第20話『一緒に泳いで、膝枕。』

 朝食の後、俺達は売店でお土産を買った。

 俺は芹花姉さんと両親へ、結衣と伊集院さんとクラスメイトへ、中野先輩とバイト先へのお土産を一緒に買った。もちろん、自分自身へのお土産や、結衣と一緒に初めての旅行に来た記念としてお揃いのキーホルダーを買ったりもした。お金は多めに持ってきておいたので大丈夫だった。



 午前9時過ぎ。

 俺達は水着に着替え、海水浴場にやってきた。朝食のとき、午前中は海で遊ぼうと決めたのだ。チェックアウトの手続きを済ませたけど、旅館側からのご厚意もあり、昨日と同じく旅館にある更衣室で水着に着替えた。結衣達の水着姿をまた見られるのは嬉しい。

 今日は土曜日だけど、まだ9時過ぎだからだろうか。昨日の午後に来たときよりも、海水浴客の数は少ない。それでも、家族連れや俺達のようなグループもおり、賑わいが感じられる。

 昨日よりも、客によって陣取られているエリアは少ない。海の家から近い場所にもフリーのエリアもある。ただ、昨日と同じ場所の方が落ち着けるんじゃないかということで、そのエリアを陣取ることにした。

 俺達はビーチパラソルを立て、そのことで日陰になった場所にレジャーシートを敷く。二度目だから、昨日よりも短い時間で準備することができた。朝だけど、日差しを浴びながらだったので体が結構熱くなる。

 昨日と同じく、俺は結衣と芹花姉さんの背面に日焼け止めを塗り、2人から背面に塗ってもらった。


「さてと、これで海で遊ぶ準備は終わったな。結衣、何して遊ぼうか?」

「そうだね……」


 う~ん、と腕を組んで考える結衣。その際、組んだ腕の上に胸が乗る。だから、いつも以上に結衣の胸の大きさが強調されて。


「泳ぎたいかな。昨日は浅いところで水をかけ合ったり、みんなとビーチボールで遊んだりしたから。確か、悠真君は泳げるって言っていたよね」

「ああ。クロールと平泳ぎならそれなりに」

「だよね。今日の海も穏やかだから、ちょっと深いところまで行って泳ごうよ」

「いいぞ。ゴーグルを持ってきているし」

「ありがとう! じゃあ、一緒に泳ごう!」


 そう言うと、結衣は自分のバッグから水色のゴーグルを取り出す。そのゴーグルのワイヤーを頭に通し、そのまま首に提げる。そういう身に付け方があるのか。何だかかっこいい。俺はいつも手に持っているか、額に装着するかのどちらかだったから、結衣の姿が新鮮に見えた。

 俺も自分のバッグから黒いゴーグルを取り出し、結衣のように首に提げた。

 結衣と一緒にレジャーシートを出て、軽くストレッチをする。


「じゃあ、悠真君と私はちょっと深めのところで泳いできますね」

「いってきます」

「気をつけるんだよ、ユウちゃん、結衣ちゃん。何かあったらお姉ちゃんが助けに行くからね!」

「ありがとう、芹花姉さん。気をつけるよ」


 中学時代の話になるけど、芹花姉さんはクロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ全て25mは泳げたそうだ。だから、今でもそれなりに泳げるんじゃないだろうか。

 穏やかだけど、海では何が起こるか分からない。気をつけながら泳ぐことにしよう。


「さっ、行こう! 悠真君!」

「ああ」


 俺は結衣に手を引かれる形で、一緒に海へと向かい始める。

 男の俺と手を繋いでいても、男性中心に結衣を見ている人が多い。さすがは結衣と言うべきだろう。

 そんなことを思っていると、波打ち際までやってきた。なので、穏やかな波が足元に当たる。そのとき、結衣が「きゃっ」と可愛らしい声を上げた。


「昨日よりも冷たいね。だから驚いちゃった」

「可愛かったよ。朝だから、昨日よりも海水が冷たいのかも」

「そうだろうね。ある程度深いところまで行こうか」

「そうだね」


 そして、俺達は海に入り、沖の方に向かって歩いていく。

 海の水は冷たいから、歩いていく度に涼しさを感じられるように。


「このくらいまで来ればいいかな」


 そう言って、結衣は立ち止まる。今、俺達の立っているところの深さは結衣の胸の高さ。俺だと鳩尾のあたりだ。


「そうだな。ここなら大丈夫だと思う」

「うん。何か、このくらい深いと、中学のプールの授業を思い出すよ」

「分かる。俺の中学のプールもこのくらいの深さだった」

「だよね。じゃあ、人のあまりいない岩場の方に向かって泳ごうか」

「ああ」


 俺は結衣よりも少し沖の方へ行き、首に提げていたゴーグルを装着する。こうしていると、ますますプールの授業のようだ。

 結衣の方を見ると、彼女もゴーグルを装着している。その姿も結構似合う。水泳部に入部しているスポーツ少女に見えてくる。

 結衣の向こう側には、浮き輪に乗ってのんびりしている胡桃と伊集院さんの姿が。2人は俺達の方を見ている。俺が見ているのに気づいたようで、2人がこっちに手を振ってきた。そんな2人に俺も手を振った。

 浜辺の方ではビーチボールで遊ぶ人達が見える。髪の色や水着の色からして、中野先輩と柚月ちゃん、芹花姉さんかなぁ。俺達が陣取ったスペースに人がいるように見えるから、おそらく福王寺先生がのんびりしているのだろう。


「悠真君、クロールで泳ごうか」

「ああ、分かった」

「じゃあ、スタート!」


 俺達は岩場の方に向かい、クロールで泳ぎ始める。

 多少波があるけど、こうして泳いでいると中学校での水泳の授業を思い出す。泳ぐのは1年ぶりだけど、意外と泳げるもんだな。

 息継ぎしているときを中心に結衣のことを見るけど、結衣は綺麗なフォームで泳いでいる。スピードも結構あって、常に俺の前を泳ぐ。俺もスピードを上げるけど、少し近づくだけで結衣を追い抜くことはできない。かなりのスピードだ。これで長い距離泳げるんだから結衣は凄い子だよ。

 結衣と一緒に泳いでいると、前方に岩が見えてきた。岩場が近いのだろう。もう止めた方がいいな。

 俺は泳ぐのを止め、その場に立つ。すると、岩場のすぐ近くところまで来ていた。ゴーグルを外して海岸の方を見ると、海水浴場の端の方まで泳いできたのが分かる。


「ぷはっ! あぁ、泳いだ!」


 俺よりもさらに岩場に近いところで、結衣が泳ぐのを止めた。結衣はゴーグルを外すと、俺に向かって爽やかな笑みを浮かべる。


「1年ぶりに泳いだよ」

「俺もだ。胡桃と伊集院さんの近くから泳ぎ始めたから……結構泳いだんだなぁ。こんなにも一気に泳げたのは初めてかもしれない。常に結衣が俺の前を泳いでいたからかも」


 もし、結衣と一緒に水泳の授業を受けていたら、クロールなら25mで終わらずに50mまで記録を伸ばせていたかもしれない。


「ふふっ、そうだったんだ。悠真君と泳げて気持ちよかったよ」

「俺もだよ、結衣」


 俺がそう言うと、結衣は嬉しそうな様子で俺に近づいてきて、俺を抱きしめてきた。そして、その流れでキスをする。そのおかげで、泳いだことの疲れが体から取れていくのが分かる。俺は両手を結衣の背中へ回す。


「タッくん。何か話し声が聞こえたけど、本当に大丈夫?」

「大丈夫だろ、ミミ」


 岩場の方からそんな男女の声が聞こえてくる。姿は見えないので、岩場の向こう側にいるのだろう。


「それに、誰か来たらミミを抱きしめるよ。そうすれば、人気のないところで抱きしめているだけにしか見えねえだろ。こういうスリルがある方が気持ちいいと思うぜ?」

「もう、タッくんったら。……んっ」


 それから、時折、女性中心に声が聞こえてくる。おそらく、人気がないからとイチャついているのだろう。もしかして、結衣と俺が昨日の夜にしたことと同じようなことをしている可能性も。女性の可愛らしい声が大きくなることもあるし。岩場に波が打ち付ける音も聞こえるが、女性の声をかき消すほどではない。

 結衣と抱きしめ合っているのもあって、段々ドキドキしてきたぞ。

 本当に……海では何が起こるか分からないな。カップルがイチャイチャしている声を聞くことになるなんて。

 

「……はうっ」


 そして、俺のすぐ目の前からも可愛らしい声が。

 抱きしめている結衣の顔を見ると、彼女は顔を真っ赤にして、いつになくしおらしくなっていた。


「他のカップルがイチャつく声を聞くと、結構恥ずかしくなるね。この声からして……しちゃっているかもしれないし」


 俺をチラチラ見ながら、俺にしか聞こえないような声でそう言ってくる結衣。確かに、他のカップルのイチャつく声……特に女性の声を聞くと恥ずかしくなる。

 あと、今の結衣が可愛らしくてさらにドキドキする。海の水は冷たいのに、体が熱くなっていくのが分かる。


「昨日、私達がしていたときの声も……柚月達に聞こえちゃっていたのかな」

「昨日の夜の話をしたときの様子からして、そんな感じはしなかったけどな。俺達も部屋にいたとき、柚月ちゃん達の声は聞こえなかったし」

「確かに。……とりあえず、ここから離れようか。気づかれちゃうかもしれないし」

「そうだね。浜辺の方に向かって泳ごうか」

「ああ、そうしよう」


 小声で話していたから、イチャつくカップルに気づかれることなく、俺達は浜辺の方に向かって泳ぎ始める。さっきと同じく、結衣の斜め後ろで、たまに彼女の泳ぎを見ながら。

 浜辺に近くなり、水深が浅くなったところで俺達は泳ぐのを止めて立ち上がる。


「気づかれずに戻ってこられて良かったね」

「そうだな、結衣」


 岩場の方を見ても、カップルらしき姿はない。おそらく、今も隠れてイチャイチャしているのだと思われる。

 結衣と手を繋ぎ、俺達のレジャーシートの方向へと歩き始める。


「泳ぐのは久しぶりだったし、結構泳いだから疲れが」

「泳ぐのは体力を使うもんね。じゃあ、レジャーシートでゆっくりしようか」

「ああ」


 両腕と両脚中心に疲れがあるから、レジャーシートについたら体を伸ばして休もう。

 レジャーシートに近づくと、うつぶせの状態になってスマホを見ている福王寺先生の姿があった。俺達の足音に気づいたのか、先生はこちらに振り向き、微笑みながら手を振ってくる。


「低田君に結衣ちゃん、おかえり」

「ただいまです、杏樹先生。久しぶりに泳いで疲れも出たので、ゆっくりしようかと」

「中学の体育の授業よりも泳ぎましたよ」

「ふふっ。このレジャーシートの正面から、あの岩場の近くまで泳いでいたもんね」

「結構泳ぎましたね。でも、悠真君と一緒でしたし、海は冷たかったので気持ちよかったですよ!」

「俺も結衣と一緒だったので中学時代より泳げました」

「良かったね。先生はスマホでBL漫画の電子書籍を読んでいたよ。海にいるから水着回を!」


 そう言う福王寺先生はかなり元気そうだ。興奮もしている。この様子なら、俺達を金井まで連れて帰ってくれそうかな。

 俺はレジャーシートの中に入り、タオルで髪や顔を拭く。そして、潮風見の売店で買ったスポーツドリンクを一口飲む。買ってからそこまで時間が経っていないから、まだまだ冷えていて美味しい。


「ねえ、悠真君。疲れているなら、私の膝を枕にしない?」

「いいのか? 俺は疲れが取れそうだけど、結衣は……」

「きっと元気になると思う。それに、悠真君に膝枕を全然したことないし。悠真君絡みのやりたいことができれば元気になれるよ」

「……そういうことなら。お言葉に甘えます」

「ふふっ、了解です」


 結衣は嬉しそうに返事すると、レジャーシートの上に正座の状態になる。太もものあたりを右手でポンポンと叩く。

 俺はレジャーシートの上で仰向けの状態になり、頭を結衣の太ももに乗せた。結衣の太ももの柔らかさが心地いい。少し経つと、結衣から温もりが伝わってきて。あと、こうして下から見ると、水着に包まれた結衣の胸の存在感が凄い。


「どうかな? 悠真君」


 覗き込むようにして俺を見ると、結衣はそう問いかける。


「最高だよ。このレジャーシートでできる最高の疲労回復の方法かもしれない」

「ふふっ、それは良かった。膝枕して、私も疲れが取れてきた」


 そう言ってニッコリと笑う結衣はとても可愛らしい。俺の頭を優しく撫でてくれる。

 あぁ、最高だ。気持ちいいし、このまま眠ってしまうかも。


「あらあら、仲睦まじいこと。写真撮ってグループトークにアップしておくよ」

「ありがとうございます、杏樹先生!」

「どうもです」


 福王寺先生の方を向くと、先生は楽しげな様子でスマホをこちらに向けていた。おそらく写真を撮っているのだろう。あとで、グループトークにアップされた写真をスマホに保存しておこう。これでまた一つ、旅行の思い出が増えたな。

 それからしばらくの間、結衣に膝枕してもらった。

 その後はみんなに脚から首まで砂に埋められたり、昨日と同じくビーチボールで遊んだりして、2日目の海水浴を楽しむのであった。

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