第25話-グラルの受難④

「ねえグラル、あれって……」

「動物の体細胞の構造、だよな? 細胞壁がねぇし……」


アイズがグラルに小さめの声で話しかけた。

グラルもアイズと同じ感想を抱いていたようでそれに頷いた。


「分からないのか~?」

「い、いえ! こ、これは動物細胞の体細胞でしょうか?」

「残念、はずれだな。これは核というんだがなぁ~なんでも生物を構成するものらしい。歴史がまだ詳しく解明されてないから詳しくは教えることができないんだがなぁ~」


((か、核ぅ!?))


「う、嘘だろ!? それは明らかに細胞の構造じゃねぇか! ミトコンドリアとかはどうした!?」

「インテグラぁ~! 何か言うなら立って言え~」


 グラルは細胞そのもののことを核と呼んだファンクに思わず驚きの声をもらす。

 それをファンクに指摘されたグラルは急いで口を閉じた。


「それじゃあインテグラぁ~! そのミトコンドリアとやらについて説明してみろぉ~!!」

「げっ……」


 ファンクがグラルの口から発された聞き慣れない言葉について尋ねるとたちまちグラルは嫌そうな顔をした。


 グラルにある程度の生物学の知識はあれど、それは高校生で習う“生物基礎まで”であり、その先までは習ってはいなかった。


 だから完璧に答えるには些か知識の不足があったために口ごもったのである。


「そう嫌そうな顔されてもなぁ~こっちも教える側としてお前らの頭の中を知っておく必要があるんだよなぁ~だからグラル、話せぇ~!!」

「絶対に嘘じゃねぇか!!」

「あ゙ぁ゙~!?」


 グラルは敬意の欠片もない、聞く者によっては怒ってしまいかねない言葉が口から外へ出てしまっていた。

 ファンクのこめかみには皺が寄っており、普段とは異なる鬼のような形相となっていた。


(うっ……怖ぇな)


 グラルはそう思わずにはいられなかった。

 ファンクに鬼の角はないが、幻視できてしまうくらいには皺が寄っていたのである。


「み、ミトコンドリアは動物の呼吸に欠かせない細胞小器官です。細胞内共生説によって元々は異なる生物同士だったと言われています。酸素の取り込みについては──」


 【物理学の勇者】であるはずのアイズが何故か生物学に関するミトコンドリアについて語り出していた。グラルへの助け舟なのかもしれないが、それが空回りしてしまっている。


「なるほどなぁ~俺とお前ら二人の認識に齟齬があるようだが、それ置いておこう。話を戻すとこれは核といって、全ての生物を構成する素となる“粒”であると歴史研究家たちの調査の末に発表したといわれている」


 ファンクの授業を聞いてやはり、と言うべきかグラルとアイズは小声で話していた。

 幸いなことに、ファンクは授業中の相談を容認していたのでこれが災いすることはなかった。


 他の生徒も分からない部分などを小声で相談していたので、グラル達が特に何か言われることもない。


「なあ、アイズ……やっぱ俺らの知識と違くねぇか?」

「う、うん。そうだよね……核は中央の丸い部分のことだし」

「なんで齟齬があるのか、それが謎なんだよな」


 その謎が解決することもなく、気がつけばチャイムが授業の終わりを告げていた。




※※※




 一日の授業は全部で六時間あり、午前の間に四時間分の授業が終わる。


 そして今、グラル達にはランチタイムに相当する休み時間が訪れていた。


 グラルとアイズは学院内に設置されているカフェテリアで昼食を摂っており、授業の内容と転生者の認識の齟齬について互いに情報を交換して考察をしていたのである。


──そして話は変わり、クラブの見学について二人は話をしていた。


「なあアイズ、歴史研究部の見学ってどこでできるか知ってるか?」

「どこかの教室だとは思うけど、具体的には分からないなぁ……」

「あとでファンク先生に聞くしかねぇか」


 そのように話しているとふと、二人の座る席を遠くから見るような視線があった。

 特にアイズに視線が集まっているが、対面に座っているグラルにも侮蔑とまではいかなくとも、奇異の目を向けている者が多くいた。


──“なんだあいつ。【堕ちた勇者】と一緒の席で食事をとるとかどうかしてるだろ。”


──“ほんとだよな。こっちにまで災いが飛んでこなければいいけどな……。”


 小声で噂話をする者もおり、敢えて聞こえるようにしているのか、小声という範疇を超えて耳をすませば聞こえるというレベルの声量で話していた。


 アイズは悔しさで泣きそうになるが、ぐっと涙をこらえて何も言わなかった。


「静かにしろよ。せっかく飯を食ってんのに不味くなるから小声で話すぐらいなら別の場所でしてればいいじゃねぇか」


 グラルは「飯が不味くなる」というのは建前で「アイズに対する態度に我慢ならない」というのが本音だが、周りの嫌味ったらしい行動を非難した。


 直接的に言うことはグラル的にははばかられるようである。


「おいお前! 噂話の何がいけないんだよ!!」

「噂話ってのは本人に聞こえないから“噂話”なんだろうが。アイズに聞こえている時点でそれは噂話じゃねぇんだよ!!」


 グラルは怒りを露わにして言ってのけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る