第三話「謎の転校生、高嶺瑠璃」

「初めまして、高嶺瑠璃たかみねるりです。よろしくお願いします」


 四月二十日――ホームルームにてあり得ない時期にやってきた転校生が紹介された。


 背中まで流れる黒髪はツインテール、スカートから伸びる足は真っ黒なタイツが覆う。そして近寄りがたさを感じる冷たい目、ギュッと閉じた口元、愛嬌の欠片もない淡々とした挨拶。


 転校生、高嶺瑠璃の態度はクラスに溶け込もうとする気を感じさせなかった。


 さて、そんな瑠璃を見て結人は気が気でなく、


(で、出た~! インパクト抜群の印象を残した魔法少女が翌日転校してくる奴~! どう考えてもこいつがマジカル☆ローズだろ!)


 アニメのような展開を前に興奮状態となり、ニヤついてしまう口元を手で押さえる。


 結人は瑠璃がローズだと直感していた。昨日見たローズの顔をはっきりと覚えているわけでないが似ている気はしていたし、何より――、


(あのツンとした雰囲気にローズの面影を感じるんだよなぁ。今は大人しそうにしてるけど、昨日みたいにからかったらきっと……?)


 最初から誰とも相容れる気のない棘に既視感を抱いていた。

 だが、逆もまた然りである。


(……そういえば、あっちは俺を覚えてるのかな?)


 転校生を見つめ、ぼんやりと考えていた結人。すると、瑠璃は結人の方へつかつかと歩み始めた。


(――え、なんで!? やっぱり俺を覚えてた!? ……いや、そうじゃない。俺の隣が空いてるからか)


 理由が分かってホッと胸を撫で下ろす結人。

 瑠璃は教師から結人の隣の席をあてがわれたのだ。

 

 転校生が歩む様をクラスメイトが目で追う。高潔な空気を纏った瑠璃の歩く姿は美しく、男子生徒は心を奪われ、女子は羨望の眼差しを向ける。


 そんな瑠璃はクラスメイトからの視線など興味なさそうに席へと歩んでいたが、刹那――結人と不意に目が合い、小さく「あっ」と呟いた。


(俺を覚えてる! やっぱりローズで間違いなさそうだ!)


 冷淡な自己紹介をこなした瑠璃だったが、今見せた反応には色濃いマジカル☆ローズの面影があった。


 瑠璃は結人から視線を外し、固い表情に戻って着席。


 さて、マジカル☆ローズと思わしき人物が隣にいる状況。結人はこれを好機と捉えていた。


(一つの街に魔法少女が二人いる現状、一番の解決策は魔法少女二人が仲良くする――これしかないよな? ローズがこっちに来ちゃったのは仕方ないんだし)


 つまり――、


(これは二人が仲良くなるための情報を仕入れるチャンス! やっとリリィさんの役に立てるんじゃないか!?)


 結人は使命感を抱き、口元に手を当ててヒソヒソと話しかける。


「俺は佐渡山だ。隣の席だし、よろしく頼むよ」


 あくまで魔法少女については知らないクラスメイトとして話しかけた結人。


 しかし――、


「よろしくするつもりはないわ。放っておいてもらえるかしら?」


 瑠璃は抑揚ない硬質な物言いで返して顔を背けてしまい、結人は辛辣な態度に苦笑いするしかなかった。


(……うーん、微妙にローズと違う印象があるなぁ。ローズもトゲのある話し方はしてたけど、決して冷淡な感じじゃなかった。……もしかして、読み間違えたか?)


 結人は瑠璃がマジカル☆ローズではあるという予想を疑った。

 だが、魔法少女フリークとしての直感をもう少し信じ、


(とりあえず高嶺がローズだという証拠が欲しいな。証明できれば政宗に教えて、変身者同士で交流を持てるようサポートしていく。そんな感じで援護するか!)


 片肘をついて窓の外へ視線を預け、考え事をする結人。


 そんな彼を――瑠璃は訝しげな視線で見つめていた。


        ○


「放課後、ローズさんの件でメリッサのところに行こうと思うんだけど……どうかな? 結人くんも紹介したいしさ」


 お弁当の包みを開きながら政宗は結人に問いかけた。


 昼休み――人目を気にして教室でのランチを避け、屋上までやってきた結人と政宗。教室に瑠璃がいるため、リリィの正体が政宗だと会話の端から気付かれる可能性を思えば尚更教室は使えないのだ。


 ちなみに結人はここへ来る前、クラスの女子が申し出たランチの誘いを瑠璃が断るのを目撃していた。


(誘った女子が謝るくらい冷たくあしらってた。あそこまでする必要あるのかな? そういう部分は馴れ合いなんてちゃんちゃらおかしいって言ってたローズらしいような……?)


 ずっと瑠璃とローズで頭がいっぱいになっている結人。そんな思考を繰り返していたため、政宗の言葉に気付かず弁当を黙々と口へ運んでいた。


 無視された政宗はムッとした表情を浮かべ、注意を引くため彼の弁当からハンバーグを盗む。


「あ、おい! 俺が楽しみにとっておいたハンバーグを盗むとは何事だ! ちょっとこういうシチュエーションに憧れてたから本気で文句を言えないが…………とりあえず、こらぁ!」


「何なの、その迫力ない怒り方は……。っていうか、結人くんがボクの話を全然聞いてないからでしょ! どうしたの? 何か悩み事?」


「あ、悪い……聞き流してたか。いや、悩み事ってわけじゃないんだけどさ、ちょっと引っ掛かっててな」


 結人は政宗に「ローズの正体かも知れないやつが転校してきた」と告げるか迷っていた。


(まだ定かじゃない話をするのはよくないよな? 事実が明らかになってから話せばいいんだ。なら、その時を早めるためさっさと行動するか!)


 結人は今日――ローズと瑠璃の因果関係を掴むと決めた。


「本当に大丈夫……? よかったら相談に乗るけど?」


「いや、割と考えてたら解決しそうだよ。それより、さっき政宗はなんて言ってたんだ? 今からでも教えてくれよ」


「あぁ。それはね、今日の放課後メリッサに会おうかなと思ってるんだけど、結人くんも一緒にどうかなって」


「あー、そうなのか。申し訳ない、政宗! 放課後はちょっと用事があってな。今日はパスしなきゃならないんだ」


 両手を合わせ、ギュッと目を閉じて申し訳なさそうに語る結人。


「そうなんだ? いや、別に大丈夫だよ。メリッサにはいつでも会えるし、最近はずっとボクに付き合ってくれてたもんね。たまにはプライベートも大事にしないと」


「そう言ってくれると助かる。明日からはまた同行させてもらうよ」


 結人は政宗の残念な気持ちを隠した笑みが心苦しく、胸が締め付けられる。しかし、自分の用事が何のためかを思って一切の感情を振り切った。


 常々、政宗の力になりたいと思っていた結人。


 毎度マナ回収へついていく度に役立たずとなり、リリィは「いてくれるだけでいい」とフォローしてくれるが、結人はどこか納得できていなかった。


(一方的に政宗がローズの正体を知れたら、多少は力になれたと言えるんじゃないかな?)


 結人は自分へ言い聞かせるように頭の中で呟く。


 正直、瑠璃がローズだと証明しても大きなアドバンテージは得られないだろう。しかし、結人の立場だから探れる情報なのは確かである。


 結人は情報を持ち帰り――彼女のために何かできている実感が欲しいのだ。

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