第十六話「何もかも受け入れてくれたら」

「――は、はぁ!? 私からマナを回収するですって!? 魔法少女の私から!?」


 一ミリもなかった発想に、ローズは声を大にした。


「悪循環を形成してるのは苛立ちの感情だろ? それがなかったらマシだってお前はさっき言ったじゃないか」


「た、確かに言ったけど……そんなことで解決したりするのかしら?」


「どうだろうな。俺も根拠があるわけじゃない」


「……不可能よ」


「それは分からない。でも、もしかしたらお前の願いすら叶っちまうかも知れないぞ?」


「願いすら……叶う?」


 ローズは結人の言葉を反芻し。思いもよらない可能性に瞳を揺らしていた。


「なぁ、リリィさん。同じ魔法少女間でもマナ回収はできるのかな? ――あ、でもローズからマナの反応を受けてない時点で不可能なのか?」


「いや、魔法少女は自分の感情をセンサーが感知しないようマナ回収対象じゃなくなるから、変身を解けば可能だと思うよ」


「なるほど。じゃあ問題はなさそうだな」


 計画破綻の可能性を感じるも、問題ないようで胸を撫で下ろす結人。


「ローズ、一度変身を解いてくれないか?」


「本当にやるつもりなの?」


「魔法で人格を別人に変えちまうくらいなら、一度試しておく価値があると思うんだけど」


「……そうね。確かに、そうかも知れないわ」


 すんなり従いながらもここにきて表情に不安を滲ませ始めたローズは静かに変身を解く。さっきまでいた魔法少女は強い光となって消え去り、そこには制服姿の高嶺瑠璃が佇んでいた。


 ――そして、変身解除によって、


「う、うわぁ――!? 何、この反応! すごい量のマナだ!」


 リリィのツインテールはちぎれるかと思うほど強烈に反応。瑠璃の抱えてきたものがマナになり得る感情だと証明された。


「さて、ここからは高嶺が決めなきゃな」


「……そうよね。私が、決めることよね」


 ローズの時とは打って変わって、学校で見せる落ち着いた態度と声で話す瑠璃。しかし今、結人には瑠璃の冷徹と思えたあの態度が違って見えていた。


(言葉数少なく、他人と関わらない冷たい奴。そんな風に思ってたけど違うんだよな。高嶺瑠璃は――いつも怯えていたんだ・・・・・・・・・・。だから近寄るなと威嚇していた。先に攻撃を仕掛けていたんだ)


 そんな怯える少女にとってマジカル☆ローズの姿は武装だった。なりたい自分を解放し、強気になり、ちょっとだけいつもより素直になれる……そんな手にしたい未来を具現した仮装。


 だが、解除してしまえば現れるのは消してしまいほどに憎んだ自分。瑠璃は自ずと震える手の平を見つめ、もう一方の手で握りしめた。


「本当に変われるかしら。もし変わらなかったら、それはつまり――」


「それ以上は言うな、きっと変われるさ。それにもし上手くいかなかったとして、気にすることはないんだ」


「そうなったら他の手段を考えればいいし、別に願いを叶える選択肢も今ここで捨てるわけじゃないもんね。それに、もし魔法に頼ることになったとしたら――」


 言葉をそこで止め、不安そうな表情で胸の前で手を握るリリィ。しかし、隣にいる結人を見つめると自然に穏やかな表情へと変わっていく。


「瑠璃さん、ボクは君とこの街で一緒に魔法少女をやっていくのもいいかなって思ってるんだ」


「……あんた、こんな私がいても構わないって言うの? 私はあんた達に嫌がらせをした人間。消えろって言うなら、何も言わずいなくなるわよ?」


「そんなこと言わない。今回の一件で悲しんだのは事実だけど……瑠璃さんの気持ち、ちょっと分かるなって思っちゃったんだ。ボクも魔法少女、何もかも満たされて生きてきたわけじゃないからね」


 困ったように笑うリリィを前にして瑠璃は咄嗟に顔を背けて肩を震わせた。その反応にリリィは間違ったことを言ったのではないかと不安げに結人を見る。結人は穏やかに笑んで頷いた。


「それにね、もうボクを担当してる魔女には瑠璃さんのことを話してあるんだ。だから気兼ねなくこの街で魔法少女ができるし、願いのことだって相談には乗ってくれると思う」


「……あんたの魔女、随分と変わってるのね。私のマナは他の魔女に流れるのに、それを許すっていうの?」


「ボクの魔女メリッサはそういうのこだわらないみたい。ボクが望んだようにすればいいって言ってくれたよ」


「すごいわね。あんたは私を受け入れようとしてる。そこまでしてあんたは私に一体何を求めるのよ?」


 瑠璃の問いかけは優しさの裏側に対する邪推。それは孤独を生きてきた傷を晒すに等しかった。


 そんな瑠璃にリリィが送る言葉は一つ――。


「求めることは一つだけだよ。ボクは君と――友達になりたいって思うんだ」


 目を細めて楽しげに笑うリリィの表情に瑠璃は息を飲み、そしてゆっくりと瞼を閉じる。涙が頬を滑り、それは蛍光灯に照らされ輝いて。瑠璃は奥場をぐっと噛み、嘆息した。


「……私って本当に駄目ね。こういう時どう言ったらいいのか分からないわ。伝えたい気持ちがあるのに、どんな言葉にすればいいのか分からない」


 感情が正しいアウトプットから排出されず、苛立つ瑠璃。結人は肩を落として嘆息し、歩み寄って瑠璃に耳打ちする。


 それはツンデレな彼女が口に出せる――ギリギリのセリフ。


「ほ、本当に……? 私がそれを言うの?」


 不安そうな表情を浮かべる瑠璃に結人は快活に笑んで首肯する。


「あぁ。お前にピッタリだと思うぞ。こうしてリリィは歩み寄ってくれたんだから、きちんと想いは伝えないとな」


 そう語って結人は背中を軽く叩き、瑠璃は袖で涙を拭って緊張を表情に浮かべる。


 そして――、



「べ、べ、別にあんたに感謝なんてしてないんだからっ! でも、あんたがどうしてもって言うなら…………友達になってあげてもいいわ! か、感謝しなさい――!」



 リリィから顔を背け――しかし、視線だけは送りながら棘のある物言いに乗せて瑠璃は言った。


 不器用な言葉にリリィの柔和な笑み浮かべながら握手を求め、瑠璃は耳の先を真っ赤に染めながらその手を取る。


 彼女にとっての最大限、気持ちの裏返し。

 俗に言う、ツンデレ。


 ぎこちない形だが、こうして二人は――友達になった。


 ――というわけで、リリィは胸の宝石からリリィ☆マジカロッドを取り出す。


「じゃあ、マナを回収するね。瑠璃さん、心の準備はいい?」


「え? いや、回収される側は初めてだから、まだ心の準備が――」


「――えいっ!」


 瑠璃が言い切る前にロッドをかざしてマナ回収を行う、なかなかヒドいマネをするリリィ。


 さて、何はともあれ――こうして、結人と政宗の関係は無事に修復され、マジカル☆ローズ及び瑠璃とも和解といっていい形で――この一連は幕を下ろした。

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