悪役王女ジセリアーナの企み~無様に死にたくないので、妹は死なせません!~

三田部 冊藻

p1.プロローグ

 目が覚める。

 あれ? ここどこ。


 私がいる場所は、ベッドの中だった。寝転んだまま、辺りを見渡す。


 お姫様みたいに天蓋のついた、豪華で広いベッド。天蓋の内側には、星や月を図案化した見事な天井画がある。

 天蓋の布は、薄いピンクで、本当にお姫様みたいだ。右手側から、開口部の大きな窓らしい光が溢れてきている。


 見覚えのない場所。どうして、ここにいるんだろう。

 なんか頭がいたい。寝過ぎたときみたいな鈍痛がする。うまく頭が回らない。


 私は、左手で頭を押さえる。

 そこに違和感。


「……私の髪はいつからこんなに柔らかくなったの」


 しかも長い。手櫛でたぐって、ひと房持ち上げてみると、そこには真っ黒な頑固ストレートが見えるはずが、ふわふわの淡い金髪ウェーブになっていた。あるぅえ?


「なんで金髪。なんでふわふわウェーヴィー。いや、ホントここどこ」


 私は寝ぼけ眼を見渡して、ここが本当に見当もつかない場所だと思った。こんな、お金持ちそうな場所、知らない。

 血の気の引く音が聞こえた気がした。



 おかしいな、私、登校中で、それで。



 はた、と気づく。


 横断歩道を渡っている最中に現れた暴走車。

 椅子に体を預けたままの運転手に意識はないように見えた。

 反射的に逃げようとする私の足を、何かが引き止める。

 なんで、こんなときに靴紐が解けているの!

 焦ってうまく進めず、私は暴走車から逃れられなかった。

 迫るボンネット!


 あり得ない音がして、周囲が暗転する。



 ――私、死んだんじゃない?



 ってことは、ここは死後の世界? 天国? 確かに豪華だけれど、天国よりは、なんか感触あるし、俗物的な気がするんだけど。

 私はまだベッドに身を預けたまま、天蓋の布を軽くめくって、辺りを確かめた。


 窓側には、よく磨きあげられた床とチェストが見える。その上には水差しとコップと呼び鈴。高級ホテルって、こんな感じなのかな。泊まったことないけど。

 反対側には落ち着いた色の木のタンス。もう少しめくると、足元側にドアがあるのが見えた。これも、重厚そうな木製。


 私はやっと、ベッドから体を起こし、水差しからコップに何度か水を汲んだ。けっこう喉が乾いていたらしい。


 ベッドから降りる。


 窓の外を覗いてみようかと思っていたのだけど、その前に気をとられた。


 そこにあった、鏡台に。


 アンティークな雰囲気の鏡台には、布がかけられているが、かけられているからこそ鏡台としか思えない。その布を手に取った。


 この、ふわっふわの金髪ウェーブが、自分の顔についているとは考えられない。ついていたとしたら、違和感程度では終わらないだろう。


 ドキドキする。


 鏡台にかけられていた布を取り、鏡の中を覗き込む。


 そこにいたのは、キラキラと光る淡い色の細い金髪をふわふわと長く伸ばして、大きなヘーゼルの瞳を溢さんばかりに見開いた、絶世の美少女だった。白い肌が、青みがかっていて、少し具合が悪そうだ。

 その姿に息を飲む。


 驚きは、綺麗だ、という理由からだけじゃない。なくはないけど、でも、


 なんだこれは。別人じゃないか。


 私は純日本人だぞ。一般の、ごく普通の女子高生だ。ちょっと、乙女ゲームにハマってるぐらいの、本当に普通の。

 黒髪黒目の標準的な和顔。それが私のはず。

 

 なんだこれ。ドレスみたいな寝間着まで着てるし、本当にお人形かお姫様みたい。

 しかも、この色合いじゃ、今やってる乙女ゲームの悪役とお揃いじゃないの。


 乙女ゲームの、悪役王女の。


 そこで、私の中に、15歳の少女の記憶が


 の、ダビィスレイア王国、第一王位継承者、ジセリアーナ・フィア・ダビィスレイアの記憶が。





 

 王宮の中を、早足で歩く。


 淡い緑で彩られ始めた木々や、美しく囀ずる小鳥さえ、今は鬱陶しい。


 なぜ、この王位第一継承者たる、わたくしが、侍女ごときに舐められなくてはならないのか。

 この、ジセリアーナ・フィア・ダビィスレイアが!


「お茶を持ってくるだけで、どれだけかかってるのです。10数える間に持って来られないなんて、信じられませんわ。しかも、それだけ待たせておいて、あんな熱湯を飲ませるなんて! わたくしを殺す気なのかしら」


 俯いて、顔を蒼白にさせている少女の顔を思い出す。見ない侍女だった。明らかに新人。

 まだ、なにも知らない純朴を装った顔は、ただただムカつくだけで。


 その顔に、淹れられた茶をぶつけてやった。


 不様に顔を被い、這いつくばる様は、とんでもなく滑稽で面白かったが、耳をつんざくような叫び声が、いつまでも残って、不快でならない。


 あまりに目障りで下がらせたが、溜飲は下りなかった。


「本当に、わたくしを何だと思っているの」


 おかげでイライラは治まらない。


 ああ、ムカつく。

 あの侍女だけじゃない。他の侍女も、侍従も、側仕えも、話し相手の令嬢たちも、社交界の貴族たちも、父王も、弟も、婚約者も!

 みんなみんな、わたくしを見る目は、ガラスのようだ。


 口元は柔らかく微笑んでいても、その目には何も映していない。

 それがただただイラつく。


 けれども、もっとイラつくのは、唯一わたくしを、ガラスの目では見ない存在。


 わたくしの異母妹、第二王女リスティナ。



 彼女の目に映るのは……――憐れみ。



「ぐぅ……っ! なんで……何でなの……!」


 思い出しただけで、腸はらわたが煮えくり返る。足運びが荒くなり、王女にあるまじき音が鳴る。

 このわたくしを、下に見ているあの瞳。


 聖属性持ちという稀な存在だからと、図に乗っているのが見てとれる。


 次の王になるのは、わたくしよ!

 何故なら、この国では、後を長子が継ぐのが正統なのだから。男の弟ではなく、聖属性持ちの異母妹でもなく、わたくしが、この国を継ぐの!


 そのわたくしを、下に見るなんて!!


 右手に持っていた扇を、壁に打ち付ける。


 早足で歩いていた勢いのまま、その辺りに打ち付けた扇は、半ばから折れてしまった。

 名のある職人の最高傑作らしいが、こうなってはゴミ屑同然だ。


 その場に棄て、足で踏み潰し、進む。


 向かっているのは、中庭のガゼボあづま屋

 母が生きていた頃の、お気に入りの場所。


 あそこに行けば落ち着ける。

 ドレスを軽く持ち上げ、急いだ。


 早く早く、穏やかな気分になりたい。

 母のような、暖かな心地に包まれていたい。



 しかし、その場所には辿り着けずに終わる。



 先客がいたのだ。

 しかも、最も歓迎のできない客が。


 ガゼボの中で動くのは、二人ぶんの影。


 片側は、わたくしの婚約者、侯爵子息ヴァージル・ミカル・チチェスター。

 そしてもう片側が……


「リスティナ……!」


 わたくしの憎き妹、リスティナ・フィア・ダビィスレイア。


 その二人が、わたくしの大切なガゼボの中で、楽しげに笑っていた。


 わたくしの婚約者と、憎い憎い妹が。

 わたくしの大切な場所を、会瀬の場にして戯れている。


 わたくしの所持品たる婚約者と、諸悪であり敵である妹が。

 わたくしの大切な大切なあの場所を。



 笑顔で汚している。



「ぅ……ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」



 わたくしは、髪飾りを引きちぎるように、髪を乱して叫んだ。

 目の前が真っ赤になって、頭蓋が奥から煮えたぎるようだった。


 ありったけの、肺の中の空気を使って声を出したが、頭を冷やすのには、なんの足しにもならなかった。

 腕を振り回し、見えなくなった周囲を探っても、何もわからない。何も、何も。



 どうして、何もかも、うまくいかないの!




 そのうち、わたくしの意識は何の前触れもなく途切れた。





 ◆ 




 なによこれ。


 本当に、乙女ゲームの悪役王女になってる。



 転生? 悪役に? 小説か。



 私はその場に蹲り、頭を抱えた。



 

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