p13.待ちに待った日
さてさて朝です。
今日はとっても大事な日。
待ちに待ったあの日!
ヴァージル・ミカル・チチェスターとの婚約破棄&断罪日です!
わーい、楽しみ!
もー、準備大変だったのよ。主に、調査を担当した人々がね! あと、私の中のツッコミ係がね!!
おかげで、一ヶ月かかっちゃったけど、まぁいい感じに準備できたわ。
あとすることと言えば。
「おはようございます、ジセリアーナ殿下。朝食はいかがなさいますか」
おっと、侍女が入ってきた。
彼女はこの一ヶ月の間に入れ替わった侍女の一人。名前はコーネリア。栗色の髪を一つに纏めた、20代の優しく頼りがいのある女性だ。
そもそも、あの日から入れ替わっていない侍女がいない。ララさえいない。そもそも侍女頭が王女専属なのがおかしい話だったしね。
だから侍女説得作戦は、成功も失敗もしなかったという結果に。けっこう頑張ってたから、ちょっと悲しかったな。
まぁ、最終結果さえ良ければいいのよ。最後にいい人生だったと後悔なく死ねれば。
私は、部屋で軽く朝食をとると、湯殿でガッツリ磨いてマッサージがてら香油を塗り込んでもらい、この日のために用意させた
鏡の中から私を見返したのは、久しぶりに見た『ジセリアーナ・フィア・ダビィスレイア』。
広角をあげ、侍女たちが礼をする中、部屋を出る。
さぁ、戦闘開始よ。
◆
王城の会議室に集められたのは以下の面々。
財務大臣のバーント・ネビル・チチェスター侯爵。
その長男グルヴェル・ヨナン・チチェスターと、次男のヴァージル・ミカル・チチェスター。
財務部会計課 課長のジネヴラ・イェフォーシュ男爵。
宰相であるマルク・ロベルト・ホーカンソン侯爵。
王太子執務室 執政官のセバスティアン・テオドル・ツィーグラー伯爵。
ダビィスレイア王国 国王ユリウスと、正妃シエナ。
第二王女リスティナと第一王子セスティン。
そして私、第一王女ジセリアーナ・フィア・ダビィスレイア。
あとは各々の側近や下官、侍従、侍女など。案外人口密度の高い空間になったわね。
ちなみに私のそばには、文官のコルギ氏とメルネスに来てもらったわ。とおる君は執政官に取られちゃったのよ。まぁ……優秀さ半端なかったから目をつけられて当然だし、あの鬼に勝てる気しないし。
執務室に戻ったら返してもらうわ。
あ、侍女のコーネリアにも、いてもらってるわよ。他の侍女たちと一緒に壁際にね。
それにしても、会計課のイェフォーシュ男爵は顔色が悪いわね。まぁ、席についている中では一番浮いてるものね。仕方ないか。
「さて、これより『第一王女殿下のご婚約について』と、それに関する諸々の問題についてを話し合います。今回の進行は私マルク・ロベルト・ホーカンソンが承ります」
宰相が立ち上がって礼をすると、まず財務大臣のチチェスター侯爵が手を上げた。
「『ご婚約について』とありますが、我が息子ヴァージルと第一王女ジセリアーナ殿下とのご婚約解除のお話で間違いございませんか?」
「第一王女ジセリアーナ殿下と、チチェスター侯爵が次男、ヴァージル・ミカル・チチェスターとの婚約に関する話で間違いございません」
人名の前後を入れ換えた返答に、チチェスター侯爵は納得したのか手を下ろした。
そこに王が口を開く。
「さて、二人の婚約解除に関する話であるが、これは、王女ジセリアーナの方から嘆願があった。間違いないな?」
王の目線が私の方に来たので、頷く。
「間違いございません。婚約期間において、わたくしはチチェスター侯爵子息に不遇をいただいておりました。もはや婚約の破棄しかないと考えております」
その言葉に不服が上がる。
「不遇をいただいたのは、私の方です。何度行っても会ってもらえず、会えても罵倒ばかり。この場で申し上げますが、あまりの所行でございました」
悲しそうな顔で、手を上げたのはヴァージルさんだ。
もう、私の中では『さん』付固定だし、外向きは『チチェスター侯爵子息』だし、顔だってあー、こんなだったっけ? って感じだし? この頃は書類の中でしか見てなかったから、本の中の登場人物感覚だなぁ。
「王女殿下、まことですか?」
「わたくしの言った不遇には証拠がございますので、これに」
その返しにヴァージルさんは、え? という顔をした。
「わたくしのここ一年ほどのスケジュール表でございます。チチェスター侯爵子息から面会の予定が入った日は一度もございません。代わりにこの日に来るのではないかという予想日が書き込まれております。さて、こちらはこの一年チチェスター侯爵子息がおいでになった日の記録でございます。何れも当日、それも前触れもなく当人がおいでになり、面会をお求めです。何れも予想とは外れており、すでに別の予定で不在の日も多くございます。そうでなくとも当日その場では大した用意もできておらず、急いで場を整え、お出迎えした時にはすでにお帰りになられたあと、という状態が続きました」
すらすらと説明しながら、資料を示す。
ある者はぽかんと見ているし、ある者は顔をしかめている。
はい、ヴァージルさんの常識欠如の証拠です。もちろん……
「婚約期間すべてのスケジュールと面会記録を提出する用意ができております。だいたい、婚約後半年からこの状態であるのがわかると思います」
追加すれば、ふむ、と宰相が唸った。
「ふむ……。婚約者でなくとも、相手の予定を聞くことは、当然の事かと存じますが……」
「左様。しかし、罵倒というのも気になりますな」
宰相の疑問に執政官……いえ、ここはツィーグラー伯爵という方がいいのかしら。彼が、首をかしげて続ける。
私はそれに神妙な顔で答えた。
「どうやら、前触れを出してくれること、予定を聞くことを強く抗議したようでございます。かなり興奮したようで記憶が曖昧なのですが、侍女の記録によればかなりキツい言い方をしたようで、大変に反省しております」
一瞬それみろという顔をしたヴァージルさんは、私の態度に驚愕を浮かべた。私が謝るとは思ってなかったんでしょ? 残念でしたー。
王がこちらに施政者の顔を向ける。
「なるほど、言葉には気を配らねばな」
「はい、申し訳ございません」
素直に王に向けて頭を下げる。不甲斐ない後継が、前任者に詫びる形だ。
侯爵子息には下げないし、下げられません。求められてもないようだし。驚愕で頭が回ってないのね。
次に声を上げたのは、またツィーグラー伯爵だった。
「これが、婚約破棄の理由にございますか? これなら反省と改善を求める程度でなんとか……」
「いえ、これはわたくしと侯爵子息との状況を示したに過ぎません」
顔に疑問を浮かべる彼らを置いて、次の資料を取り出した。
「こちらは、この一年ほどの侯爵子息の登城記録でございます。王城の正規のものですが、何れも登城理由は、婚約者であるわたくしに会うため。しかしこちらの実際に面会を求めた記録をご覧ください」
実際の面会記録は、もちろん先の話題のものそのまま。それに対して、間違いの指摘は出なかった。
つまり、暗に真実であると承認されたもの。
「明らかに登城した日付より少なく、また、実際に面会した時間よりも滞在した時間が長ぅございます。さて、この時間、侯爵子息にはどちらで何をしていらしたのでしょう?」
ヴァージル・チチェスターは固まった。
「……つまり、登城記録の偽造ですか」
ぽつりと伯爵の落とした言葉に、反射的に違います! と侯爵子息は叫ぶ。
「確かにどの日にも、ジセリアーナに会いに行きました! けれども会えなかったのです。会えなかったと言うのも気まずいので、いつも城を一周してから帰っていました。ややこしいことをして、申し訳ありません」
立ちあがり訴える侯爵子息を、感情を圧し殺した目で見た。
「つまりこちらの、王女殿下の面会記録が間違っていると」
「はい」
即答する彼に、ため息がこぼれた。
「でしたらこちらは、どう思われますか?」
「は?」
証拠がこれだけな訳がないでしょう?
こちらを、と言って取り出してもらったのは、後宮への出入り記録。取り出したのは王の側近の一人、後宮を管轄する人だ。
「第一王女殿下の部屋のある東花宮を含む、後宮への出入り記録一年分です。ご存じの通り、後宮は王や王妃を含む王位継承者とその配偶者のための区域で、出入りには厳しいチェックが入り、記録がつけられます。リスティナ王女やセスティン王子でさえ、ある程度簡易化されているとはいえ、きちんとチェックを入れております」
後宮には王とその配偶者、第一王位継承者とそのそれぞれの子で10歳以下の者のみが住む、と決められている。リスティナとセスティンはそれぞれ別の場所に部屋を持っている。
このしきたりは、王の血を絶やさない工夫のひとつらしい。
「この出入り記録は、わたくしの面会記録と合致します。不在のためのお断りも含めてです。わたくしの詳しいスケジュールはわたくしの周辺にしか知られておりませんので、予約なく面会しようとするなら、ここまでは最低限来なくてはなりません。侍女との取り次ぎにも、ここまで来なくてはなりませんから。また、そこまでの道行きで面会を断られたと言われたのでしたら、調査いたします。わたくし以外に第一王女の婚約者との面会を断る権限はございません」
顔色の悪いヴァージルさんに向かって、三つの表を分かりやすく示してやる。
この日とこの日。この日とこの日。こちらは登城記録のみで、面会も出入りの記録もない。
面白いようにこちらの記録だけが合い、登城記録だけが合わない。どちらも公式の記録なのになぜ?
「こ……んな……。む……無理やり記録を合わせたのだろう! 違いない!」
気色ばむヴァージルさんだが、そんなことに意味があるのか?
「たとえわたくしの方の記録を、後宮の出入り記録に合わせたのだとしても、面会の事実がなかったという真実に違いはございません」
「……」
今度こそヴァージルさんは黙った。
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