模擬戦:後編
「はああああっ!」
「ふんっ!」
再び剣と剣は交わりあった。今度は押し負けないようにしっかり体重を加えて。
しかし、クラーが繰り出した攻撃はまるで俺が力を強く入れるとわかっていたように軽く、逆に流されてしまった。
「しまっ…‼」
強く振った俺は当然、前のめりになってバランスを崩してしまう。そこを狙っていたクラーはその隙を見逃すわけがなく、剣の腹を横に払い叩きつけてくる。バランスを崩している俺は回避することができず、何とか剣で受け止めるも衝撃を殺しきることは出来なかった。
「ぐっ!」
情けないうめき声を上げながら飛ばされていく俺。地面から足を離すことはしなかったものの、足はプルプルと震えている。身体強化をしているが痛覚が消えるわけではないので痛いものは痛いのだ。
くそ、タイミングをずらされた!こいつがさっきと同じように攻撃をしてくるとは限らないと想像するべきだった。
城の模擬戦で経験したことがあるのにすっかりと忘れていて悔しさが湧き上がってくる。
「…」
クラーは無言でこちらをみつめてくる。
それはまるで、アリシアさんの付き人はこんなものか?と見下しているように思えた。
そんな安い挑発に乗って俺は【アップ】に込める魔力を増やして地面を蹴り出した。フェイントを混ぜながら先程よりも速いスピードで剣を振る。
「はぁっ!」
一回一回の攻撃を強くではなく速く出すことに変えて連続でクラーを叩いていく。上から、横から、たまにフェイントをかけて突き。休むことなく反撃させることもなく攻撃を続けた。
猛攻の嵐にクラーは疲弊するかと思いきや、違った。
クラーの攻撃がだんだんと粘りつくように俺の攻撃に順応してきたのだ。
一撃を放つたびに蛇のようにしつこく絡みついてくる。そのため次の攻撃へのタイミングが遅れてしまう。そんな隙をついてクラーが攻撃を仕掛けてきた。
「そんな連撃じゃ僕には通用しないよっ!」
剣を横に一閃、回避しようと試みるが距離が近すぎてそれはかなわない。防御をするもやはり衝撃を殺しきれず。
このままでは俺が体力を消耗し疲労が溜まっていくだけだ。何か決定的な一打が欲しい。かと言って魔法を使うなんて卑怯な手は使いたくない。
「足が止まっているよ、作戦を立てるのはいいけどよそ見は感心しないなぁ」
クラーが再び攻撃を始めた。
あぁくそ、このタイミングをずらされる攻撃がすごくウザい。無理に回避しようとするとバランスを崩してしまうので受け止めるしかない。運良く攻撃を流せてはいるが限界も近いだろう。
このままでは負けてしまう。そんなのはイヤだ。何か、何かないだろうか。
あいつは魔力量が少ないから短時間だけ【アップ】を使用している。それが逆に俺のリズムを崩しているのだ。…ん?
俺が迷っているのは相手が強い攻撃でくるか弱い攻撃でくるかわからないからだ。つまりどちらかが来るとわかっている。ということは俺も同じ事をすれば…?
ああ!なんで気づかなかったんだろう!これなら俺にもチャンスがある。
たぶんヤツは俺がそろそろ決めに来るとわかっているだろう。ならば、チャンスは一回だけ。あいつも追いつけないような速度で決めるしかない。
ギリギリまであいつに悟らせないように動く。きっとこいつが反応できない速度だと俺の身体が持つかどうか微妙なところだろう。けど、勝つにはやるしかないんだ。
俺は腹をくくると先ほどと同じように連撃を繰り出し始めた。
俺のスピードにもう慣れてしまったクラーは攻撃を流しながら反撃のチャンスを狙っている。
そして、
「はあぁぁっ!」
気合いを入れた雄叫びを上げ全力で剣を振る、ように見せかける。こいつは反射神経に防御を頼っている節がある。全力でフェイントを掛けないと通用しないだろう。
剣と剣が交わり合う前に足を動かして強制的に攻撃を中断する。普通なら出来ない動き。だが【アップ】で強化された俺の身体ならそれも可能だ。筋肉を傷めてしまうがこの際関係ない。
背後に回り込みクラーの首筋目掛けて目にも止まらぬ速さで剣を、振る。
ガキィン!
剣どうしがぶつかり合った音が響いた。
なんとクラーは俺の剣を捉えていたのだ。
だが、まだ俺は諦めない。
足を開いて身体全身で振り切る。
カランカラン
クラーの剣を弾いて首筋に剣をたてる。
「…僕の負けだよ」
両手を上げて降参の合図を出す。だが表情は清々しそうだ。
『勝者、メディ!』
アナウンスに合わせて会場は大きな歓声に包まれた。
一方、力を出しすぎた俺は安心して地面に座り込んでしまう。会場に響く歓声も俺の耳には遥か遠くだ。
「メディくん、君はやっぱり只者じゃない。僕の目に狂いはなかったよ」
模擬戦を終えてクラーが話しかけてきた。相変わらずニコニコとしている。
「ありがとうございます。剣技は全く歯が立ちませんでしたけどね」
反射神経だけでなく、衝撃の流し方や身体のブレが俺とは全然違っていた。今回の模擬戦は俺にとってかなり勉強になることが多かった。
「あの、ところでアリシアさんとはどういった関係ですか?」
元々はこの事を聞きたくて模擬戦をやる気になったのだ。今聞いておかなければいけない。
ところがクラーは頭にクエスチョンマークを浮かべて笑いだした。
「そういえばそんなことも言っていたね」
そんなこととは何だ。俺の中ではかなり重要な発言だったんだぞ!
そんな俺の不機嫌そうな顔をみたクラーは、
「ごめんごめん。アリシア様とは子どもの頃からの知り合いというだけだよ」
…それだけ?
「えっと…婚約者とかではなく…?」
俺が一番聞きたかったことをストレートに聞いてみた。するとクラーはまたも笑いだした。
「ハハ、そんな、婚約者だなんて恐れ多いよ。…そんなことがカルザス様の耳に入ったらどうなることか」
…あの親バカの噂は国中に広まっているらしい。
はぁぁ…たかがこんな事のために模擬戦をしたのか。本当の最初から手のひらの上で踊らされていたということだ。
「君が何者かは知らないけど、悪いやつじゃないってことがわかったからいいかな」
そういって手を差し伸べてくる。俺はその手を掴んで立ち上がった。
「それじゃあ、僕は迎えが来てるから帰るよ。次は学園が始まってからかな?」
そう言い残しクラーは会場を出ていった。彼の後ろ姿を見ていると後ろから呼びかけられた。
「メディくんっ!お疲れ様です」
アリシアさんだった。先程までは周りに人が居たので声をかけられなかったのだろう。金色に輝く髪をなびかせながら走ってきた。
「メディくん、ありがとうございました」
アリシアさんはお礼を言うと俺に急接近して、手を優しく包んでくれた。
その手は少しひんやりと冷たかったが、俺の模擬戦での火照りは鎮まることはなかった。
「…」
「? どうしました?」
どうやら無自覚か意識していないらしい。
まぁ、これも役得ってことで黙っておこう。
しばらくその場で固まっていた。
「…帰りましょうか」
「そうですね、そろそろ迎えも来る頃でしょう」
学園に少しの間の別れを告げるように俺たちは城へと帰還した。
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