第72話『二人でお風呂-後編-』

 結衣が髪と体を洗い終わったので、彼女とポジションチェンジ。

 バスチェアに座り、鏡に映る結衣の顔を見る。鏡越しに目が合うと、結衣は優しい笑顔を浮かべる。


「さあ、悠真君。髪と背中、どっちから洗ってほしい?」

「結衣と同じように、まずは髪からお願いします。シャンプーはその青いボトルだから。……あと、指をワキワキと動かすのを止めてくれないか」


 髪や背中を洗ってもらっているときに、何か変なことをされそうで恐いから。今さらだけど、素肌を晒した状態で、結衣が背後にいると凄く緊張する。

 鏡越しに結衣を見ると、結衣のワキワキとした手つきは止まり、俺にニコッと笑いかけた。


「分かったよ。じゃあ、髪を洗うね」

「お願いします」


 俺は結衣に髪を洗ってもらい始める。気持ちいいけど、誰かに髪を洗ってもらうのが久しぶりだから不思議な感覚にもなるな。


「気持ちいい?」

「うん、気持ちいいよ」

「良かった。じゃあ、今の感じで洗っていくね。金髪を洗うのは初めてだから嬉しいな。もちろん、その髪が悠真君のだからっていうのもあるけど」

「結衣のご家族は……みんな黒髪か」

「親戚もみんな黒髪。年配だと白髪の多い人もいるね。金髪の友達もいるんだけど、髪を洗ったことはないの。ちなみに、姫奈ちゃんの髪は洗ったことあるよ」

「さすがに、伊集院さんの髪は経験済みか」


 中学で出会った親友らしいし。何度もお泊まりしていそうだ。あと、桃色の髪って凄く珍しいし、あの縦ロールの髪を洗ったらどうなるのか興味がある。


「髪の洗い方が上手だけど、柚月ちゃんに髪を洗ってあげているのか?」

「うん。小さい頃は特にね。最近も、お風呂に入るとたまに髪や体を洗いっこしてるよ」

「そうなのか。髪を洗うときの優しい手つきが、芹花姉さんや母さんに似ていると思ってさ。結衣は柚月ちゃんのお姉さんだからなのかな」

「ふふっ、そうかもね。いつか、お姉様の髪も洗ってみたいなぁ」

「きっと、喜んで洗わせてくれると思うよ」


 昔から、俺が髪を洗うと凄く喜んでくれたし。結衣とも仲良くなっているから、結衣にも髪を洗わせてあげるんじゃないだろうか。

 シャワーで髪に付いた泡を洗い流してもらう。お湯が温かくて気持ちがいい。思わず眠ってしまいそうだ。

 タオルで俺の髪を拭く手つきも、芹花姉さんや母さんに似ている。だから、結衣に拭いてもらうのは初めてだけど、懐かしい感じがした。


「はーい、これで髪は終わりだね」

「ありがとう、結衣」

「いえいえ。次は背中だね」

「ああ。いつも、俺はあのタオル掛けにある青いボディータオルを使っているんだ」

「そうなんだ。でも、悠真君なら私のボディーで洗ってもいいんだよ? あのボディータオルよりも柔らかい肌触りだと思うけど」


 どう? と、結衣は俺の肩に両手を乗せ、鏡越しで俺を見つめてくる。

 ボディーとボディータオル。タオルという言葉があるかないかで全く違う。99%の確率でボディーの方が柔らかい肌触りで、俺の肌に優しいだろう。ただ、今の俺が結衣のボディーで洗ってもらったら、確実に熱中症になる。


「……ボディータオルの気分だから、ボディータオルで頼む」

「分かった。今日はボディータオルで洗うね」


 結衣は優しげな笑顔でそう言うと、俺の愛用する青いボディータオルを手に取る。良かったよ、「ボディーで洗いたい!」と駄々をこねられなくて。

 ピーチの香りがするボディーソープで背中を洗ってもらう。今回は洗われる側なので、俺が風邪を引き、結衣がお見舞いに来てくれたときのことを思い出す。


「今度は悠真君の家にお見舞いに行ったときのことを思い出すよ」

「やっぱり、結衣も思い出していたか。2日とも来てくれてありがとう」

「いえいえ。私も悠真君の顔を見たかったしね。それにしても、汗を拭いたときにも思ったけれど、悠真君って綺麗な肌をしていて、筋肉も付いているよね。あと、背中が結構広いね」

「そうか? 背は180cmあるからなぁ。そういえば、背中が広いって言われたのは初めてかもしれない」


 ここ2、3年は中学での修学旅行のときくらいしか、誰かと一緒に入浴する機会はなかったからな。そのときも誰にも相手にされず、1人で静かに入っていたけど。


「こういうことでも、初めてだって言われると嬉しいな。ただ、この背中も段々と見慣れてくるんだろうね」

「……きっとそうだろうな。俺も結衣の背中に見慣れてくるだろうけど、いつまでもドキドキしてそうだ」

「ふふっ、そう思ってくれて嬉しいな。私の背中に見惚れたかな?」

「……ああ」

「ありがとう。恋人としては、いずれは背面だけじゃなくて前面でも見惚れてほしいかな。……はい、背中は洗えたよ。もし良ければ、悠真君のピーチや前の方を洗おっか? 気持ち良くなるよう精一杯に頑張りますよぉ」


 えへへっ、と厭らしく笑う結衣。浴室だからその声がよく響く。だからか、寒気を感じた。


「背中だけで十分だよ。洗ってくれてありがとう、結衣」

「……分かったよ。他の部分を洗うのは今後のお楽しみにしておくね」


 はい、と結衣は笑顔でボディータオルを渡してきた。いつかは他の場所も洗われるのか。そのときは終始、厭らしい声で笑い続けていそう。

 背中以外の場所をボディータオルで洗っていく。たまに、鏡に映る結衣を見るけど、彼女の顔にはずっと幸せそうな表情が浮かんでいた。その度に、彼女から幸せをお裾分けした感覚に。


「……よし、俺も体と顔を洗い終わったぞ。じゃあ、一緒に湯船に浸かるか」

「うん!」


 結衣の提案で、向かい合って体育座りの形で湯船に浸かる。脚が触れてしまうけれど、見えてはまずい部分は見えていないので、この浸かり方で正解かも。


「あぁ、気持ちいいね」

「気持ちいいな。2人だと脚とか触れちゃうな。あまり広くなくてごめん」

「謝る必要なんて全然ないよ。広くてゆったりとした湯船も魅力的だけど、大好きな悠真君と一緒に入るお風呂なら、私は狭くてもかまわないよ」


 まったりとした笑顔でそう言う結衣。そんな彼女を見て、俺への気遣いとかはなく、本音でそう言ってくれているのだと分かった。こういうことを笑顔で自然と言えるのはいいなと思うし、キュンともする。


「ふふっ、顔が赤くなった。私と一緒に湯船に浸かってドキドキしているのかな?」

「……そうだよ。結衣は肩のあたりまでお湯に入っているけれど、脚が触れているから緊張してる」

「そうなんだ。悠真君、かわいい。お互いに裸だからか、脚だけでも悠真君と触れている部分があると、意識しちゃうし、結構ドキドキしちゃうよね」


 はにかむ結衣の顔がどんどん赤くなり、それまで俺に向けていた視線がちらつく。恥ずかしいのかな。厭らしいことを言うときもあるから、今のような反応がとても可愛らしく思える。


「……ドキドキはするけれど、悠真君と入るお風呂はとても気持ちいいよ。体はもちろんだけど、心もとても温まるっていうか」


 えへへっ、と結衣の笑顔がさらに柔らかくなる。


「結衣の言うこと分かるなぁ。緊張するけど、気持ちいいからずっと入っていられそうだ。きっと、寒い時期だともっと気持ちいいんだろうな」

「そうだね。寒くなるのも楽しみだけど、今日から夏が始まって、来月には高校最初の夏休みが待ち受けているよ。夏休みになったら、一緒に海やプールに遊びに行きたいよね」

「行きたいな。高校にはプールないし」

「水泳の授業ないもんね。2人きりで行くのはもちろんだけど、姫奈ちゃんや胡桃ちゃん、千佳先輩達と一緒に行きたいな」

「みんなで行くのも楽しそうだよな」


 そんな話をしているからか、結衣はもちろんのこと、胡桃や伊集院さん、中野先輩の水着姿まで想像してしまうな。

 実際に夏休み中に行く予定を立てたら、福王寺先生も行きたがりそうだ。結衣並みにスタイルもいいし、先生の水着姿もちょっと興味がある。


「悠真君、今、私だけじゃなくて姫奈ちゃん達の水着姿まで想像してたでしょ。あと、実際に行くことになったら、杏樹先生も行きたがりそうだとか」

「……よく分かったな」

「そりゃ、悠真君の恋人だし、好きになってから悠真君をたくさん見てきたもん」


 ドヤ顔で言う結衣。以前、俺の後をこっそりとついてきて、自宅の場所を突き止たり、目を覚ましたら結衣がいたり、俺を盗撮したり……という出来事もあったから、今の言葉には物凄い説得力があるな。


「高校最初の夏を素敵な夏にしようね、悠真君」

「そうだな」

「……その約束のキスをしたい。できれば、悠真君と抱きしめ合って。お互いに何も着ていないけれど……いいかな?」


 顔を真っ赤にしながらも、結衣は真剣な様子で俺を見つめてくる。体が熱くなってくるし、ドキドキもするけど、


「……いいよ」


 ゆっくりと脚を伸ばして両手を広げると、結衣は嬉しそうな様子で俺に近づき、両手を俺の背中に回した。その際、結衣と肌が触れ合い、今までの中で一番、結衣の柔らかさや甘い匂いを感じる。

 俺も結衣の背中に両手を回す。服を着ているときよりも、結衣の体の華奢さが分かるな。


「さっきは素敵な夏にしようって言ったけど、秋も冬も、来年の春も。それより先もずっと悠真君と素敵な時間を過ごしたいな」

「……俺もだよ」

「これからもよろしくお願いします、悠真君」

「こちらこそよろしく」

「うんっ。悠真君、好きだよ。大好き」

「俺も結衣が好きだ」


 俺がそう言うと、結衣らしい明るい笑みを浮かべて、結衣からキスしてきた。湯船に浸かっているけど、結衣によってもたらされる心地良いドキドキをずっと感じ続けていたい。だからか、自然と結衣への抱擁が強くなる。

 それから少しの間、俺達は抱きしめたままお湯に浸かり、何度もキスし合うのであった。

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