エピローグ『願いごと』

「みんな集まりましたし、短冊コーナーに行きましょうか」

「そうね、低田君。行きましょう」


 福王寺先生を先頭に、俺達は短冊コーナーへ向かう。

 七夕祭りのメインコーナーだけあって人が多い。短冊に願いごとを書く場所には長い行列ができている。俺達はその最後尾に並ぶ。2列になって並んでいるので、俺は結衣と隣同士に立つ。俺達の目の前には胡桃と伊集院さんが並んでいる。胡桃の前には中野先輩がいる。

 会場に来たときと比べて、正面にある笹には短冊がたくさん飾られている。今も多くの人が並んでいるし、いずれは飾られた短冊で笹の葉が見えなくなりそうだ。


「悠真君。天の川が見えるよ」

「……おっ、本当だ」


 日が暮れてから結構な時間が経ったので、見上げると天の川が綺麗に見える。


「綺麗なのです」

「そうだね、姫奈ちゃん。七夕の日にこんなに綺麗な天の川を見るのは初めてかも」

「運がいいよね、華頂ちゃん。何だか、今年は短冊に書いた願いが叶いそう」


 中野先輩がそう言うと、先輩と胡桃、伊集院さんの楽しそうな笑い声が聞こえる。金曜日、胡桃は七夕祭りのときの天気がどうなのか気になっていたからなぁ。

 例年通りの気候であれば、今の時期は梅雨。だから、今のように天の川が綺麗に見えるのは幸運なことなのだろう。

 きっと、この夜空のどこかで、織姫と彦星は一緒に仲良く過ごしているんだろうな。……昨日の夜の結衣の言葉を思い出してしまった。イチャイチャしているかも。


「イチャイチャしているかもね」


 俺の耳元でそう囁いてくる結衣。やっぱり、結衣も考えていたか。


「俺も同じことを思ったよ」

「そうだったの? もう悠真君ったら……」

「昨日の夜にあんなことを話した結衣の影響だ」

「ふふっ。覚えていたんだね」

「昨日の今日だからな」


 それに、織姫と彦星が七夕の日にどう過ごしているかというタイムリーな内容だったから。織姫と彦星について、俺達のように考えている人って世の中にいるのだろうか。


「七夕といえば織姫と彦星ですよね、杏樹先生」

「そうね、芹花ちゃん」

「今日だけ会えるのは知っていますけど、会ったら何をしているんでしょう?」

「面白い質問ね。今まであまり考えたことがなかったなぁ。一年に一日しか会えないし、2人は夫婦だから営んじゃっているんじゃない? 一年会えなかったら、互いに欲も溜まっているだろうし。前年の営みでできた子どもと彦星が初対面! って年もありそうね」

「ありそうですよね、先生!」

「そう思うよね、結衣ちゃん!」


 いたよ、俺のすぐ後ろに。福王寺杏樹という担任教師が。しかも、結衣が嬉々とした様子で反応し、先生の方に振り返っているし。2人、意気投合しているなぁ。やっぱり、先生って結衣と思考回路が結構似ていると思う。

 ちなみに、質問した芹花姉さんは頬を赤くしてはにかんでいる。これが普通の反応だろう。


「もし、織姫が男性だったら、それはそれで面白そう……」

「そこまでは考えませんでした。さすがは杏樹先生!」


 まさかのBL化。結衣と同じく、俺もそこまでは考えつかなかったな。あと、遥さんなら考えつきそうだ。


「福王寺先生。プライベートな時間とはいえ、何を話しているんですか」

「芹花ちゃんから面白い質問をされたから妄想が膨らんじゃって。質問者が大学生だから、つい刺激的なことを言っちゃった。あと、織姫を男にしちゃった」


 テヘッ、と福王寺先生は愛嬌のある笑顔を見せる。26歳の女性ってこんなに可愛いのが普通なの? それとも彼女だけか?

 結衣と福王寺先生を見ていると、織姫と彦星に申し訳ない気持ちになる。俺も、さっきは2人がイチャイチャしているんじゃないかと考えてしまったし。お二方、大変申し訳ございません。

 列は順調に進んでいき、並び始めてから15分ほどで、俺達は短冊コーナーに到着した。

 俺は結衣の隣で、黄色い短冊に願いごとを書いていく。


「よし、これでいいかな」


 丁寧な字で願いごとを書くことができた。特に言い伝えを聞いたことはないけど、丁寧に書けば叶いやすくなると思って。


「悠真君も書けた?」

「ああ」


 結衣は願いごとが見えないように、青い短冊を持っている。

 自分以外の願いごとについては、並んでいる間に結衣達と話し合った結果、笹に飾ってから見ることにした。

 胡桃達も短冊に願いごとを書き終わったので、俺達は笹の方へ行き、7人の短冊を近くに飾り付ける。


「笹に飾ったし、他の人が書いた願いごとが気になる人は見ましょうか」


 福王寺先生がそう言ったので、俺達はみんなの書いた願いごとを見ていくことに。結衣や伊集院さんは短冊の写真を撮っている。



『恋人や友人と一緒に楽しい時間が過ごせますように。恋人とは気持ちのいい時間も……。 高嶺結衣』


『仲直りできた友人や高校で出会えた友人達と、ずっと笑っていられるように頑張りたい。 華頂胡桃』


『来年の七夕に「この1年が良かった!」と思えるように過ごしていきたいのです。 伊集院姫奈』


『成績上昇! 賃金も上昇! 中野千佳』


『弟カップルが幸せになりますように! 低田芹花』


『26歳も平和で楽しい1年でありますように。 福王寺杏樹』



 それぞれ、らしさを感じる願いごとだなぁと思う。どうか、それぞれの願いが叶いますように。ちなみに、俺の書いた願いごとは――。


『これから、みんなと一緒に楽しい思い出をいっぱい作れますように。 低田悠真』


 こういう願いごとを書けたのは、結衣と恋人として付き合うようになり、胡桃達とも友人として一緒の時間を過ごすようになったからだろう。

 結衣達と一緒に、彼女達も楽しいと思えるような思い出をたくさん作っていきたいと思う。どのくらい作れるかな。この願いごとを忘れてしまわないように、短冊をスマホで撮った。


「悠真君の願いごと、素敵だね。私の願いごとと重なっている感じもする」

「楽しい思い出を作るってことは、楽しい時間を過ごすとも言えそうだよな」

「そうだねっ」


 俺の言葉に首肯すると、結衣は頬を赤くしてニッコリと笑う。


「嬉しくてキュンとしちゃった」

「そうか。俺も嬉しいよ。一緒に楽しい時間を過ごしていこう」

「うんっ! ねえ……キスしてもいい? この浴衣を着てから、一度もキスしてないし」


 結衣は上目遣いで俺を見ながらそう言ってくる。

 そういえば、結衣と2人きりで廻っているときもキスしていなかったな。今日という日をより思い出深いものにしたいし、何よりも浴衣姿でキスを要求する結衣が可愛らしいので、俺もキスしたい。


「いいよ。キスしよう」

「……ありがとう」


 俺にしか聞こえないような声でそう言うと、結衣はそっと目を閉じる。

 浴衣姿なのもあって、今の結衣がとても美しく思えて。そんな結衣に吸い込まれるようにして、俺はキスした。周りから黄色い声が聞こえ、結衣の顔が真っ赤になっているけど、結衣も俺も唇を離そうとはしなかった。結衣から伝わる温もりがとても愛おしい。

 これからも色々なことがあるだろう。ただ、結衣達がいれば、きっと俺の願いごとは叶えられそうだ。そう思う七夕の夜なのであった。




特別編6 おわり

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