April

episode.『04月05日(月)』



大人になれよと誰かが言う


二十歳を超えたら何かが変わる


大人になれると思っていた


世界が変わると思っていた


待っていたのは空虚な孤独


相も変わらず不変的な世界


変わったのは自分の方だった


否、変えさせられたのだ


社会へ放り込まれ


子供であることを許さないと


社会貢献という名の奴隷へ追いやる



      ※



親に頼る甘えなど自分にはない


誰かが都合よく助けてくれる


そんな英雄なんていない


自分だけが頼りだった


自分だけでなんとかしなければ


それが暗黙のルールだった


そういう環境で生きてきた


頑張って生きてきたんだ


誰かとか比べれば霞んでしまう


けれども息苦しくても


誰にも弱音は吐かなかった



      ※



結果で証明してきたんだ


物覚えがいい方だった


物分かりもいい方だった


何をやってもそれなりの結果


並よりは上にいる位置づけ


そしてそれが自分だと


証明してきた結果残ったのは


やはり虚しいだけの孤独だった


誰も褒めてはくれない


当たり前の一言で終わる


それでも上手くやれる自信だけはあったのだ



      ※



この先もずっと


どれだけ幸せな未来を想像しても


不変的で孤独な日常が続くのだと


もう先が見えてしまっている


今までがそうであったように


幸せを乞い願い


そのために生きようとも


報われることは決してない


誰かのために生きて


損ばかりだった


自分のために生きれば


周りから軽蔑の目を向けられる



      ※



何をしても所詮は過去の栄光


思い出となって消えてしまう


今を生きている者として


見なければならないのは未来


だからずっと頑張ってきたのだ


幸せに笑える未来のために


何もかもを耐えて堪えて


どんなに苦しくても


握りしめて離さなかった


自分の中に仕舞い込んだ希望の光


誇りとも言える大切なものだ



      ※



それを叶えるためであれば


どんな犠牲を払おうとも構わなかった


何もかもが削ぎ落とされ


手放せない夢だけが残った


目に見えないちっぽけな思い


笑われるからとひた隠しにしてきた


感情なんてとっくに消失した


それでもなお離さなかったのだ


自分が自分であるための理由を


生きてこられた心の拠り所を



      ※



これから先も


叶うことはないのだとしても


諦めることができなかった世界だ


どんな結末になろうとも


例えここで力尽きても


未練なんて何もないから


見切りをつけることは簡単だ


そんな覚悟があったから


本当に背水の陣だった


人生を賭けた博打だった


ここで生涯を終えてもいいように


命懸けだったのだ



      ※



そんな自分が胸の奥に潜んでいた


あなたの知っているその人は


本当にその人なのですかと


そう問われるレベルで


自分だけが知っている自分だった


人を一人知るというのは


月日が解決するものだ


それでも理解されることはない


そういうことの方が多い


その人の人生はその通りだった


理解者などいなかった



      ※



見限ることは容易だった


見限られるのも慣れたものだった


それが取り巻く世界の成り立ちだった


選ぶ側の人間ではない


選ばれる側の人間であるから


支えがなかったから


人であるかも疑わしいけれど


誰も本当の意味でその人を見なかったから


彼は遠くない未来に命を絶つのだ


それを自分だけが知っていた



      ※



自分が自分であるべき理由を


生きてきた理由をその意味を


踏み躙られる世界など不要だと


逃げの一手に走るのだ


誰も助けてはくれなかった


手を伸ばす側の人間だった


本当にそれを欲していたのは


自分の方だった


それを周りは知る由もなく


周りの変化に気づくのは


いつだって彼だった


彼一人だったのだ



      ※



人間関係には恵まれた方なのだと思う


酷い親を持ったのだとしても


反面教師の鑑として


こうならないための道筋を立てた


怒りを失い哀しみは増した


優しさを知ったのだ


心に根付いた苦しみが


誰かの気持ちに寄り添える


だから誰にでも手を伸ばす


求められた声に従い


無償の優しさを


貴方の笑顔のために



      ※



取り繕った自分を前に


いつも世界は残酷だった


周りは笑顔に染まり


自分も幸せを実感していた


仮初の幸せを噛み締めていたのだ


幸せになった気でいたのだ


報われることがないから


それで埋めようとしていたのだ


彼の幸せは夢の中にしかなかった


自分の理想の中で生きること


それこそが彼らしい姿だった



      ※



理想という夢だけは手放さなかった


ただ虚しいそれだけは


握りしめて離さなかった


憎き親を欺き


友が離れて行こうと


実らない恋に現を抜かしても


全てがそこにはあったから


それだけが孤独を癒してくれていた


自分だけは裏切らなかった


溢れ出す思いをそこに留めた


現実に侵されないよう


仕舞い込んだ



      ※



世界が不幸に染まろうと


社会が絶望を送りつけようと


最初から一人だったのだから


自分の世界だけは平和だった


何もしてくれなかった世界など


何も見てはくれない社会など


滅んでしまえばいいと思う


自分だけが頼りで孤独だった


夢だけが癒してくれた


それを生み出したのは紛れもない


自分自身だった



      ※



何もかもが失われていく世界で


自分だけは裏切らなかった


過去から今に至るまで


あの頃に抱いた誓いの何もかもを


手放すことはなかったのだ


誰も彼もが蔑ろにする思い出を


自分だけは手放さなかった


時が止まって取り残された


大人になれない子供の嘆き


凡人にさえなれないで


だから誰も認めてくれない



      ※



彼にはとても生きづらい世界だから


どんな野望を抱こうとも


誰かが力を貸してくれるわけでも


ましてや認めてくれるわけでもないから


そんな人が現れるわけもないから


彼が幸せになれることは決してない


何を身につけたところで


一人で頑張ってきた彼を


誰も何も見やしないのだ


それが彼の生きた世界だ



      ※



大人になれと言われても


誰よりも大人でありながら


誰よりも子供である彼には


どうしようも無い芸当だった


子供のまま大人になり損ね


変わらぬ人である限り


未だ大人に見えるだけの彼を


社会は紛い物として疎外する


その目は本当に確かなのか


疑わしいくらいに


世界は厳しく彼に当たる


お前は偽物だと



      ※



報われるために頑張った


幸せのために今を賭した


命を賭けて世界に抗った


自分を磨き続けた


困っている人を見かけたら


見て見ぬ振りをすることもなく


笑顔と優しさを振り撒いた


言葉足らずに生きる彼を


言葉で表すのも難しい


形容し難い彼を言い表せるのは


只々孤独に身を置いた


素直な子だということ



      ※



貴方は知っていましたか


彼の笑顔が愛想笑いであることを


その自然体の姿奥底に


ひたすらの悲しみが含まれていたことを


仕草一つ一つの全てに


悲しみが潜んでいたことを


貴方は気づいていましたか


知ろうとしていましたか


貴方の知っている彼は


貴方の知らないその人ですよ


彼の笑顔は偽物なんですよ



      ※



辛い時に辛いと言えない


貴方の悲しむ顔を見たくないから


何も言わずに笑っている


いつも通りでいる彼は


貴方の笑顔を守るために


言葉を封じ込めたのです


戯けてばかりいたのは


そういうことなんですよ


奥底に沈めた彼の弱さを


隠すための演技だったのです


貴方はきっと気づいていなかったんでしょうね



      ※



言葉を封じ込めたのは


誰も彼の言葉に耳を傾けないから


彼に寄り添うことを


彼以外の誰もしようとはしなかったから


彼だけが優しかったのです


彼だけが孤独を知っていたから


彼は言葉にすることを諦めた


彼は言葉を欲していたのではない


彼はただ愛されたかっただけなんですよ


彼は寂しがり屋なんです



      ※



貴方に伝えたかったのは


彼が生きた思いの全てです


誇張や脚色なんて何もない


ただ事実だけを並べた彼のことを


死にゆく彼の笑顔の訳を


貴方に知っていて貰いたかった


誰も彼の何も知りはしない


こんな戯言に意味はないと思うでしょう


それでも今一度問うてみたい


貴方は本当に彼を知っていますか



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