第26話『冷たい漣』

『低変人さん。週明けの学校お疲れ様』

『桐花さんもお疲れ様でした』


 夜。

 課題を終わらせた後、俺はいつも通りにメッセンジャーで桐花さんとチャットしている。今日は普段と違う放課後の時間を過ごしたから、桐花さんと話していると安心する。


『今日は部活楽しかったなぁ』

『良かったですね。そういえば、桐花さんって部活に入っていたんですね。どんな部活に入っているんですか?』

『えっ?』


 そのメッセージの後、桐花さんからの返信が止まる。桐花さん……今まで部活について話したことあったっけ? 全く記憶がない。


『以前に部活について話したかもしれないです。もしそうならごめんなさい。俺、忘れちゃいました』


 俺がそんなメッセージを送ると、


『一度も話したことないと思うよ。私、料理部に入っているの』


 桐花さんからすぐにメッセージが届いた。そのことにほっと胸を撫で下ろす。良かった。忘れてしまったとかじゃなくて。


『桐花さんは料理部に入っているんですね』

『う、うんっ! でも、今日はスイーツを作ったの。美味しかった』

『そうでしたか。良かったですね。……実は今日はバイトがなかったので、例の女の子に誘われて、スイーツ部の見学をしたんです。そこで白玉ぜんざいをいただきました』

『ぜんざいかぁ。和風のスイーツもいいよね。今は新茶の季節だから、そこのスイーツ部は和風にしたのかもね』

『まさにそうでした。顧問の先生が買ってきた新茶も美味しかったです』


 ぜんざいや日本茶は美味しかったな。

 ただ、それよりも、舞い上がることが多かった福王寺先生や、久しぶりに一緒に料理した華頂さんのことばかり思い出す。


『そうなんだ。良かったね。じゃあ、低変人さんは普段と違う放課後を過ごしたんだ。……話は変わるけど、月曜日が終わるだけでも、週末にグッと近づいた感じがしない?』

『分かる気がします。ただ、俺の通っている高校は来週に中間試験があるので、次の休みは来週末って感じがしますね』

『……私の通っている高校も、来週が中間試験なんだ』


 そのメッセージを見た瞬間、桐花さんのため息が聞こえたような気がした。そういえば、桐花さん、定期試験の直前になると気分が下がると前に言っていたな。


『ごめんなさい、桐花さん』

『ううん、気にしないで。定期試験をさせるのは学校だし。それに、低変人さんも試験を受けているから、私はこれまで頑張れたからね』

『……そう言われると照れますね。今回の中間試験もお互いに頑張りましょうね』

『うん!』


 会ったことのない俺が、桐花さんに元気を与えられているなんて嬉しいな。そんな俺も、桐花さんがどこかの学校で試験を頑張っていると思って、試験勉強を頑張ったり、試験に臨んだりしたことがある。

 それからすぐに芹花姉さんがお風呂が空いたと伝えてきたので、今日の会話はここでお開きとしたのであった。




 5月14日、火曜日。

 昨日と違って、今日は朝から雲がどんよりと広がっていた。たまにそんな空を見ながら、今日の授業を受けていった。 


「悠真君、一緒に帰ろう!」


 放課後になるや否や、スクールバッグを持った高嶺さんが俺のところに来てそう言ってきた。昼休みに今日もバイトがないと伝えたからだろう。


「一緒に帰るか。今日もエオンに行くか?」

「金曜日は私の行きたいところに行ったから、今度は悠真君の行きたいところでいいよ」

「分かった」

「今日も2人で放課後デートを楽しんできてくださいな。あたし、これから歯の定期検診があるのです」

「うん、じゃあね。虫歯がないといいね」

「また明日、伊集院さん」


 伊集院さんは俺達に手を振り、足早に教室を去っていった。


「歯医者さんか。中学以降は定期検診以外では行かないけど、小学生のときに虫歯で歯医者さんに行ったときは嫌だったな。キーンっていう音や、病院独特の匂いとか」

「それは分かるな。俺は今まで虫歯になったことがなくて、定期検診で歯医者に行くけど、毎回、虫歯がないかどうか不安で。普段からしっかり歯磨きとかしているんだけどさ」

「私も検診は緊張するなぁ。普段から甘いものを食べているし、高校でスイーツ部に入部したからより気を付けなきゃ」


 スイーツ部に入ったのはあまり関係ないと思うけど、気を付けるのはいいことだと思う。

 掃除当番の生徒達が机を動かし始めたので、俺と高嶺さんも教室を後にして、昇降口に向かって歩いていく。

 高嶺さんに告白されてからおよそ1週間。今も周りの生徒達に見られることが多いけど、話が広まった直後に比べればマシになった。慣れもあるだろうが。

 昇降口に到着するとざわついている様子だった。外に生徒が何人も立ち止まっているのが見える。


「もしかして、誰かが昇降口前で告白するのかな」

「そうかもしれないな」


 以前、バイトの休憩中に中野先輩から「2年になってから、朝と放課後に告白する生徒を見るのが増えた」と聞いたのを思い出した。そうなった火付け役の1人は、隣にいる高嶺さんで間違いないだろう。

 そんなことを考えながら、ローファーに履き替え、校舎の外に出る。晴れなかったからか朝よりも寒い気がした。

 何十人の生徒が昇降口の近くで立ち止まっていた。やや男子が多いだろうか。彼らの視線の先にあったのは、


「あれ、胡桃ちゃんじゃない?」


 華頂さんが黒髪イケメン男子と向かい合うようにして立っていた。あの様子からして、これから告白されるのだろうか。


「胡桃ちゃん、これから告白されるのかな」

「……きっとそうだろうな」

「やっぱり? 胡桃ちゃんは男子中心に人気があるらしいし」

「華頂胡桃さん!」


 周りからたくさんの生徒に見られているからか、黒髪のイケメン男子は大きな声で華頂さんの名前を口にした。いよいよ告白だと思っているのか、2人を見ている生徒達から「おおっ」という声が上がる。周りからすれば、楽しいイベントの1つなんだろうな。

 イケメン男子は真剣な様子で華頂さんの方へ一歩近づき、


「俺は一目見たときからあなたに恋をしていました。可愛らしくて優しいところが大好きです。俺と付き合ってください!」


 華頂さんにしっかりと気持ちを告げた。

 そのことに男子から野太い声、女子からは黄色い声が上がった。その声量の大きさもあって、全身が震える。


「胡桃ちゃん、告白されたよ!」


 高嶺さんは興奮した様子で俺にそう言ってくる。数多に告白された経験のある高嶺さんも、友人が告白されるのを目撃するとドキドキするんだな。

 華頂さんは黙ったまま俯いている。


「俺と付き合ってくれますか?」


 イケメン男子は念を押す。周りにいる生徒は「どうだ?」「成功するか?」といった声が聞こえてくる。


「……ごめんなさい。あたしはあなたと付き合うことはできません」


 華頂さんがそう返事をした瞬間、とても胸が締め付けられ、息が詰まった。思わず華頂さんから視線を逸らす。肌寒い空気が体に染み込んできた気がした。


「断ったね、悠真君。……悠真君?」

「あ、ああ……断ったな」


 そして、華頂さんが告白を断ったためか「あぁ」と落胆の声が。その流れで多くの生徒がこの場から離れていく。

 当の本人であるイケメン男子は寂しげな笑みを浮かべて、


「残念だけど、分かった。俺の気持ちを聞いてくれてありがとう」

「いえいえ。……あっ」


 俺と高嶺さんの姿に気付いたのか、華頂さんは目をまん丸くしてこちらを見ていた。俺と目が合うと、華頂さんは瞬時に顔を真っ赤にすると同時に恥ずかしい表情を浮かべ、校門の方へと走り去ってしまった。

 イケメン男子は「はあっ」と一度大きなため息をついて、校舎の中へと姿を消していった。


「私達に見られて恥ずかしかったのかもね」

「そうかもな。そっとしておいた方がいいだろう」

「そうだね。それよりも、悠真君に訊きたいことがあるの。これまで、悠真君と胡桃ちゃんの間に距離があるなって何度も思ったし。それに、さっき胡桃ちゃんが告白を断ったとき、悠真君……切ない表情をしていたから」


 高嶺さんは真剣な様子で俺を見つめながらそう言ってくる。明るく振る舞って、中学時代にクラスメイトだった華頂さんを羨ましがる場面もあったのに。俺達のことをよく見ているんだな。

 華頂さんはもちろんのこと、俺と同じ中学出身の生徒は金井高校に何人もいる。高嶺さんほどの人気があり、友人も多い生徒なら、あのことを知られるのは時間の問題だと思う。それなら、俺から話した方がいいだろう。


「高嶺さん。これからの行き先、俺の家でいいか。高嶺さんと2人きりで話したいことがあるんだ」

「……分かった」


 高嶺さんが右手を差し出してきたので、俺はそっと手を握った。

 それから、俺は高嶺さんと一緒に家に帰る。その間、高嶺さんと言葉を交わさなかったけど、繋いだ手から高嶺さんの温もりを感じているから、気まずさはなかった。

 父さんは仕事、母さんはパート、芹花姉さんは大学なので、俺は高嶺さんと一緒に誰もいない自宅に帰ってきた。高嶺さんを俺の部屋に通し、キッチンで温かい紅茶を淹れた。


「高嶺さん。ホットティーを淹れてきたよ。砂糖やミルクはご自由に」

「ありがとう」


 俺は高嶺さんの側に置いてあるクッションに腰を下ろす。砂糖を入れたホットティーを飲むと落ち着く。今日は肌寒かったから、紅茶の温かさが心地いい。

 高嶺さんは砂糖とミルクを入れ、一口飲む。美味しいのか柔らかい笑みを浮かべる。そんな高嶺さんが俺の部屋にいることに安心感を覚える。ただ、それを言ったら本人が調子に乗り、俺と一緒にベッドインする展開になりかねないので心に留めておくけど。


「悠真君。さっそく話してくれるかな」

「ああ。……華頂さんのことだ」


 昇降口にいるときよりも、高嶺さんは真剣な表情で俺を見つめてくる。

 深呼吸を一度してから、高嶺さんと目を合わせた。


「華頂さんは俺の……初恋の人だったんだ」

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