第39話-窮地④

「ば、バース……トラインじゃなかったのか!?」

「さっきも言ったはずだ。ワタシはバースという名前だとな。まあ、“こいつ”が相当に貴様らを憎んでいたのでな、少し力を貸したまでのこと」


 “力を貸した”──その言葉が意味するところは“取り憑いた”と考えるのが妥当だった。


「バース、トラインからいってくれねぇか? そうでなければ無理矢理に出ていってもらうだけだけどな」

「はっ、笑止千万! 断じてそのようなことは有り得ない!」


 グラルは最後の通告をして、バースがそれを断ったのをきっかけにグラルは動いた。


「【疾風迅雷】!」


──アイズを助けることよりも先に全滅することなどあってはならなかった。

 だからこそ、グラルはバースを倒すことを優先したのであった。




「【賢者】のくせにその程度か? なあ、【賢者】?」

「賢者賢者うるせぇな……っと!」


 バースの攻撃は相手を掴んでから攻撃をするといった戦法であり、掴まれてしまっては必ずと言ってもいいほど攻撃を受けてしまう。だからグラルはバースの手首を掴んで横へいなした。


 するとバースは反対側の腕をグラルへと伸ばしてすぐに引っ込める。──つまり、フェイントだった。


「何っ!?」


 するとすぐにグラルの右側からバースの左足が飛んでくる。


「ぐぅあっ……っっっ!」


 グラルはバースの攻撃を横腹に受けてしまったために、真横へと吹っ飛んでしまった。


「がっ、げほっ……!! げほっ!」


 グラルの口から血と血の混じった唾が吐き出される。相当に内臓へのダメージが大きかったようで、咳こみがなかなか止まってくれない。


「やはりその程度で終わりのようだな! くははははははははは!!」

「ぐっ……」


 バースは両手を広げて高らかに笑った。




※※※




(わ、私は……どうして、ここにいるんだろう?)


 アイズは気がつくと、草原のような場所に立っていた。風がせせらぎ、生きていることを誇示しているかのように草の香りをアイズの元へ運ぶ。

 しかしその香りはすぐに鉄の匂いに変わってしまう。景色も一変して空と草の色が赤や褐色に変化していた。


──植物であるはずなのに、“鉄”の匂いがする。


──辺り一面“緑”の世界が赤く染まっている。


 そのことでアイズは自分が窮地に陥っていて、そこへグラルが助けに来たことを思い出した。


(それじゃあ、この赤色の世界は……何だろう?)


 アイズを取り巻く状況から、その答えも自ずと見えてくる。


(そう、なんだ……。私、死ぬんだ……)


──アイズの心がぽっきりと折れてしまう、そんな時。




「アイズ! 【加重魔法】を使えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」




 グラルの叫びがアイズ折れかけた心を呼び戻すこととなる。

そして答えは当然──


「うん! 【加重レベル3】!!」

「……いけっ!【部分積分】……!」


 グラルもうつ伏せに倒れ伏したまま、同時に【部分積分】を使い、「アイズの【加重魔法】の威力」と入力してアイズを影から支援する。

──その結果、アイズの周辺がくぼんで、アイズを覆っている蔦は空間の歪みから崩壊を始めた。




「何!? 蔦が崩壊した、だと!?」

「今の私の気持ちを分かってもらうつもりはないけど……もう私も我慢の限界。トラインの中から出て行ってもらうよ!」


 アイズは怒っていた。普段の姿が温厚なアイズだとすれば、今のアイズの姿はさながら裁きを与える正義の執行者のようだった。


「【加重レベル4】!」

「ぐぅっ……! クソッ! 【堕ちた勇者】がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「まだ出て行く気にならないの? 【加重レベル5】!!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


──トラインの身体が圧迫されていく。

 しかし、アイズもしっかりと加減をしていて、トラインの身体を潰さないようにバースへ攻撃を与えていた。


「くっ、許さんぞ! ワタシはこんなところで終わってはいけないんだ!!」


 瞬間、トラインの右手の平から白い光の粒子が外側へ逃げようと上へ流れ出した。すると水面に揺れた五芒星のような刺青模様がさっぱりと消え去る。


「なっ!」

「グラル……多分、あの光がトラインの身体を操っていたんだと思う」

「何だって!?」


 グラルの顔が驚きの色に染まった。

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