第35話-二つの面影

 アイズは先程までのグラルの表情に対して何故あのような表情をしたのかが分からず、頭を悩ませていた。


 アイズは最初、馬鹿と言ってしまったことに驚きの表情を見せたのかとも考えていたが、直感的に違うと判断して首を横に振った。


(でもグラルは、“馬鹿”という言葉に反応してたし……前世で何かあったのかな? 元々頭がそこまで良くなかったとか)


 アイズの予想は実際とは全く異なるものであるが、“前世で何かあった”という点はあながち間違ってはいない。


(うーん、グラルのあの表情が気になる……!)


 恋する少女の思考は一方向に偏りがちというものだが、アイズの場合は残念なことに偏りのベクトルが少しだけ異なっていた。


 そのとき、アイズの目に一枚の紙切れが止まった。


(ん?何……これ!?)


 その内容を見た途端、アイズの顔は怯えの色一色となっていた。




※※※




「危ねぇ、アイズと由香里を重ねちまうところだった……!」


 グラルは寮の自室へ戻ると、ドアをぱたんと閉めてそれに背中を預けた。

 簡単に言えば、グラルは酷く困惑していたのである。


 自分の恋人であった由香里にはもう会うことは叶わないことであると知っていながらも踏ん切りがつかず、どこかで哀愁と後悔の念を持ってしまっているのだろう。


(っ……! 由香里は今、どうしてるんだろうな……!)


 グラルは軽く自己嫌悪に陥って、遠い地にある日本という国に住む由香里へと思いを馳せた。




※※※




 その頃、日本に住む由香里は一也が転生していることについて全く知らないまま、26歳にまで成長していた。

──しかし、一也の死からそれっきり恋人を作らず、四年制大学を卒業して仕事に就いていた。


 仕事を始めてから4年目にして、収入もそれなりのものであった。周囲の人からも信頼を置かれており、地道に出世を続けていた。


 仕事の内容は大手建設会社での設計関係の仕事だった。


 一也の死で最初こそジェットコースターを恨んだ由香里だが、それを糧にして「安全にアトラクションを楽しめるように自分が貢献したい」と思ったことをきっかけに、数学と物理学を中心に死にもの狂いで学んだのだ。


──その結果、己の努力が実を結んで出世を続けていた。


(あのときの“声”は一体なんだったんだろう……)


 由香里はふとした時に、ジェットコースターが下降するときに聞こえた“謎の声”について思い出すことが多々あった。


──“その願い……聞き届けましょう……!”


 この声が何度も何度も頭を過ぎるのである。

その度に一也のことを思い出すのだが、由香里は泣きたい気持ちを押し殺して自分の仕事に励むことでそれを忘れようとした。



「っ……! もう、やだ。やだよ……一也ぁ」



 心のダムも涙を塞き止めることが出来ない程に涙で溢れ返っていて、ある日の朝を境にそのダムは決壊した。


 涙を堪えることも出来ないくらいに涙が溢れて止まない。そして涙とともに今まで押し殺してきた感情が渦を巻いて溢れ出る。


「ううぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」


──朝から大号泣した由香里は急いで涙を化粧などで顔を取り繕ってから出勤した。




 由香里が会社に到着すると、女性の仕事仲間から自分の顔について散々言われていた。


──曰く、“酷い顔をしている”と。


 誰も由香里の心の内について知る者はいないが、悲しいことがあったのだろうと一目で分かるとも言われていた。


「はあ、仕事を頑張らないと……」

「水谷さん! 今日はいいから、帰って身体と心を休めなさい!」


 丁度、由香里の後に到着した由香里の上司の先輩が半ば命令のような口調で伝えた。


「え? で、でも……」

「あなたの顔、本当に酷いわよ? 私から上に伝えておくわ。倒れられても困るし、休みなさい!」

「は、はい……」


 そして由香里は自宅へ戻り、眠りについたのである。



──“アイズ! 今助ける!!”


──“くははははは! この蔦から【堕ちた勇者】が脱出できるはずもない! 勿論貴様もだ!!”


──“いくぜ、【部分積分】!”


──“うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!”


──“小癪なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!”


 由香里の頭の中に“ある光景”が映し出される。一人の少女を──少女を覆う蔦から少年が助け出そうとしている、そんな光景。


(積分って、なんか……一也みたい。プッ、ハハハハハ!)


 由香里はそこに映し出された少年がどこか一也のように見えてしまい、懐かしさがこみ上げてくると同時に気がつけば心から笑っていたのである。


だか知らないけど、この夢を見せてくれてありがとう……)


 そして午後になって目を覚ました由香里の表情は晴れ晴れとしたものであった。

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