エピローグ『旅行の終わり』
恋人岬での時間を楽しんだ俺達は車に戻る。もちろん、座る席は今までと同じ。
恋の鐘を鳴らして互いの名前を呼んだり、恋人宣言の証明書を発行してもらったりしたのが嬉しかったのだろうか。俺が席に座ると、結衣はさっそく俺の腕をぎゅっと抱きしめてきた。明るい笑顔で俺のことを見つめていて。本当に可愛い恋人だ。
「全員乗ったね。みんな、忘れ物はない?」
『ないでーす』
福王寺先生の言葉に、みんな声をほとんど揃えて答える。昨日、出発するときには何も言えなかったけど、今回はみんなの声に加わることができた。
みんなの返事を受け、福王寺先生はニコッと口角を上げる。
「了解。じゃあ、私達の住む金井に向けてしゅっぱーつ!」
『おーっ!』
そして、福王寺先生の運転により車がゆっくりと発進し、俺達は帰路に就く。昨日走った道を反対方向に走り、東京方面へと向かっていく。
「ついに帰るんだね。何だか寂しいな」
「俺も寂しいよ。それだけ、この旅行が楽しかったっていう証拠なんだろう。楽しかったな、結衣」
「そうだね! 私も楽しかったよ!」
結衣は楽しげな様子でそう言うと、俺の肩に頭を乗せてきた。
旅行が終わることがこんなにも寂しいと思ったのは初めてだ。今回の旅行は本当に楽しかった。そうなったのは、結衣達が一緒だったおかげだろう。
気づけば、福王寺先生以外のみんながこちらを向いて笑顔を見せていた。今の俺達の会話を聞いていたのだろう。みんなから視線が集まると、ちょっと照れくさいな。
「ふ、福王寺先生」
「うん? どうかした? 低変人様」
「金井に到着するのは何時くらいになりますか?」
「う~ん、今は2時半過ぎで、途中で何回か休憩をするつもりだから……午後6時から7時くらいになると思う」
「そうですか。分かりました」
朝食のとき、福王寺先生が考えていた時間帯に帰ることになるんだな。ちょうどいい時間か。
「そういえば、みんな。解散する場所は集合場所と同じところでいいかな?」
『はーい!』
「りょうかーい」
緩い雰囲気で返事をする福王寺先生。集合場所と同じなら、みんなそれぞれ家までの道筋も分かっているからいいと思う。
「そういえば、杏樹先生の家に集合したのって昨日の朝だったんだ。もっと昔のような感じがするよ」
「旅行に行くとそういう感覚になるよな」
普段とは違う時間を過ごしたからかな。今回の旅行では濃厚な時間を過ごしていたから特にそんな感覚になる。
今回の旅行を振り返ると……色々なことがあったな。車で何時間もの移動、海水浴、潮風見、温泉、食事、みんなでトランプ、結衣との夜、恋人岬。これらが全て昨日と今日の2日間に体験したことだなんて。本当に濃密な旅行だった。
「みなさん。今回の西伊豆旅行……どうだったでしょうか? 楽しんでいただけたなら嬉しいのですが」
伊集院さんが俺達に向かってそう問いかけてくる。
1学期の間から、夏休みになったらプールや海へ遊びに行きたいと話していた。
ただ、西伊豆の梅崎町へ1泊2日の旅行に決まったのは、終業式の日に伊集院さんが潮風見の部屋を予約してくれたからだ。出発や食事の挨拶をしてくれたし、彼女の責任感を感じられる場面もあって。楽しんでくれたかどうか気になるのは自然なことだろう。
「さっきも言ったけど、楽しかったよ、姫奈ちゃん! また潮風見に行けて嬉しかった! しかも、姫奈ちゃんや悠真君達と一緒に! ありがとう!」
「結衣……」
屈託のない笑みを浮かべながら話す結衣に、伊集院さんは嬉しそうな笑顔を見せる。
「俺も楽しかったよ。泊まったのが潮風見だから、結衣達との旅行がとても楽しめたと思う」
「悠真君……!」
「あたしも楽しかったよ、ユウちゃん! 部屋も温泉も食事も凄く良かったし! 目の前にある海水浴場も素敵だったよ。2年ぶりの旅行があそこで良かった」
芹花姉さんはそんな感想を言うと、結衣と同じように嬉しそうな様子で俺の肩に頭を乗せてくる。
「ゆう君以外とは一緒に旅行に行くのは初めてでしたけど、行き先が潮風見とあの海水浴場で良かったです。凄く楽しかったです。ゆう君ともたくさん話せて、ナンパから助けてもらえて。あと、全員一緒じゃないですけど、持ってきたBlu-rayを一緒に見られたのが楽しかったですね」
「楽しい夜でしたね、胡桃さん。あたしも3年ぶりに潮風見に来られて楽しかったです! 3年前以上に楽しかったって思ってます!」
「あたしも楽しかったなぁ。この中で高2はあたしだけだけど、先輩や後輩、先生と一緒に行く旅行って楽しいなって思った。そう思えたのは一緒に行ったのがこのメンバーで、泊まったところが潮風見だからだったんだろうな」
「プライベートで教え子と旅行に行くのはこれが初めてだったよ。みんなの言う通り、このメンバーで潮風見のある梅崎町に行ったから凄く楽しかった。長距離の運転も快適だったな」
胡桃達も今回の旅行がとても楽しかったようで嬉しいな。
みんなからの感想を受けた伊集院さんは満面の笑みを浮かべ、
「そう言ってもらえて嬉しいのです。ありがとう。あたしもとても楽しかったのです。あの旅館には何度も行ったことがありますが、今回が一番楽しかったのですよ。ありがとうございます」
少し震えた声でそう言うと、目に涙を浮かべた。やがて、その涙は伊集院さんの頬を伝っていく。その涙は嬉しさと安堵の気持ちによるものだろう。隣に座る柚月ちゃんが、涙を流す伊集院さんの頭を撫でていた。
それから少しすると、何人かの可愛らしい寝息が聞こえてきた。きっと、旅の疲れや車中の涼しさで眠気に襲われたのだろう。今日も午前中に海で遊んだし。俺の両隣に座る結衣と芹花姉さんも、俺の肩を枕にして眠っている。
そういえば、修学旅行とかでも帰りのバスや新幹線の中で寝ているクラスメイトは何人もいたな。俺は眠ることは全然なくて、ラノベを読んだり、音楽を聴いたり、スマホでゲームしたりすることが多かった。
車の中を見渡すと、俺以外に起きているのは……運転している福王寺先生だけか。助手席なら福王寺先生と話すけど、ここは最後尾の席。先生と話したら、みんなが起きてしまうかもしれない。スマホでも弄るか。
スラックスのポケットからスマホを取り出す。せっかくだし、アルバムに入っている旅行の写真でも眺めよう。
「……色々あったな。みんなと一緒だから楽しかった」
みんなが楽しそうに写っている写真ばかりで。さっき、みんなが言った旅行の感想が本当だったのだと分かる。家に帰ったら、撮った写真の中からいくつかプリントアウトして、家にあるアルバムに貼るか。いや、たくさん印刷して、今回の旅行の写真だけでアルバムを1冊作るのも良さそうか。それができるほどに素敵な写真がたくさんある。
「悠真君……」
結衣のそんな声が聞こえたので、結衣の方を向く。結衣は可愛らしい寝顔でスヤスヤと眠っている。きっと、俺が夢に出ているのだろう。起きたときに、どんな夢を見たのか聞いてみるか。
みんなのおかげで楽しい旅行になったな。結衣がいたから心の底から楽しめた。きっと、この旅行のことは忘れないだろう。
「ありがとう、結衣」
結衣にそう囁き、額にキスした。そのことで、結衣の見ている夢がさらに良くなったのだろうか。結衣の寝顔がもっと可愛らしくなったのであった。
夏休み編 おわり
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