第5話『ポニーテール』
「もう終わったのか」
「あっという間だったね」
映画の上映が終わり、スクリーンの照明が明るくなってすぐに俺と結衣はそんな言葉を漏らした。時刻は午後1時ちょうど。あっという間の2時間だった。時間を忘れるほどの面白い作品だったな。俺と同じような感想を抱く人が多いのか、周囲から「面白かった」という声が複数聞こえてくる。
「途中から、主人公とヒロインが警察に追われる展開になったもんね」
「あれで緊張感が出て、スクリーンを観入るようになったよ」
「私も。2人はどうなっちゃうんだろうって。あと、今回も背景が凄く綺麗だったよね」
「そうだな。面白い映画だった」
「面白かったね! 悠真君と見られたから最高だったよ」
「俺もだ。誘ってくれてありがとう」
そうお礼を言うと、結衣はとても嬉しそうな笑顔になる。
「いえいえ。これからも映画を観に行こうね!」
「ああ、そうしよう」
お礼と約束の意味を込めて、俺から結衣にキスした。そのことで、結衣の顔が強い赤みを帯びるようになる。でも、嬉しそうな笑顔は変わらなかった。
これからもお互いに興味のある作品は、映画館で結衣と一緒に観たいな。もちろん、『天晴な子』の監督の次回作も。今作は3年ぶりの新作だから、もし同じペースで次回作が公開されたら……俺と結衣は高校を卒業しているのか。俺も結衣も大学進学を希望しているから、お互いに大学生になれていたらいいな。
「そろそろ出ようか」
「そうだねっ」
俺達は残っていたドリンクを全て飲んで、スクリーンを後にする。スクリーンの出口にいた男性のスタッフに空のカップを渡し、ロビーに戻った。
俺達が来たときよりもチケットの券売機の列は長くなっている。『天晴な子』をはじめとして、話題作が複数公開されているからなぁ。あとは、今日は晴れて暑いから、涼しい中でゆっくりできる映画館に足を運ぶ人が多いのかもしれない。
お手洗いに行き、結衣の希望で再び売店へ向かう。結衣はヒロインの女の子のラバーストラップ。俺は上映前に結衣が買っていた風景画のポストカードセットを購入した。
「おっ、悠真君もポストカードを買ったんだね」
「あの美しい風景を見て感動したからな。……さてと、じゃあお昼ご飯を食べに行こうか。結衣はどこか食べに行きたいところはある?」
「悠真君の行きたいお店やオススメのお店に行きたいな。この前、映画を観に来たときは、胡桃ちゃんと私が提案したおそば屋さんだったから」
「なるほどな。じゃあ、俺が食べに行くことの多いお店にするか」
花宮で食事に行くお店はいくつかある。ただ、その中で結衣と一緒に行ってみたいお店は、
「ラーメン屋はどうかな。北口の近くに美味しくて、値段もそこそこなラーメン屋があるんだ。それに、この前の旅行でも、結衣はラーメンを美味しそうに食べていたから。どうかな?」
「うん、いいよ! ラーメンが好きだからね!」
「分かった。じゃあ、行こうか」
俺達はラーメン屋に向かって映画館を出発する。
午後1時過ぎという時間なのもあり、映画館へ行くときよりもさらに暑くなっている。映画館から少し歩いただけでさっそく汗が出始める。最高気温は33度予想だけど、確実にそれ以上の気温になっているだろう。
「暑いねぇ、悠真君」
「暑いよなぁ」
「だよねぇ。あと半月で季節が秋になるとは思えないよね」
「結衣もそう思うか。俺は何日も前から思ってるよ」
「ふふっ」
結衣は楽しそうに笑う。その笑顔を見ていると、うだるような暑さが少し和らいだ気がした。
映画館を出発してから数分ほど。俺オススメのラーメン屋・花宮拉麺に到着する。
「ここだよ、結衣。来たことある?」
「うん。何回か来たことあるよ。豚骨ラーメンが美味しかったな」
「豚骨美味しいよな。美味しいラーメンがたくさんあるから、花宮に映画を観に来たときはこのラーメン屋に来ることが多いんだ」
「そうなんだね。じゃあ、さっそく入ろうか」
「ああ」
俺達は花宮拉麺の中に入る。
数分歩いて汗を掻いたから、お店の中がとても涼しく感じられる。そして、ラーメンの美味しそうな匂いが香ってきて。映画を観ている間にポップコーンを食べたけど、お腹がかなり空いてくる。
店内にはお客さんが結構いる。ただ、お昼過ぎの時間に差し掛かっていたのが幸いし、待つことなく俺達は2人用のテーブル席に座ることができた。
俺は味噌つけ麺、結衣は豚骨ラーメンを注文。
また、このお店は学生だと麺大盛りかトッピング1品が無料サービスとなる。なので、俺達は店員の女性に高校の学生証を見せ、俺は麺大盛り、結衣はトッピングで煮玉子をサービスしてもらうことにした。
「学生のサービスを忘れていたから、ちょっと得した気分」
「ははっ、そうか。学生向けサービスがあるのも、ここに来ることが多い理由の一つだな」
「なるほどね。……そうだ。今のうちに……」
そう言うと、結衣は自分のトートバッグから青いヘアゴムを取り出す。そのヘアゴムを咥え、結衣は髪を後ろの方で纏め始めた。
「あれ、結衣って汁物を食べるときに髪を結んだっけ? 旅行の帰りにラーメンを食べたときは結んでなかったような」
俺がそう問いかけると、結衣は咥えていたヘアゴムを右手で掴む。
「そのときの気分によるかな。少し気をつければ、髪についちゃうこともないし。ただ、今回は暑い中歩いてきたから、首のあたりが蒸れて。だから、ポニーテールの形に髪を纏めようかなって」
「なるほど。……そういえば、結衣のポニーテール姿を見るのは初めてかもしれない」
「ああ、確かに悠真君の前でポニーテールにしたことないかも」
「だよな。結衣のポニーテール姿楽しみだな」
「ふふっ、乞うご期待」
朗らかに笑いながらそう言うと、結衣は再びヘアゴムを咥えて両手で髪を纏めていく。ポニーテール結衣がどんな感じになるのか楽しみだ。
それに、今の結衣の姿……凄く大人っぽくてそそられるな。ノースリーブの縦ニットを着ているからだろうか。普段以上に胸が強調されているし、綺麗な腋も丸見えだし。ヘアゴムを咥えているのもいい。ドキッとする。そんな魅力溢れる結衣の姿をスマホで撮影した。その瞬間、結衣はヘアゴムを咥えながら「ふふっ」と笑う。
それからすぐに、結衣は咥えていたヘアゴムを使ってポニーテールに纏めた髪を結んだ。
「はい、ポニーテール完成だよ!」
笑顔でそう言うと、結衣は横を向いてポニーテールに纏めた髪を見せてくれる。とても似合っているので思わず「おおっ」と声が漏れる。
「よく似合っているよ。ポニーテール結衣もいいな」
「ありがとう! じゃあ、今日のデート中はずっとこのままでいようかな」
「うん、いいと思う。ポニーテール姿の結衣の写真はないし、スマホで撮ってもいい?」
「全然かまわないよ。ただ、さっきは何も言わずに撮っていたよね」
「……髪を纏めているときの結衣の姿が凄く魅力的だったので」
「そうだったんだ」
そう言うと、結衣は髪を後ろに纏める姿勢になり、自分の体を見ている。俺が魅力的だと言った理由に気付いたのか、結衣は「あぁ、なるほど」と呟く。俺を見ながらニヤリと笑い、
「悠真君好きだもんね。腋」
と、俺にしか聞こえないような小さな声でそう言ってきた。結衣も知っている腋フェチを改めて言われるとちょっと恥ずかしいな。ただ、小声で言ってくれたところに結衣の優しさを感じる。
俺が小さく頷くと、結衣は「えへへっ」と楽しそうに笑う。
「やっぱり。その写真は持っていていいよ」
「ありがとう。では、ポニーテールの写真を」
俺がそう言うと、結衣は明るい笑顔で俺にピースサインしてくれる。ポニーテールが見えるように、顔の向きを少し横にずらして。そんな結衣を俺はスマホで撮影した。
「……いい写真が撮れた。ありがとう」
「いえいえ」
撮影した写真を見て、結衣はポニーテールがよく似合っていると改めて思う。ポニーテール姿で学校に行ったら、生徒達からの人気はさらに高くなりそうだ。
それから数分ほどして、俺達の注文したメニューが運ばれてきた。俺が注文した味噌つけ麺はもちろんのこと、結衣の豚骨ラーメンも美味しそうだ。結衣は「美味しそう~!」と呟きながら、スマホで豚骨ラーメンを撮影している。俺も味噌つけ麺の写真を撮っておこう。
「じゃあ、食べようか。悠真君」
「そうだな。いただきます」
「いただきます!」
箸で麺を一口分掴み、熱々のつけ汁にさっとつけて食べる。
「……うん、美味しい」
太い麺とつけ汁の濃厚な味が口いっぱいに広がって。汁にさっとつけたので、熱さもちょうどいい感じ。
「豚骨ラーメン美味しいっ! 私の記憶通りだよ」
「そうか。良かったな」
「うんっ」
結衣はそう言って小さく頷くと、レンゲでスープを飲み、麺をすする。満面の笑顔でモグモグする姿が本当に可愛らしい。また、いつもとは違って髪型がポニーテールなので新鮮さも感じられる。結衣を見ながら味噌つけ麺をもう一口食べると……さっきよりも美味しいな。
それからは結衣と『天晴な子』の感想を語り合ったり、頼んだラーメンを一口交換したりしながら昼食を楽しんだ。時に目を輝かせて、声を弾ませて映画の感想を言う結衣がとても可愛くて。
俺の頼んだ味噌つけ麺は大盛りだったけど、美味しいので難なく食べることができた。結衣と交換した豚骨ラーメンも美味しかったな。ごちそうさまでした。
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