第五章:白き流星とグラファイトの少女/03
「じいや」
出くわしたその人物、黒いスーツを着た老人に、潤一郎はニッコリと嬉しそうな笑顔を向ける。
――――じいや。
潤一郎がそう呼んだ黒いスーツの老人は、彼にとってまさにそう呼ばれるに相応しいだけの存在だった。
背丈は一六四センチと男性にしては割に低めで、歳は確か今年で七二歳だったか。髪は黒く、あまり白髪は見られないが……頭頂部は髪が抜け落ちていて、少し薄い禿げ気味な感じだ。
皺の寄った顔に浮かべる表情は温厚そのもので、まるで可愛い孫を見るような視線を潤一郎に向けている。
…………実際、三島にとって潤一郎は孫も同然だった。
若かりし頃よりこの篠崎家に……現当主の篠崎十兵衛に仕えてきた彼は、潤一郎の誕生以後は彼の世話役を担っていたのだ。
家を留守にしがちな父親や、早くに亡くなった母親よりも潤一郎と接した時間はずっと長く。彼のことを生まれる前より知っている三島は、潤一郎にとって最早親同然。実の親よりも親らしい、篠崎潤一郎にとって、この三島という執事は……そんな存在なのだ。
潤一郎が幼い頃は、三島にヒーローごっこをして遊んで貰ったり。時には木登りをして、登ったは良いが降りられなくなってしまった彼を叱ったり。物心ついてから今日まで、三島との思い出は数えきれないほどある。
三島は潤一郎が喜べば自分のことのように喜び、彼が悲しめばそれ以上に悲しみ。悪いことをすれば実の親のように彼を叱り、潤一郎が何かを成し遂げれば、泣いて喜び……三島弘という執事は、そんな風に、本当に実の親子のように篠崎潤一郎と接してきた存在だった。
それは、年老いた今でも変わることはない。
現に、潤一郎が今もこうして『じいや』と呼んで親しんでいる辺り、彼が三島にどれだけ心を許しているかが推し量れるというものだろう。
そんな二人がバッタリ出くわしたとあらば、潤一郎や三島がこんな嬉しそうに笑顔を浮かべるのも当然といえば当然のことだった。
「これから、ちょっと気晴らしがてらに真と出かけるんだ。良ければじいやも一緒に来るかい?」
「ほっほっほ、ありがとうございます坊ちゃま」
潤一郎の誘いに対し、三島は嬉しそうに笑いつつも。しかし続けてこう言った。
「しかし……そちらのお嬢さんと二人きりのところ、こんな
遠慮する三島に、潤一郎は「構わないよ」とやはり笑顔で返し、
「僕とじいやの仲じゃないか。それに……僕と二人よりも、じいやも一緒の方がきっと……きっと、真も楽しいはずだから」
と、続けてそんなことを……後半は少し遠い目をして呟いていた。
そんな潤一郎の言葉と語気、そして僅かな表情の変化から、彼の内心を聡く悟ってか……三島は「では、お供します」と笑顔で頷き、二人の気晴らしとやらに同行することを了承する。
そうすれば、潤一郎もニコニコと満足げに微笑み。「じゃあ、行こうか♪」とご機嫌そうに言って、三島と……そして一言も喋らない真を連れて、また屋敷の廊下を歩き始めた。
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