第九話。耶摩。
僕の影、いや、奴の影が男の身体を覆う。
恐怖におののく男の顔。よく見れば何処と無くここの奥様に似ている。
ここにこうしているのだ、当然血縁者であっても当たり前なんだろうけど、それにしても。
『ん? もう終わりか? もっと楽しませてくれるかと思ったのだがな』
そう、奴が言う。
完全にひっくり返っている僕と奴。
前回はほとんど記憶がなかったけれど、今回は違ってた。僕の心が残っているにもかかわらず、身体が完全に裏返っている。
ふさふさの黒い毛に覆われて、耳を立て、口には牙。
身体の感触はわかる。
自由にできないだけ、だ。
まずい。
このまま奴が男を食えば、僕にもその感触が伝わるかもしれない。
流石にそれは勘弁してほしい。
……おい! どうするつもりだ?
『ああ、起きていたか小僧。まあ黙って見ていろ。悪いようにはしないさ』
こんどは僕が黙っていろと言われる番だとでも言いたげに、奴はそう言い放った。
僕の心はいつのまにか身体を離脱して、自身を俯瞰して見ていた。
月明かりだけが眩くあたりを指し示すそこに、真っ黒な『猫』が立っている。
そう、二足で立つその姿は熊とも間違えられそうだ。逆立つ耳が尖ってなければ熊にも見えるのだろう、そんな生き物。
あれが、僕、なのか……。
初めて見るその姿に幻滅し、やっぱりなんとしてもこの状況を打破したい、そう決意する。
しかし……。
ぐわっと口を開く奴。そして一気に男を飲み込み。
吐き出した。
吐き出されたその男はグッタリとしゃがみこみ、そして、沈黙した。
「ああ、ぼっちゃま!」
走ることなんてできたのか? みどりさんが精一杯の駆け足で近づくとその男に抱きつき、こちらを向いて懇願する。
「全てわたしが悪いのです。ですからどうか、命だけはお助けを……」
ああ。この人はやっぱり全てをわかっていたのか。そう思う。この男を庇って僕に全てを忘れて帰れと、そう言ったのか。
奴、
『まぁ。いいさ。美味かったぜ、そいつの狂気と恐怖』
そう言い放ち、消えた。
僕の心はその瞬間自身の身体に引き戻されたと思うと、そのまま意識を失ったのだった。
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