第二章:青き記憶の残滓
第二章:青き記憶の残滓
そうして調査を終えたセラと有紀、そしてガーランドが来栖大社の跡地を発とうとしていた頃、戒斗とアンジェは石神たちと別れ、純喫茶『ノワール・エンフォーサー』に戻って来ていた。
「いらっしゃいま……戒斗さん、アンジェさん。お帰りなさい」
カランコロンとベルの鳴る戸を潜れば、カウンターの奥に立っていた彼女――――
今日も私服の上のジャケットを脱ぎ、袖を折った黒いブラウスの上から羽織るエプロン姿だ。例によって店を手伝ってくれていたらしい。青いストレートロングの長く綺麗な髪を揺らしながら出迎えてくれる彼女の笑顔は、看板娘と呼ぶに相応しいぐらいに綺麗な笑顔だった。
「ただいま、遥」
「遥さん、ただいまーっ」
そんな彼女に挨拶を返しながら、二人でカウンター席に着く。
時間帯が中途半端だからか、店内に他の客の姿は見受けられなかった。だから今はガランとした店内に戒斗とアンジェ、遥の三人だけだ。
「それで遥さん、えっと……その
「えっと、その……ごめんなさい。やっぱり何も思い出せませんね」
「そっか……」
申し訳なさそうに答える遥に、アンジェが少し残念そうに返す。
そんな彼女の顔を見つめながら、遥は思っていた。
(……あの時、私は一体何をしていたのでしょうか)
――――あれから、もう一週間だ。
来栖大社での激戦を終えた後、再び記憶を失った遥。飛鷹の手で家まで送り届けられた彼女は、結局あの数日間……記憶を取り戻していた期間のことを、何も覚えてはいなかった。
彼女の主観では、気付いたら見知らぬ場所で飛鷹が目の前に居て、気を失って……次に気が付いたら、何故か家のベッドに寝かされていたといった感じだ。
だから、彼女はあの数日間のことを何も覚えていない。
思い出の街に行き、再会した親友とともに過ごし。彼女とともに大切な場所、来栖大社に赴き……その最奥にある聖域の洞窟で、母の遺したハバキリキャリバーに涙したこと。来栖大社で篠崎十兵衛の近衛騎士たる特級バンディット、七二体の内の四体と戦い、撃破したこと…………。
その全てが、今の彼女の記憶からは失われてしまっていた。今までの大切な記憶とともに、全て失われてしまっていたのだった。
「ま……そう落ち込むなよ遥。一度記憶が戻ったんだ、また記憶が戻る日だって、きっと来るさ」
少しだけ残念そうなアンジェと、それに申し訳なさそうな顔をする遥。
戒斗はそんな遥の顔を見上げながら、そう言って彼女を励ました。
「そうだよ、きっとまた記憶は戻ってくるよ。だから……大丈夫だよ、遥さんは」
そうすれば、アンジェも続けてそう言って遥を励ます。
「……そう、ですね」
遥はそんな二人の励ましにクスッと小さく笑み、二人に笑顔でこう言う。
「お二人とも、ありがとうございます。私なら大丈夫です。お二人の仰る通り……一度は記憶が蘇ったんです。きっと、また思い出せるはずですから。だから……戒斗さん、アンジェさん。ありがとうございます、励まして頂いて」
励ましてくれた二人に、遥は柔らかな笑顔を返していた。
「ッ――――!?」
「っ、この感覚って……!?」
その、直後だった。
遥とアンジェ、二人が揃って頭の中に――――甲高い、耳鳴りのような感覚を感じたのは。
顔をしかめる二人を見て、気付いた戒斗がまさかと思っていると。すると、直後に彼のスマートフォンにも着信が入る。
『バンディットサーチャーに反応があったッス。戒斗さん、至急現地に急行してくださいッス!』
恐る恐るその電話に出てみれば、スピーカーから聞こえてくるのは南のそんな言葉。
――――敵の、バンディットの出現。
二人がこんな顔をした時点から薄々察してはいたことだが、どうやら間違いないらしい。神姫である二人は敵の出現を警鐘という形で感じ取っていたのだ。
「……分かった。すぐに行く」
戒斗は南に短くそう返した後、スマートフォンを懐に収めて立ち上がる。
そうして立ち上がりながら、戒斗は二人と顔を見合わせた。
顔を見合わせながら、戒斗とアンジェ、遥はコクリと頷き合う。ここから先は……敢えて、確認するまでもないだろう。
「……行きましょう。誰かが私たちを必要としているのなら」
「うんっ!」
(第二章『青き記憶の残滓』了)
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