第64話『日常に戻った。』

『低変人さん、こんばんは!』

『こんばんは、桐花さん』


 夜になり、宿題を終えてパソコンの電源を点けると、すぐに桐花さんがメッセージを送ってくれた。今日は高嶺さんが学校を欠席したから、いつもの時間にいつもの通り桐花さんと話せることに幸せを感じる。


『今日は学校に行けた?』

『はい。元気になったので学校に行きました』

『良かった。安心したよ』

『ありがとうございます。友達にノートを写させてもらったおかげで、授業もついていけていますし。これまで返却された試験の結果も良くて一安心です』


 高嶺さん達と一緒に勉強会をしたからかな。彼女達も今のところはまずまずの結果らしい。


『桐花さんも答案を返却してもらっていますか?』

『うん。月曜日から続々と。今のところ、苦手な教科も平均点以上を取れているから安心してる。友達と勉強した甲斐があったぁ』

『良かったですね!』


 桐花さんもいい結果になりそうで良かった。このまま、みんな赤点を一つも取らないことを祈ろう。


『今日からまたいつも通りの生活を送れると思ったんですけど、今度はお見舞いに来てくれた友達が風邪を引いちゃって』

『あらあら。低変人さんの風邪がうつっちゃったのかな』

『そうかもしれません』

『……そのお友達って、もしかしてあなたに告白してくれた子?』

『そうです。よく分かりましたね』

『今までの話を聞いていたら何となく。その子も早く治るといいね』


 最近になって話題に上がるようになった人の体調を気遣うとは。名前も知らないのに。桐花さんは優しいな。

 ちなみに、宿題をやっているとき、高嶺さんからメッセージが来た。夕方に再び寝たおかげで、普段と変わりないくらいに体調が良くなっているという。


『低変人さんも学校へ行けるようになったけど、まだ病み上がりなんだよ。ゆっくり休んで、たっぷり寝た方がいいよ』

『そうですね。今回は色々とあって疲れが溜まったのと、新曲の制作に集中しすぎてあまり眠らなかったのが原因ですから』

『でしょう? じゃあ、今日のお話はここまでにしようか。今日は早く寝ること! いいね?』

『ええ、分かりました』


 新曲制作後に体調を崩したのは今回が初めてじゃなかった。だからこそ、桐花さんはここまで言ってくれるのだろう。気を付けないと、本当に。今回のことで、体調を崩すと多くの人に心配を掛けてしまうと実感したから。それに、近しい人が体調を崩すと寂しかったり、不安になったりすると分かったから。

 桐花さんの言う通り、今日のチャットはこれで終了。

 それから程なくして、お風呂が空いたと芹花姉さんが教えてくれた。

 湯船では体を伸ばして、今日の疲れを取る。病み上がりだから、いつになく湯船の中で眠気が襲ってきた。桐花さんの言うように今日は早く寝よう。

 お風呂の温もりがまだまだ体に残る中、すぐに眠りについた。




 5月30日、木曜日。

 今日もよく晴れている。例年通りだと、あと10日もすれば梅雨入りして、こういった空模様の日は珍しくなるのだろう。

 俺は近所の公園で華頂さんを待っている。昨日、これからは一緒に登校しようと華頂さんが言ってくれた。だから、毎朝、この公園に立ち寄るのが日常になっていくんだろうな。


「ゆう君、おはよう!」


 公園の入口から、カーディガン姿の華頂さんが俺に向かって元気よく手を振ってくる。校則により冬服は明日まで。6月になる来週からは、夏服の華頂さんと待ち合わせることになるのか。そんなことを考えながら手を振り、俺は彼女のところに向かう。


「今日はゆう君の方が早かったね。待った?」

「ううん、ついさっき来たところだよ」

「そっか。じゃあ、学校へ行こうか」


 今日も華頂さんと一緒に学校に向かって歩き始める。その際、華頂さんは何も言わずに俺の左手を握ってきた。学校に行くだけじゃなくて、こうして手を繋ぐことも、これからは当たり前になっていくのだろうか。


「結衣ちゃん、元気になったみたいで良かったよね。ほっとしたよ」


 今朝、制服に着替えているとき、高嶺さんから『元気になったので、今日からまた学校に行きます!』とメッセージが届いたのだ。それを見た瞬間、俺もほっとした。


「昨日、俺がお見舞いに行ったときには、それなりに元気そうだったからな。大好きなプリンを食べさせたからかもしれないけど」

「ふふっ、好きな人に好きなものを食べさせてもらえたんだから元気出るよ。元気になった結衣ちゃんに会いたいから、今日は一緒に2組の教室まで行くね」

「ああ、分かった」


 きっと、高嶺さんも華頂さんに会いたがっているだろうから、華頂さんがうちのクラスに来たら嬉しがるだろう。


「そういえば、ゆう君の方は大丈夫? また体調が悪くなったりしていない?」

「今のところは大丈夫だよ。昨日は早めに寝たから。それは例の桐花さんに心配されて、彼女の言うとおりにしたからなんだけど。俺、曲を創ること以外にも、好きなアニメを観たり、音楽を聴いたりして夜遅くまで起きちゃう日もあるからさ」

「あたしもあるなぁ。学校近いし、ちょっと夜ふかししても大丈夫だと思っていると、大抵は翌朝が辛くなるんだよね」

「分かる」


 以前、物凄く大好きなアニメが放送されていたとき、リアルタイムで観ていたから、毎週その作品が放送された翌朝はかなり辛かった。


「華頂さんのように体調を気遣ってくれたり、桐花さんのように注意してくれたりしてくれる友人がいるのって、凄く幸せなことだなって思うよ。今回の風邪を通じて実感した」

「……そっか」


 えへへっ、ととても真っ赤な顔をしながら笑う華頂さん。

 華頂さんと話していると、徒歩数分の道のりが短く感じる。今日も気付けば校門が見えていた。


「ゆう君、あれ」


 華頂さんは俺達の教室がある第2教室棟の方を指さす。昇降口前で、男子生徒と向き合っている高嶺さんの姿が。近くには伊集院さんもいる。


「た、高嶺さん! 1日で風邪が治って良かったです! 元気になったのを機に俺と付き合いませんか? 好きです!」

「ごめんなさい。私には好きな人がいますので、お断りします」


 高嶺さんは男子生徒に向かって深く頭を下げると、伊集院さんと一緒に校舎の中へと入っていった。


「……いつもの光景だったね」

「そうだな。あの男子生徒には悪いけど、この光景を見られて安心した」

「ふふっ、そうだね。日常に戻った感じ。じゃあ、あたし達も行こうか」


 学校の敷地に入ったので、華頂さんの手を離し、彼女と一緒に第2教室棟へと向かう。


「それにしても、結衣ちゃんは凄い人気だよね。ゆう君との話が広まってから20日くらい経つし、ゆう君と一緒にいるところはたくさん見られているのに、学校がある日は毎日って言っていいくらいに告白されてるもん」

「さすがは高嶺さんだよな」


 俺と付き合っていないから、自分にもチャンスがあると思う生徒が多いのだろう。

 あと、高嶺さんに告白されてから、まだ20日くらいしか経っていなかったのか。色々とありすぎて、もっと前のことのように思える。

 今日は華頂さんと一緒に1年2組の教室に入る。

 教室の中には、いつも通り高嶺さんと伊集院さんの姿が。その光景を見られて、ほっと胸を撫で下ろした。


「結衣ちゃん! 姫奈ちゃん!」


 華頂さんが名前を呼ぶと、高嶺さんと伊集院さんはこちらに振り向き、嬉しそうな様子でやってくる。


「悠真君! 胡桃ちゃん! おはよう!」


 高嶺さんは華頂さんのことをぎゅっと抱きしめる。もう全快だな。

 華頂さんは声に出して笑い、高嶺さんの頭を撫でた。


「結衣ちゃん、おはよう。元気になって良かったね。姫奈ちゃんもおはよう」

「2人ともおはようございます」

「……おはよう、高嶺さん、伊集院さん」


 学校で高嶺さんと華頂さん、伊集院さんが一緒に楽しそうにしている姿を見ることができて嬉しいな。また、今日からいつも通りの時間を過ごすことができそうだ。


「今日も悠真君と一緒に来たの?」

「うん、そうだよ。方向が同じだし、これからも一緒に登校するつもり」

「そっかぁ。同じ方向に家がある人の特権だね。ううっ、凄く羨ましい……」


 言葉通りの羨ましそうな表情を見せる高嶺さん。微笑ましいし、高嶺さんらしい姿を見られて安心もする。


「ねえ、悠真君」


 高嶺さんはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべ、


「私が学校に来たから……もう寂しくないよね?」


 上目遣いで俺を見ながらそう言ってきた。そんな高嶺さんがとても可愛らしい。今までの中でも五本指に入りそうなくらいに。

 ただ、2人きりならともかく、華頂さんや伊集院さんの前で言わないでほしい。恥ずかしいから。絶対に昨日のお見舞いのことをネタにしているよな、まったく。

 昨日のお見舞いについて高嶺さんから聞いているのかは分からないけど、伊集院さんは楽しげに、華頂さんは微笑みながら俺を見ている。


「ああ。ようやく、教室で元気な高嶺さんの姿を見られて安心した」

「私も。悠真君と学校で会えて安心したし、嬉しいよ!」

「……そう言ってくれて、俺も嬉しいよ」


 その言葉は本音だった。教室に高嶺さんがいると安心するし、嬉しい。だからこそ、彼女の顔を見ると凄く照れくさくて。

 俺は高嶺さんの頭を軽くポンポンと叩いて、自分の席に向かうのであった。

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