第十二話 チュウオウ・スチーム・ドッグ~夢は蒸気の先に~


 諸君!


 人間は何のために生きているか分かるか?


 食うためではない。子孫を残すためでもない。それは過程なのだよ。


 我々の同胞は地下生活者として貧しさに耐えている。何故か! 先般ご承知の通り、地上には人類の天敵たる化物がウヨウヨしている。奴らから身を守るために人間は地下コロニーを作ったのは語るまでもない事実である。


 なるほど、地下コロニーによって人々は安全を獲得した。


 しかし!


 し、か、し!


 資源は有限なのだ。いずれ訪れる飢餓地獄を避けるべく創設されたのが地上資源奪還部隊リンク・フォースである!


 栄光あるリンク・フォース。ああ、哀しき運命! 彼らは我知らず愛する人の魂を手に戦うのだ!


 そんな哀れな隊員たちをただの資源回収のために使い潰しているのが現状である。嘆かわしい!


 本来リンク・フォースは地上を取り戻すという大義名分があったのだよ! それがいつしかスッポリ抜けてしまった。いやいや、私はリンク・フォース本部を批判するつもりはないのだよ。天に唾するものだからね。そんな無意味をするよりも、我々が変わるべきだとは思わないかい?


 そう! 我々はきたるべき未来のために確かな一歩を踏まねばならない!


 そこでだ。私は素晴らしくハッピーでエキセントリックかつキュートな発明をしたのだよ!


 その名もスチーム・ドッグ! 蒸気機関の相棒さ!


 どうだ!


 天才発明家リトル・エンジェル・ララを崇めよ!


 未来はブリキの相棒が切りひらくのだ!


◇◇


 誅翁チュウオウ区。ガラクタだらけの広場でカイはおざなりな拍手を送った。


 誅翁チュウオウ区に配属された初日にもかかわらず、隊長のララに連れられて地上に出たのだ。カイは23区初配属だったので、さぞ濃密な説明が繰り広げられるだろうと意気込んでいたのだが、まさかガラクタ置き場で独演会を聞かされるとは思わなかった。


 ララは機械油で汚れた作業着姿でガラクタの山に立ち、腕組みをしている。得意気な表情。


 風が吹き、彼女の金色の髪を揺らした。


 ララは屑鉄の山を下り、挑戦的な笑みでカイを見つめた。


「どうだね」と彼女は自信たっぷりに訊ねる。


 カイは思わず苦笑した。どうだ、と言われても困るだけだ。蒸気機関の相棒なんてどこにも見えないし、ララの大言壮語も上滑りしているように思えた。「……そう聞かれても困ります」


 カイの答えに、彼女は目を見開いた。そしてぽっかりと口を開く。「ええー!?」


 賞賛を期待していたのだろう。オーバーな反応だ。


「じゃあ、もう一度……」


 そう呟いて屑鉄の山に登りかけたララを慌てて止める。「ま、待って下さい。隊長の考えはよく伝わりました」


 足を止めて振り向いたララは口を尖らせて、じとーっとこちらを見つめている。


「あー、その……素晴らしいお考えです。感動しました」


 するとララは、にへらぁ、と相好を崩し、カイの前までぴょんとジャンプした。


「いやぁ、そこまで言われると照れるじゃないかぁ」なんて嬉しそうに言って肩をバシバシと叩いてくる。カイは調子が狂うような、拍子抜けした感覚になった。


 なんだこの人は。それが率直な感想である。自分とそう歳の変わらない少女なのに、どういう育ち方をしたらこうなるのだろうか、と彼は思った。


 市区から23区への転属はそれなりの覚悟が必要とカイは聞いていた。化物の量は格段に増え、なかでも強力な化物である『人型』も発生するとの話だ。カイは自身の持つリンク・メイトに戦闘能力がない事から、随分と張り詰めた思いで誅翁チュウオウ区まで来た。


 そこで待っていたのはララの妙な歓迎である。緊張も不安も上滑りしてしまう。


「カイくんだったね」


 ララは再び腕組みした。「歓迎する。リトル・エンジェル・ララさんのもとで働ける事を光栄に思いたまえ~」


 歌うような口調。何だか呑気な人だ。


「さて、カイくん。我らがスチーム・ドッグを見せて上げよう!」


◇◇◇


 広場横の廃墟内にそれ・・はあった。ずんぐりむっくりした人型の機械。二メートル程の高さだろうか。顔の半分が胴に埋まっており、目は半透明の丸い素材が使われている。鳩胸で腕が太く、足は腿の部分のみやや細くなっていた。関節部にはゴムが用いられているように見える。


 ララの演説通り、身体の大部分はブリキ製だった。


 カイの目にはスチーム・ドッグとやらはただのブリキ人形にしか映らなかった。未来を切り拓く相棒にしては、どこか鈍臭どんくさいフォルムである。


 ララはカイを見つめて満面の笑みを浮かべている。誇らしさからか、その瞳がキラキラと輝いていた。


「どうだね、カイくん。カッッッッコいいだろう!?」


「あー、そうですね。かっこいいと思います」


 そう返すと、ララは嬉しそうに目を細めた。「そうだろ~? えへへ」


 駄目だ。この人のペースに合わせていたら頭のネジがどんどん緩くなってしまう。気を引き締めなければ。


 カイは咳払いをして口を開いた。「これがスチーム・ドッグなんですね? リンク・フォースの未来を切り拓くという……」


「その通り! 機械仕掛けの彼によって我々は次の時代へと進むのだ!」


 うーん、とカイは唸った。どうも彼女の言葉は抽象的過ぎる。


「具体的には何をしてくれるんですか?」


 するとララはよくぞ聞いてくれたとでも言うように得意気に鼻を鳴らした。「ふふ~ん。スチーム・ドッグは我々リンク・フォースに代わって働いてくれるのだよ。探索困難な場所でもへっちゃらさ」


「探索困難な場所……たとえばどこです?」


 ララは少し考えてから、閃いたのか手をぱちんと打ち鳴らした。


「たとえば、血夜堕チヨダ区さ! リンク・フォースが唯一配属されていない未踏の地! スチーム・ドッグならそこにひそむ危険も難なく突破出来るはずだ」


 カイは思わず首を捻った。血夜堕チヨダ区にリンク・フォースがいないのは知っていたが、他の地域に潜入するなんて正気とは思えない。


「……『地区防壁』はどうするんです?」


『地区防壁』とは、地域を区切る半透明の壁である。破壊する事は叶わず、有機物だろうと無機物だろうと一切通さない地上の檻。


 何か算段でもあるのかと思ったが、ララは口元に手を当てて目を泳がせている。


「隊長、まさか『地区防壁』の存在を忘れてたんじゃ――」


 カイが言いかけた言葉はララに遮られた。「か、カイくんを試したのだよ! そこに気付くとは見込みアリだ!」


「はあ、どうも」


 全く、この人は……。彼はため息をついた。


 改めてスチーム・ドッグとやらを眺める。ところどころ錆び付いているが大丈夫なのだろうか。そもそもこのブリキ人形が動くとは思えない。


「これ、ちゃんと動くんですか?」


「なっ! 失礼だぞ! もりもり動くぞ!」


 もりもり動く、とはどんな感じだろう。


「じゃあ、もりもり動かして下さい」


 カイの言葉に、ララは頬を膨らました。不機嫌さを表現したいのだろうが、何だか間が抜けているように見える。


「今日は疲れた」と彼女は呟いてきびすを返した。「武器も作り過ぎたし……」


 武器とは何だろうと疑問に思ったが、幾ら聞いても答えてくれなかった。秘密というよりもねているような具合である。


 その日、カイは結局スチーム・ドッグや武器について疑問を抱えたまま眠りについた。


◇◇◇◇


 翌日カイは、ララに連れられて別の廃墟に訪れた。


 廃墟内に並んだ金床かなとこ。壁にはゴーグルや手袋が下がり、かまどまであった。高い天井からはかぎ付きの鎖が垂れている。高所にめられた窓はどれもくすんでいたものの、ひびひとつ見られない。頑丈な造りなのだろう。


 そこかしこに使い方の不明な工具類があり、廃墟内は広めの工房といった雰囲気だった。


 ララは大きく伸びをすると、カイに顔を向けた。「誅翁チュウオウ区で取れる資源はあまり多くないのだよ。それも、鉄屑やブリキばかりだ。私はそれを加工して地下に提供している。キミたち隊員は私のサポートが仕事だよ。荷物を運ぶのも、化物から仕事場を守るのも」


 荷運びは構わなかったが、化物の討伐はどうにも自信がない。「隊長……俺、化物との戦い方が分からないんです。リンク・メイトもこれだし……」


 言って、手にしたスコップを持ち上げる。武器というより農具だ。


 以前所属していた市区では殆ど化物と遭遇しなかった。稀に現れても他の隊員が倒してくれる。カイはスコップを使って農夫をしていただけだった。


 ララは肩を竦め、勝ち誇ったような笑みを見せた。「しょうがないなあ、カイくん。化物の相手は他の隊員に任せよう。キミは私の助手をしたまえ」


 特別だぞ! と付け加えるララ。


「あ、はい。助かります」


 ララは「ふふ~ん」と息を吐いた。「もしやキミは初めから助手のポジションを狙っていたのではないのか~? も~。私は人気者だからな~」


 カイは盛大なため息をついたが、ララは一向に気にしなかった。


 彼女は何故か上機嫌に、壁際に置かれた木箱からブリキの断片を幾つか手にした。「カイくん、刮目かつもくせよ!」


◇◇◇◇◇


 カイはララの作業を呆然と見つめていた。彼女は見事な手際の良さでブリキを剣へ仕上げていったのだ。溶接もお手の物である。


 汗を拭う彼女の顔付きは真剣そのもの。それまでの緩んだ様子とは全く違う。腕の良い職人でしかなかった。


 やがて彼女は床に座り込み「水筒!」と呼びかけた。鋭い声である。


 持ち込んだ水筒を彼女に手渡すと、蓋を取ってごくごくと喉を鳴らして飲んだ。そして長く息を吐き出す。


「どうだね、カイくん」


「……凄いです。まるで熟練の職人みたいだ」


「そうだろうそうだろう。なんせ私のパパは武器職人であり発明家だったからな」


 私と同じく、と加えた。


「へえ。地下で武器を作っていたんですね」


 その言葉にララは首を傾げた。そうして、いかにも当たり前であるかのような口調で告げる。


「ん? パパはこの場所で職人をしていたんだぞ? 誅翁チュウオウ区の先代隊長だ」


◇◇◇◇◇◇


 ララは包み隠さず語ってくれた。嘆く事など何ひとつないような、誇らしさに溢れる口振りで。


 彼女の父親が誅翁チュウオウ区の隊長になってからも、何度か地下コロニーに戻って来てくれた事。ララに、近い将来リンク・フォースになるように頼んだ事。そして、その際の優遇住民には父である自分を選ぶよう命じた事。


「……親父さんは優遇住民の真相を知っていたんですよね? それなのに自分を選ぶように言うだなんて……」


 ララの父がどんな考えでいたのかがさっぱり分からない。


 すると彼女はこだわりなく答えた。


「パパは欲張りなんだ。リンク・フォースとして世界を変えたいなんて口にしながら、私とも一緒にいたかったのさ」


 だから両方を取ったんだ、と続けた。


 カイにはとても理解出来ない選択だった。自分の肉体を放棄してでも大切な人と一緒にいたい気持ちは――そこまでの人はまだ思い当たらなかったが――分からなくもない。ただ、そんな愛娘を危険極まりない地上に導くなんて、と思ってしまう。愛しているなら守ってやるのが本当ではないのか。


 疑問をそのまま口にすると、ララは首を横に振った。


「最終的に決めたのは私さ。志願書を提出するのも私だからね。……パパはフェアだったよ。リンク・メイトが何なのか、優遇住民がどうなるか、全部こっそり教えてくれたんだ。勿論、地上に思い描く夢もね。……私はパパの夢を叶えたくて志願したんじゃない」


 言って、彼女は立ち上がる。


「パパが夢見た世界を、一緒に見たくなったのさ」


 彼女の顔付きは爽やかで、決意がみなぎっていた。


「……親父さんの夢って、なんですか?」


 くと、ララは一言「ついておいで」と残して武器工房を後にした。


◇◇◇◇◇◇◇


 スチーム・ドッグは、見れば見るほどただのブリキ人形としか思えなかった。錆色のボディに、ずんぐりした体型。


誅翁チュウオウ区ではリンク・メイトになる前の武器を作っているのだよ。加工前のリンク・メイトがブリキの塊だって事は知っているだろう?」


 返事を聞く前に、彼女は何の変哲もない短剣を取り出した。「これが私のリンク・メイト」


「そこに親父さんの魂が――」


 言いかけたカイを、彼女は手で制す。「パパの魂が入ってるよ。少しだけ」


 少しだけ? 思わず首を傾げた。


 ララは短剣の柄を時計回りに捻る。すると、刀身が鋭い音を立てて床に落ちた。


 ――何も言葉に出来なかった。ララの手に残ったリンク・メイトを、ただただ凝視する。


 彼女の手に握られた柄の先。本来刀身があった場所は青白く輝く鍵になっていた。


 そして彼女は、スチーム・ドッグを愛おしそうに撫でる。


「スチーム・ドッグはパパが機構を作って、私が外側を完成させたのだよ」


 彼女はスチーム・ドッグの身体を指でなぞりながら、ゆっくりとブリキ人形の背後に回った。


「スチーム・ドッグにはパパの魂が宿っているのさ……比喩だけどね。でなきゃ、鍵なんて造るはずがない」


 ララはスチーム・ドッグの背に空いた鍵穴に、リンク・メイトを差し込んだ。


 カイはぞわぞわと、全身に鳥肌が立つような感じを覚えた。まばたきすら忘れて、それに見入る。


「リンク・エネルギーを動力源にするだなんて、エキセントリックな構造だよ。それを自分の魂で実験しちゃうんだから、本当に……」


 尊敬する。彼女は呟いて微笑んだ。


 スチーム・ドッグの丸い目には青白い光が宿り、ブリキ製の太い腕がぎこちなく動いた。


 生きている。いや、鍵を差し込んだ瞬間、生物になったのだ。カイは目の前のそれをブリキ人形とは到底思えなくなっていた。


 スチーム・ドッグ。ブリキの相棒。その身にはリンク・エネルギーが溢れ、ララとその父親の繋がりによって命を得ている。


 無意識に感嘆の息を漏らして「凄い……」と呟いていた。


 ララは誇らしげに胸を張り、スチーム・ドッグの肩によじ登った。


「さあ、スチーム・ドッグ! 一夜の冒険に出よう! カイくんも一緒に来たまえ!」


 ララはスチーム・ドッグの頭を掴んで、カイへと手を差し出す。


 カイは迷いなく手を取り、スチーム・ドッグの肩に乗った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 血夜堕チヨダ区と誅翁チュウオウ区の境。ララとカイ、そしてスチーム・ドッグが『地区防壁』越しに血夜堕チヨダ区を眺めていた。


 信じられない事ばかりだ、とカイは内心で呟く。


 スチーム・ドッグは二人を肩に乗せて、廃墟群を滑るように疾走したのだ。ララの話によるとリンク・エネルギーによって発生した蒸気を噴射して移動しているのだという。機構についてぺらぺらと喋る彼女の言葉で唯一理解出来たのがそれだけだった。


 スチーム・ドッグは化物を蹴散らし、速度を自在にコントロールし、夕暮れを走り抜け、夜闇を縫い、そして区の境までやって来たのだ。


「パパは本当に世界を変えたいのさ」と呟くララは、防壁を静かに睨んでいた。半透明の壁は夜空に浮かぶ月を奇妙に歪めている。


「スチーム・ドッグが量産出来れば、リンク・フォースは必要なくなるかもしれない……」


 カイの言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべた。肯定の意味だろうか。


「スチーム・ドッグは今のところ、量産は難しいな。そして防壁を越える事も出来ない。課題はあるけど、時間はたっぷりある」


 彼女は前向きな力に満ちている。心底そう感じた。


「親父さんの夢って、なんですか?」


 聞きそびれていた疑問を口にする。


 ララは防壁のすぐ傍まで歩むと、振り返って両手を広げた。機械油で汚れた肌や服が、まるで勲章のように見える。


「人々が地上を取り戻す事さ!」


 今や誰もが意識しないリンク・フォース創設の根本理由。化物から地上を取り戻す。口にするのも恥ずかしいくらいの非現実的な夢だ。


 けれど、とカイは思う。


 けれど、ララと彼女の父親は誰よりもその夢に近付いている。そして彼女の広げた両腕のほんの指先に、未来が触れるかもしれない。


 ララは拳を宙に振り上げた。すると、カイの隣で蒸気の相棒も太い腕を振り上げる。


 月明かりの下、荒廃した道路の上。


 カイは拳を握り、天にかかげた。

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