第六十八歩 【議長とルイ】

 議会を終えた俺たちは控えていた女性に大きな屋敷へと案内された。

 そこは共和国議長のレイラ・シュードルの住まいであるという。


「レイラ様はもうじき議会より戻られるでしょう。それまでおくつろぎくださいませ」


 女性は客間の様な豪華な部屋に俺たちを通すと、頭を下げて出ていく。

 入口にメイドが控えていて、テーブルの上には果実やお菓子の様なものがたくさんある。

 しかし、俺とシュウスケは緊張で手が出せないでいた。


「なんだ? お前たちは食わんのか?」


「見たことない果物やお菓子ばかりですね!」


「前にクソ鳥の飼い主の所で食った飯も良かったが、ここのもなかなかイケるな!」


「誰がクソ鳥で、誰が飼い主だって魚コラ!」


 魔獣組はマイペースに果物やお菓子を貪り食っている。

 メガロとバーンが喧嘩を始めそうだったのでそれは止めたが、果物とお菓子は見る見るうちに無くなった。


「ところでリンは?」


 俺は屋敷に入った辺りで別の所へと案内されたリンについてメイドに尋ねた。


「あの方なら――」


 メイドがそう言いかけたところでドアが開き、レイラ議長が部屋に入って来た。


「またお待たせしてしまったわね。予想以上にくつろいでくれているようで安心したわ」


 レイラ議長はお菓子を取り合う魔獣組に目をやり、微笑んだ。


「この度はお招き頂きありがとうございます! 改めまして――私が沢渡 類です」


「レイラ・シュードルよ。よろしく、ルイ君」


 レイラさんは気さくに挨拶すると握手を求めて来た。

 俺がガチガチに緊張しつつ、その手を握ると彼女はまた微笑む。


「そんなに固くならなくても良いわよ。ここに呼んだのはこの国でのルールを伝えるためもあるけど、個人的な興味もあるのだから」


 レイラさんはそう言うと俺たちを椅子へと座らせ、じっと見つめる。

 彼女の視線はまるですべてを見透かすように深く、底のない海の様な眼差しだった。


「それにしても面白いわね。他種族とこうして話ができるなんて――また新たな見聞が広がりそうだわ」


 レイラさんは楽しそうにそう呟くと、俺たちから手元のティーカップへと視線を落とした。

 視線が外れたことで、まるで金縛りが解けたように緊張が弛んだ俺はレイラさんに質問をする。


「個人的な興味――とおっしゃいましたが、どういう意味でしょうか?」


 俺の質問に、仲間たちも真剣な面持ちになる。

 議会でのバルジ将軍の様に俺たちを利用しようというのではないか――

 そんな心配が皆の中には少なからずあったからだ。

 お茶を飲みながら、その質問を聞いていたレイラさんは俺たちの表情から真意を読み取ったように頷く。


「あなた達の心配は理解できるわ。自分たちの特異性を一番感じて来たのはあなた達だものね。でも安心なさい。私はあなたに私達のために戦うことを強要しないことを誓うわ。それは私としてもリスクが大きいもの」


「リスク?」


 俺がその言葉に反応すると、レイラさんはティーカップを置き、立ち上がった。


「本当はもっとおしゃべりをしてからにしようと思っていたんだけど――ルイ君、隣の部屋に来てくれないかしら? 二人きりで話がしたいの」


 俺がそれに応じ、立ち上がるとコタロウたちが心配そうに俺を見つめる。


「大丈夫よ。ただお話しするだけだから――10分もかからないわ」


 レイラさんへと連れられ、隣の部屋に行くとそこは窓やドアに魔法陣が書いてある異質な部屋だった。


「気にしないで、これはただの【盗聴妨害】の術式だから。ここは密談や会合によく使っている部屋なの」


「こんなところで――一体、何を話そうと?」


 レイラさんは指を鳴らし、術式を作動させる。


「君の仲間には聞かれたくないかと思っただけよ」


「フェルたちにですか?」


「そうよ。その方があなたの本音が聞けると思って――あなた、何の目的もなく共和国行きを決めたわけではないのでしょう?」


 その言葉に俺の身体はビクンと反応した。


「勘違いが無いように言っておくけど、私はあなたが共和国にとって敵だとは考えてないわ。でも、真意が読めない。共和国に来れば人の思惑に晒され、利用しようとする勢力ができることは容易に考えられるでしょうに――なのに、なぜあなたはわざわざ正面から堂々と入って来たのか、とね」


 しばらくの沈黙の中、俺はふぅっと息を吐く。


「本当は、実績を作ってから動こうと思っていたのですが――」


 俺は観念し、フェルたちにも言っていない共和国に来た本当の目的を語ることにした。


「俺は共和国内に魔獣の住処や権利を守り、人と共生していくための組織を作りたいと思っています。その組織の名は〝魔獣保護機構〟」


 俺の考えは龍の里ですでにまとまっていた。

 そしてその土壌となる場所を共和国に選んだ。

 これこそ、俺が共和国を目的地にした本当の理由である。


「本来はあなた達に俺たちの存在を示した上で、共和国内の他種族問題を解決していく予定でした。それを実績として、〝魔獣保護機構〟を設立する。これが俺の目的です!」


 俺がそう返すと、レイラさんは顔色一つ変えずに切り返す。


「何故、共和国を選んだのか教えてくれるかしら?」


「俺の目的が定まった後、俺は改めてこの世界の情勢について調べました。王国を中心とする周辺諸国は人間以外の種族に対して排他的な思想を持っている。対して共和国は多種族が国内に暮らすことを容認しています」


「それが理由なら残念ながら現実的とは言えないわ。確かに、共和国は多種族の居住を容認してはいるけど――」


 レイラさんは呆れたように首を振り、否定しようとするが俺はそれこそが共和国を選んだ理由の一つだった。


「他種族間の争いが絶えない――ですよね?」


 俺がそう言うとレイラさんは再び顔を上げた。


「共和国は複数の国が合併して生まれたがために他種族が住む地域まで巻き込んで領土としている。その条件が相互不干渉――領土にはなっているが、もし他種族同士または人間と他種族が争いになった場合、議会は干渉してはならないという条約が結ばれた。」


 俺がそう言うとレイラさんはゆっくりと頷く。


「異界人なのによく知っているわね。そうよ、王国の軍備増強に恐れをなした建国時の議員たちが焦りから結んでしまった条約。これを無視すれば、領土内にいる全ての他種族との関係が崩れる危険性がある故に他種族問題に国としてかかわることはできない状況がずっと続いてる。――まさか、それを?」


 レイラさんは俺の意図に気付き、少し驚いた表情を見せる。


「俺がそれを解決して見せます。その実績を持って〝魔獣保護機構〟設立を嘆願する予定でした」


 龍の里でランズさんに長年の各国の情勢について情報を貰っていた俺は多種族の争いが共和国内で長きに渡る問題と化している事を聞いた。

 他種族間では言語や習慣に大きな違いがあり、通訳など存在しないこの世界では小さなすれ違いが大きな争いに発展することが多い。

 でも、俺なら――


「なるほど――全ての言葉が通じるならあなたにしか解決できない問題もあるかもしれないわね……でも、そんなに簡単な話じゃないと思うわよ。確かに最初は小さなすれ違いでも、それが何十年、何百年と積み重なって大きなしこりとなってしまっている種族もいる。そんな長い軋轢をあなたの様な急に現れた余所者が解決できると思って?」


「それでも、俺がその場に踏み込むことで理解し合う一歩になれるなら、それは俺のやるべきことだと思っています。あまりにも早計でどうなるか分からないから仲間たちにも伏せていましたが――これが理由ではいけませんか?」


 俺がそう言うとレイラさんは口元を抑えて笑った。


「ウフフ、笑ってごめんなさいね。別にあなたの言っていることを笑ったのではないの。ただ、聞いていた通り、本当に可笑しな異界人だと思ってね」


「聞いていた? ウルドさんにですか?」


「確かにウルドにも報告をさせていたけど。本当はね、もっと前からあなた達の事は聞いていたの。でも、誰かはまだ秘密にしておくわ。本人が怒ると思うから――」


 レイラさんはそう言うとまた指を鳴らして術式を解除した。


「話してくれてありがとう、ルイ君。おかげであなた達を今後どうするか、方針が決まったわ」


 不敵な笑みを浮かべながら、レイラさんは俺を連れて皆の待つ部屋へと戻る。

 皆、俺の姿を見てホッと胸を撫で下ろしているようだった。


「あの――ところで」


 俺は皆の下へ着くと振り返り、ずっと抱いていた疑問をレイラさんに投げ掛けた。


「リンは……俺たちと一緒にいた龍神族の女の子は一体どこへ?」


 俺がそう聞くとレイラさんは今までの大人な雰囲気とは違うキラキラとした目でこちらへ微笑むと、壁に掛けられていた時計を見る。


「もうそろそろだと思うわよ。全く、女の子にあんなお堅い恰好させてちゃダメじゃない!」


 その言葉の意味が分からず、一同ポカンとしていると部屋の奥のドアが叩かれる。


「レイラ様、お客様の準備が整いました」


 ドアの方から澄んだ声が聞こえたかと思うと、聞き馴染んだ声が騒ぎ出す。


「――ッ! やっぱ、無理! こんな格好、恥ずかしくて見せられませんっ!」


 リンの絶叫を聞くとレイラさんはドアを開け放つがそこには何か布の端の様な物をしっかりと掴んでいるメイドの姿しかない。


「せっかく奇麗な格好になったんだから仲間に見せてあげなさいよ。そんなに恥ずかしがることないわ!」


 今度はレイラさんがそう促し、ドアの辺りが静かになる。

 目を見張る俺たちの前に現れたのは――

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