第1話『進路希望』

「みんな、期末試験お疲れ様」


 1年2組の教室を出ると、そこには隣の3組に在籍する胡桃が待ってくれていた。胡桃は穏やかな笑顔になり、小さく手を振ってくれる。


「お疲れ様、胡桃」

「胡桃ちゃん、お疲れ様! これで期末試験から解放されたね!」

「お疲れ様なのです」


 いぇーい、と女子3人は嬉しそうにハイタッチしている。それだけ、高校生初の期末試験が終わったのが嬉しいのだろう。5日間かけて、ほぼ全ての教科について試験があったからなぁ。俺も試験が終わってスッキリしたし、これから終業式の日までずっと午前中だけの日程になるのが嬉しい。

 これから、結衣達3人と一緒に期末試験の打ち上げも兼ねて、お昼ご飯を食べに行く予定だ。中野先輩も誘ったけど、先輩はクラスメイトとの先約があるので今回は別行動。

 俺も胡桃も今日はバイトのシフトが入っていないので、昼食を食べた後は4人でエオンというショッピングセンターを廻る予定だ。


「お昼前だし、さっそくお昼ご飯を食べに行くか。3人はどこか行ってみたいお店ってある? 俺はどこでもかまわないけど」

「今朝、登校中に姫奈ちゃんと話したときは、ナイゼリアが候補に挙がったよ」

「エオンの中にあるのですからね」


 ナイゼリアというのは全国チェーンのイタリアンレストラン。美味しくて価格がリーズナブルなので、俺達のような学生からも人気が高い。俺も今までに何度も食べに行ったことがある。


「ナイゼリアいいよね。メニューも豊富だし、お財布にも優しいし、何よりも美味しいし。あたしもナイゼリアに一票を入れるよ」


 そう言って、右手をちょこんと挙げる胡桃が可愛らしい。

 胡桃がナイゼリア案に賛同したからか、結衣と伊集院さんは嬉しそうな様子に。


「胡桃ちゃんがそう言ってくれて嬉しいよ! 悠真君、私達はナイゼリアがいいなって思っているんだけど、どうかな?」

「もちろんいいよ。俺もナイゼリアは好きだから」

「じゃあ、ナイゼリアに決定だね! 行こうか!」


 そう言うと、結衣は俺の手を引いて昇降口に向かって歩き始める。

 廊下にいる生徒を見ると、期末試験が終わったからか、大半の生徒は明るい笑顔になっている。時折、楽しげな笑い声も聞こえてきて。終業式は2週間後だけど、既に夏休みに突入した気分の生徒が中にはいるかもしれない。

 昇降口から第2教室棟を出ると、涼しい空気が俺達を包み込む。7月になったけど、今週はずっと涼しく、雨がシトシトと降り続いている。梅雨が明けても、雨が降る日は涼しいと思える気候であってほしい。


「悠真君。今日も相合い傘してもいい?」

「ああ」


 俺が傘を開くと、結衣は嬉しそうな様子で傘の中に入ってくる。傘の柄を持つ俺の手を掴む。涼しいからか、結衣の手から伝わる温もりがとても心地よく感じる。

 俺達はゆっくりと歩き出し、金井かない高校を後にする。


「すっかりと、ゆう君と結衣ちゃんの相合い傘がお決まりの光景になったね」

「ですね。今週はずっと雨が降り続いていたのですからね


 胡桃と伊集院さんは楽しげにそう話す。

 思い返せば、今週は月曜日から毎日、結衣と相合い傘をしていたっけ。そのおかげで試験の疲れが取れていったし、次の日の科目の試験勉強を頑張る活力にも繋がった。


「ありがとな、結衣」


 結衣にしか聞こえないくらいの小さな声でお礼を言う。それが予想外だったのか、結衣は目をまん丸くさせて俺の方を見てきた。


「どうしたの? 急にお礼を言ってきて。もしかして、悠真君も凄く私と相合い傘をしたい気分だったとか?」


 ニヤニヤしてそう問いかけてくる結衣。俺のことをからかおうとしているのかな。


「……そうだよ。結衣との相合い傘が大好きだからな。今週はずっと涼しかったから、結衣の温もりが心地いいんだよ。試験疲れも取れていくし」

「ほえっ。そ、そうなのですか……」


 俺が素直に言ったからか、結衣は頬をほんのり赤くし、しおらしい様子になる。心なしか、彼女の手から伝わってくる熱が強くなったような。普段は積極的だからかたまに見せる今のような姿がとても可愛らしく思える。


「ふふっ、結衣ったら可愛いのです」

「可愛いよね。ゆう君だから引き出せる姿だよね」

「それは言えているのです」

「も、もう。あんまり言わないで……」


 ううっ、と結衣は恥ずかしそうな表情に。ここまで恥ずかしがるのは全然見たことがない。可愛くてもうちょっと見ていたいけど、彼女のためにも早く話題を変えた方がいいな。


「そ、そういえば……みんなは進路希望調査のプリントにはどう書いたんだ? 2年から文系と理系でクラスが分かれるし、みんなの進路希望が気になってさ」


 とっさに思いついた話題だけど、今言ったことは本当だ。3人とは一緒にいることが多いし、特に結衣については気になっている。


「俺は第1志望には近くにある二橋ふたつばし大学の文学部って書いた。ただ、情報技術系も興味あるから、第2志望は姉さんの通う東都科学大学の理学部って書いたんだ」

「文系理系違っても、興味のあることがたくさんあるのはいいね、ゆう君。あたしはお姉ちゃんが通っている多摩中央大学って書いたよ。第1志望は文学部で、第2志望は経済学部」

「お兄さんやお姉さんがいると、多少は進路について考えやすくなりそうなのです。あたしは家から近いのと、国公立という理由で二橋大学の文学部と書いたのです。レベルは高いのですが、希望を高く持つのはいいと思ったので。多摩中央大学も魅力的なので、同じ学部で第2志望の欄に書いたのですよ」


 兄姉が通っている大学や、家から近い大学を書くよな。友人が自分と同じような感覚で記入したと分かって安心する。


「結衣は何て書いたんだ?」


 おそらく、俺達と同じように四年制の大学に進学したいと書いて提出したと思われる。ただ、結衣のことだから、俺のところに永久就職するって書こうかどうか一度は迷った気がする。一度は書いているかもしれない。

 俺達3人が進路希望の話をしたからか、結衣の顔から恥ずかしそうな表情はなくなっていた。


「私も悠真君と同じで二橋大学の文学部を第1志望に書いたよ。日本文学とか歴史とか興味があるからね。家から通えるところにあるし」

「そっか。一緒の大学に通えるといいよな」

「そうだね! 学部と学科が同じなら最高だけど、同じ大学で同じキャンパスに通えるだけでも嬉しいな」

「確かに」


 結衣と一緒に同じキャンパスに通うだけでも、楽しい大学生活になりそうだ。あと、結衣と一緒なら満員電車に乗るのも頑張れそうだし。想像しただけでちょっとワクワクしてきたぞ。


「提出したときには消したけど、一度は第1志望の欄には就職のところに丸を付けて、就職希望先のところに『悠真君のお嫁さん』って書いたよ!」


 えへへっ、と結衣は楽しげに笑う。やっぱり俺のところに就職するって書いたか。想像通りだったので、とてもほっこりとした気持ちに。

 胡桃も伊集院さんは「ふふっ」と声に出して笑っている。


「結衣なら書くのではないかと思っていたのです」

「提出はしなくてもね」


 さすがは結衣の親友だけあって、2人も同じことを考えていたか。


「でも、担任は杏樹先生だから、お嫁さんって書いても受け取ってはくれそう」

「あり得そうなのです。結衣のお母様も低田君との交際を認めていますから、3人で低田君のお嫁さんになる話で盛り上がりそうなのです」


 2人の言う通り、福王寺先生だったらお嫁さんって書いても受け取りそう。結衣の母親の裕子ひろこさんと一緒に、三者面談で俺との進展具合や惚気話を聞き出しそうだ。もしそうなったら、三者面談ではなく単なるガールズトークだな。ただ、結衣は中間試験で学年1位を取るほどの頭の良さだし、案外そういう展開になる可能性はあるかも。


「悠真君は私のお婿さんになるって一度は書かなかったの?」

「さすがに書かなかったな。ただ、進路希望を書いているときに、結衣は俺のところに就職するって書きそうだなって思ってた」

「ふふっ、そうだったんだ。ご名答!」


 元気にそう言うと、結衣は俺から右手を離し、サムズアップした。その手を胡桃と伊集院さんにも向けている。もうすっかりといつもの結衣に戻ったな。しおらしかったり、恥ずかしがったりする顔もいいけど、明るく元気な笑顔が一番だ。

 気づけば、エオンが見えていたのであった。

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