第31話 お蝶のご夫人は見た

 昨日の夜会はそこそこ楽しめましたわ。英雄カイル様ともダンスを踊ってもらえましたし…。


 あの逞しく引き締まった身体、艶やかな黒髪、底光して輝くミステリアスなダークブラウンの瞳。ダンスをしていても優雅に支えてくれて、とても踊りやすかった。

 お世辞だろうけど『踊れて光栄です』とお言葉を頂きましたし。


 はぁ、アリアは溜息をつく。


 はい、分かっております。お世辞ですよね。主人公に取られてギャフンと言わされるのも、ザマァされるのも、死ぬのも御免ですし、これだけで満足ですわ…。


 でも…。本日、ラーンクラン国へ帰国することですけど、少し心残りね。

 アリアは侍女の用意した紅茶を一口飲み、夜会での一幕を思い出す。


 ダンス後、エルレティノ王国、国王から領土調査のお礼として希望を聞かれたのだ。

「そのような事で良いのか」

 驚く国王の顔は少し笑っていて、変わり者の名は伊達じゃないと思わせたのかも知れない。


 アリアは褒美に『研究員用図書館』への入館を希望した。


 あの続編の少女、リオが本日立ち寄ることを執事の伝令が掴んでいたのだ。

 執事の伝令は雀蜂。公園で動物と話すところを目撃したようだ。


 動物と話すってあんた、物語じゃあるまいし。…って、これ乙女ゲーでしたわ。


 しかもこの『簡易シリーズ』ってのが腹の立つところで、曖昧設定な部分が多い。恐らく何もしなければ、ノーイベント。なのに、現存しているキャラクターが頑張るから、無駄に複雑化している。

 頑張らなくても良いのに頑張ろうとする、そして変な設定を増やしていく、それがこの世界の人々なのよ。


 執事には、リオを見張ることをそれとなく、あの廊下すれ違い事件の時に告げている。

 事前にリオの能力を夢見たこと、その能力によって『澱み』の解明に繋がるかも知れないこと。

 それを受けて頑張っちゃった伝令報告だった。


 執事には『夢で先を読める能力』を持っていると思われているので、あれこれ詮索で苦労することはない。けれど、報告を開ければ、無視できなくて、そういうイベントが来るわよね。


 そう、今日がそのイベント。


「入られました」

「そう」

 執事のセバスチャンが図書館内会議室を予約していたので、迅速に対応出来る。

「良く気がつくので助かるわ」

「恐れ入ります、ではこちらへ」


「先ほどまでは、席に座られて何やら辞典らしきものを参照されていたようです」

 ふむふむ、勉強熱心な子なのかな?

 家庭教師とか雇っていないのかしら。


「あら、移動するわね。あなたたちは下がってて。多ければ不審に思われるから。時間になったら、呼びかけて」

「御意」

 

 リオは歴史書の方へ向かっているようだった。

 ふむふむ、辞典の次は歴史書か。時代背景が気になるのかな?

 忍者だから、この時代に合わせた主君を決める…とかはないか。


 アリアは良く見える配置を探した。ちょうど出口の近くの棚が、簡易の棚になっている。

 この棚は前後の仕切りがない。手前の本、そして向かい通りに面する奥の本。それらを退ければ、隠れながらリオを見ることが出来た。


 リオは本を下段から探しているようだ。腰が痛くなったのか、伸ばすように立ち上がる。


 動きが少し緩慢…ババクサイ。前世のうちの母のようですわよ。

 そんな印象を受けた。


 リオは腰を伸ばし、背を反ったついでに何かを見つけたようだった。

 リオのギリギリ手の届きそうな上の棚に、比較的新そうな本がある。

 背伸びして手先を届かせようとしていた。


 キャー!あれは、危ない!本が角から落ちそうよ!頭に!ヤダー!

 握った両手を思わず胸の前に持ってきてしまう。

 他人事ながらドキドキするわ!


 リオの手が微かに本の背表紙に触れた。


 次の瞬間、人影がリオに重なる。


 ん?誰だ?


「これが読みたいの?」

 男の人?黒い手袋をはめた手の人が、リオの目的の本を差し出す。


「は、はい、えっ?」

 リオも、ものすごく驚いた顔をして、少しだけ見上げている。どうやら待ち合わせをしていたわけではないようだ。


 騎士の制服を着ている。

 ちょうど顔が上段の棚の接合部分にあたり、見えない。本と本の間が見せる四角い部分が、動かない防犯モニターのようでイライラする。


 ルーカスではない…。リンクか?!

 確かリンクは第三騎士団、班長。現在、沼地調査は保留のはずだから図書館にいてもおかしくない。


 しかし、乙女ゲーのターゲット引き寄せシステムは素晴らしいですわね。こんなシーン、見てもよろしくて?

 少しワクワク、ドキドキ、他人の恋愛事情はなんて楽しいんでしょう!しかも自分とは関係ない続編だから危機感もないですし!


 リオは渡された本を差し出されたまま、随分長い間、頬を赤く染めて男性を見つめていた。


「ありがとうございます」


 やっとこさ差し出された本を受け取る。リオは相当驚いたようだったが、忍者のくせに、おめぇは気配は感じなかったのか。


「この度は…を…立てて頂き、ありがとう…いました」

「…いや、…いってもら…良かった」

 

 何を立てた、って?

 普通、立てると言えば?誓い?


 ババーンと目の前に行って、ちゃんとこの目で確かめたい。

 君は誰で、何をリオに立てた!?と。

 

 とか思っている間に、また見つめ合う2人。

 何、なに?この会話がなくても見つめ合うだけで、2人の世界が成立するこの感じは。


 見つめ合うとぉ〜♩ほにゃらら〜♩ほにゃらら〜♩できなぁ〜あい♩


 あぁ前世の記憶が薄くなって、ほとんど『ほにゃらら』ですわ!


「お嬢様」

 背後の出口から執事が声かける。


 えぇぇーもう時間…?タイムリミット?

 もう少し、見ていたかったけど!


 アリアは、本と本の間に潜り込ませていた顔を抜き取ろうとした。


 ん?


 髪の毛が?私の髪の毛が!重い!


 ゲッ!髪が本を持ってますわ!


 慌てて、髪の毛に引っ掛かった本を手に持ち上げて、髪と引き離す。


 いやいや、ちょっとお待ちになって。


 背表紙が古くて縦に亀裂が入り、そこにカールした髪が絡まったようだ。

 バタバタしてたら、気付かれる?


 素早く、棚の隙間からリオを見た。


 何故かリオとばっちり目が合った。


 ヒャー、忍者の技使ったの?!今?

 なんで今、そんな力を使うのよ。


 やばいやばい、こっち来そう!


 思い切って、髪から本を離す。

「いっっっタっ!!!!」

 バリバリっと音がした。


 自慢の髪がーー!根こそぎー?!!


「お嬢様!急ぎませんと!」


 わーとるわい!やいやい言うなー!


 アリアは髪から離した本を持って執事の方へ向かった。

「お嬢様!本はダメです」

 取り上げられた。戻ってる暇はないので、本棚横の廊下にそっと置く執事。

「後で事務員にお願いしておきます」

「分かったわ」


 後ろ髪引かれるって、こういう事を言うのね。

 私は実際に髪の毛を大量に残してしまいましたけど…。


 アリアは背後の出口から屈みながら抜け出し、裏口に付けた馬車に乗り込んだ。


 引き続き、思い入れのある続編を観察したいところだけど、今日はここまでね。自分のイベントでうんざりしていたけど、少し生きる楽しみができましたわ!


 自分の輿入れの話も、自分の意思で決めたい。それには、主人公回避、対象者回避、没落回避の回避三昧を無事に終えなければならない。


 やってやるわよ。


 英雄カイルと結ばれるその日まで。


 続編の主人公は主人公なりに図書館で調べ物をして頑張っているしね!


 それに、今はまだ本編が始まる前でリオに変化はないけど、そのうち学園変身ものになって大変になるのよね〜。


 乙女ゲーの変身ものって前代未聞だわ。簡易シリーズ、ちょっと遊びすぎよね。

 本当、身体がいくつあっても足りなくなるくらい忙しくなるから頑張って欲しいところだわ。


 無論、私もね。

 アリアはアリアの求める人生を送れるように頑張る決意をした。

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