえ思ってる。
機会があれば迫ってみようかしら? なんちゃって。
「心配してくれてありがと」
「この件は、出来るだけ俺が何とかしねぇとな」
夕也はコーヒーを飲み干して、立ち上がった。
「俺は俺で希望と歩いて行くって気持ちで頑張らせてもらう。 お前はお前で亜美の方を頼むわ」
「えぇ、覚悟しときなさいよ? 私は亜美をあんたの彼女してみせるわ。 希望には悪いけど」
「はは……亜美と同じこと言うんだな」
夕也はそう言ってコーヒー代を机の上に置いて先に出て行った。
あいつはあいつで、また亜美と希望の間で揺れてるのね。
私のやってる事は、幼馴染の絆を壊しかねない事なんだろうか? この先どうなるのか考えると、凄く不安になってくるのであった。
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