第六十話 【見極められる善意 後編】

 周りの緑とは裏腹に岩肌が剥き出しになった洞窟の様な場所の前に俺たちは立つ。

 そこは鉱石を採掘するために作られた坑道であり、地下まで続いているらしい。


「なるほど……では、その魔獣の言葉を信じるとすれば群れのボスが急に暴れ出し、採掘に来た人間だけでなく群れの仲間まで襲い始めたというのだな?」


 仮面の男、ウルド……さんは、俺がダリアから聞き出した情報を確認してきた。

 ダリアとはトカゲの少女の名前で呼ぶときに便利なので俺が付けさせてもらった。

 ダイヤとリザードを合わせたまたまた安直なものだが……まぁ、少女らしく花の名前をあしらったという事で勘弁してもらおう。


「う、うん。私たちの群れは採掘に来る人間たちから隠れながら生活していたんだけどね。ある日、ボスが急に暴れ出して、話もできなくなっちゃたの!」


「話しも? なにか原因に心当たりはないのかい?」


「ボスはその日、縄張りの巡回に行ってて、帰って来た時にはもうそうなっていたの。一緒に行った仲間たちは帰ってこなかったし――だから、何が起きたのかは誰も知らない」


 俺たちは情報共有を終えると行動へと足を踏み入れる。

 土塊の匂いとひんやりとした空気が俺たちを包み、水滴が落ちる音と俺たちの足音だけが岩肌に木霊していく。

 俺は何か手掛かりは無いかと〝言葉の記憶〟を発動させながら進んで行くが、ここを通る声が多過ぎてうまく絞り切れない。

 まだ発現してから日が浅いから完全にコントロールできていないのか、元々使いづらい能力なのか……龍の里では結構思い通りに使えていたと思うんだけど?


「スキルは己の心だ……」


 ウルドさんが俺だけに聞こえるように呟いた。


「え?」


「スキルとは自分の魂に刻まれる力、言わば心の有り様が表出したものだ。君のスキルの権能が鈍っているのは君の心にはまだ迷いがあるせいではないかな?」


 ウルドさんはそれだけ言うと口を閉ざす。

 迷い――

 確かに俺は迷っているのかもしれない。

 今回の事件……ダリアの話を聞く限り、人間を襲っているのは〝魔物〟ではなく〝魔獣〟だ。

 今まで、人間が一方的に魔獣や他種族を陥れる事件が多かった。

 それは人間以外の種族は自分のテリトリーを侵されない限り、他種族を害するという思考を持たないからだと思う。

 ダリアの群れも採掘に来る人間と争う事はせずに人間が採掘をしない場所を選んで生活していた。

 それが何故――

 魔獣と人間の争い。

 俺の夢をこの世界で実現するためには避けては通れない道だとは理解していたが、改めて感情が戻ってから目の当たりにすると考えさせられることが多い。


「ルイ、大丈夫? 顔色悪いけど?」


 リンが俺の顔を覗き込み、心配してくれた。


「大丈夫。少し考え事をしていただけさ。それよりコタロウ、何か感じるか?」


 俺は作り笑いを浮かべると話を逸らす様にコタロウへと周囲の環境を探ってもらう。


「う~ん……なんか感じる気がするんですけど、この辺りの土と鉄と魔力が混ざった様な匂いが強くてよく分からないんです」


 ここは魔力を多く含んだ土壌で多くの魔晶石が取れるそうだ。

 ダリアたちはその魔晶石を食べて生活しているらしく、一般的にはクォーツ リザードという種族だと図書館から帰って来たコタロウが教えてくれた。

 コタロウの知識の広がりにまたまた脱帽したことを思い出しつつ、俺はコタロウの報告を聞いていた。


「ここだよ!」


 不意にダリアが振り返り、大人一人がようやく入れるかという大きさの横穴を指さす。

 その穴の中にそそくさと入っていくダリアを追って、穴に入ろうとするウルドさんを俺は呼び止めた。


「ウルドさん、少しお話があります」


 ウルドさんは足を止め、俺の方を向く。


『コタロウとリンは先に行ってくれ。何かあったらダリアたちを頼む』


 俺はスキルで二人にそう伝えるとウルドさんと対峙する。


「何かな? 仲間たちを先に行かせてまでの話とは」


「ウルドさんはダリアたちをどうするつもりですか?」


 俺の問いにウルドさんはしばらくの沈黙の後に目を逸らす。


「それはどういう意味かな?」


「改めて、ダリアたちに危害を加えないと約束してください」


「――確約はできない。彼らが人間に危害を加える存在であれば、排除するのが私の役目だ」


 俺は身体を強張らせ、ウルドさんを睨む。

 ウルドさんは俺に再び、仮面を俺に向けた。


「最初にも伝えたが君の力を示すことだ。そうすれば私が介入することはない」


 ウルドさんはそう告げると穴を指さし、道を開ける。

 俺は意を決し、横穴へと入っていく。



「いつまで隠れているつもりかな?」


 ウルドは岩陰に向かって声をかける。


「幻影魔法を使って彼の目を欺いた様だが、私には通用しない」


「流石は三英雄ね。私もあなたを騙せるとは思っていなかったわ」


 岩陰から姿を現す真紅の影。

 その影をあたかも待っていたかのようにウルドは頷く。


「私としてはルイ君ではなく、君に話があったんだよ。――リンさんと言ったかな?」

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