襲来

「コッペリアン七機、ねぇ」


色々と訳の分からない話が押し寄せて頭がショートしていた。

ふわぁと大きく欠伸をする。

奈々のこととか七機のこととかどうでもよくなる。そのくらいに眠気が、大きくなってきたのだ。


「帰るか」

「帰るか。じゃないよぉ。お兄ちゃん。僕を助けて」

「助けてって言われても。俺には何も出来ないよ」


眠気のお陰か、ショートして冷静さを取り戻したからか先ほどまでの苛立ちが落ち着いた。

お兄ちゃんと呼ばれ、俺のことを知っていそうな七機に不安と怒りを覚えていたが、今は全てが面倒くさく。体が強く睡眠を求めている。


「大丈夫だよ。お兄ちゃんには僕がついているもん」

「いや、意味分からないっての」


 助けを求めるほうが言うべきことではないだろう。

 本当に意味が分からない。もっと説明をして欲しいものだ。


「お兄ちゃんは僕を見ることが出来る。それだけで凄いことなんだよ」

「誰にでも見えるだろう?」


 こんな目立つ金髪の少女が誰にも見えないわけはない。普通に話も出来るし、触れられる。ちゃんとここに居るのだ。


「違うんだよ。それがお兄ちゃんの勘違い」

「どういうことだ?」

「お兄ちゃんは特別なんだよ。観測者かんそくしゃって呼ばれてるんだ」

「観測者?」

「そうだよ。お兄ちゃんが居るから、僕は居ることが出来る。存在出来るんだよ」


俺が居るから?

どういうことなのかまるで分からない。

首を傾げていると、七機が俺の手に触れる。

柔らかな感触に少しドキドキしてしまう。これがどんなタイプのドキドキなのかは不明だが、もしかしたら逮捕に怯えているのかもしれない。


「お兄ちゃんには、あれが見える?」

「あれ?」


指の先には、夜の闇でも見えるほどの黒色。黒いもやうごめいているようだ。

さっきまではあんなものは無かったと思う。下か前だけを向いていたから確信はないけれど……


「やっぱり、見えるんだね」

「黒い靄のことか?」

「うん。僕は、あれから逃げてきたんだ。ずっと、ずっと逃げてきた。お兄ちゃんを見つけるために」

「そう、か」


 あの靄の正体は分からない。

 だけど、睨み付ける七機の真剣な表情を見ていると嘘ではないのだろうと感じる。

 しかし、だ。


「だとしても、俺に何が出来るんだ? 俺はしがない料理人だぞ?」

「趣味で小説を書いている執筆者ってつけなくていいの?」

「……」


 そっと視線を逸らす。

 事実であるけれども、それがあったところで状況は何も変わらない。むしろ、体を鍛えるようなことを趣味や仕事でしているわけではないのでマイナスポイントとも言える。

 不可思議現象に対応するような知識があるわけでもないので、今すぐどうこう出来るわけではない。

 逃げる以外の道など最初から用意されていないのだ。


「帰る」

「そんなの。意味ないよ」

「どうしてだよ」

「見て」


 指差す先は同じ場所。

 だが、黒い靄はだんだんとこちらに近づいてきていた。

 先ほどよりも巨大になった靄がそれを如実に知らしめる。


「なっ!」

「僕たちはすでに捕捉されてるよ。すぐにこっちに来て、僕たちを引きずり込むんだ」

「引きずり込む!?」


なにそれ怖い。

お陰で眠気は吹き飛んだけど、代わりに警鐘が頭の中で響き渡る。

 進んだ先は地獄ですか? って聞きたいくらいだ。確定されたくないから口にはしないけど。


「来るよ」

「ちょっ、まだ、心の準備が……」


 必死に逃げようと背を向けるが、周囲が黒い靄に飲み込まれるほうが先だった。

 腕を動かしても靄は晴れることがない。前後不覚になり、立っているのか座っているのかも分からなくなる状況。側にいたはずの七機すら分からなくなるほどの暗闇をまともにうけてしまい、俺は……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る