第一章:伸ばした手のひらが繋ぐモノは/01

 第一章:伸ばした手のひらが繋ぐモノは



 ――――まどろみの中。

 天と地の境界線すら曖昧な世界。上を見ても下を見ても、右を見ても左を見ても……白一色。距離感も何もない、そんなまどろみの中に彼は――――戦部いくさべ戒斗かいとは立っていた。

「此処は……?」

 まるで現実感のない光景――――いいや、現実ではないのだろう。そんな光景を目の当たりにしながら、戒斗は小さくひとりごちる。

 そうして彼が戸惑っていると、すぐ目の前の景色がグッと歪み……見覚えのある少女の背中が、戒斗の前に現れた。

「真……っ!!」

 ――――翡翠ひすいまこと

 見慣れた彼女の背中が、いつの間にか戒斗の前に現れていた。

 ウルフカットの綺麗な黒髪を揺らす少女、腐れ縁で親友の彼女が……厚手の黒いジャケットを羽織った彼女の見慣れた背中が、確かに戒斗の前に現れていたのだ。

 そんな真は、自分の名を呟く戒斗に一瞥もくれないまま、ただ真っ直ぐに前へと……白い景色の中、いつの間にか現れていた暗闇の渦の方へと歩き出していく。

 彼女が歩いていく暗闇の渦。その内側から漂うのは……明らかに不吉な気配。

「真っ!!」

 そんな場所に、彼女を行かせてはいけない。陽の当たる暖かな世界から、冷たい暗闇の世界なんかへ彼女を……翡翠真を、行かせてはいけない。

 半ば本能的にそう感じ取っていた戒斗は、自分でも無意識の内に彼女の名を叫びながら、歩き出す真の背中を追って駆け出していた。

「行くな! そっちに行かないでくれ、真っ!!」

 走りながら、戒斗は手を伸ばす。遠ざかっていく彼女の背中を繋ぎ止めようと、暗闇の世界に行かせまいと……必死に叫びながら、手を伸ばす。

 でも、振り返った彼女はいつも通りの笑顔を向けてくれるだけで、それだけで……何も言わないまま、歩いて行ってしまう。

「駄目だ、そっちに行っちゃ駄目なんだ! 頼む、行かないでくれ――――っ!!」

 それでも戒斗は走って、走って、走って……どうにか追いついて、そして彼女の右手をガッと掴んだ。

「真…………?」

「――――――殲滅」

 だが、握った彼女の右手にはいつの間にか禍々しいブレスが……黒と紫の『ダークフラッシャー』があって。そんな彼女の姿もまた、さっきまでの元気いっぱいな翡翠真から、禍々しい漆黒と深紫の神姫――――グラファイト・フラッシュのものへと変わっていた。

 そんな真は自分の手を掴む戒斗の方に、戸惑う彼の方に振り向くと。すると真は光の消えた、焦点の合わない瞳で彼をじっと見つめ。そして呟きながら……左手を閃かせ。唐突に、戒斗の腹を貫手で貫いてしまった。

「ぐ、は…………っ!?」

 真の左手が貫いた腹から、途端に激痛が迸る。

 今にも意識が飛びそうになるほどの激痛に襲われ、戒斗は思わず真の右手から手を放しながら、そのままバタリと仰向けに倒れてしまう。

 でも、倒れたところで背中はいつまで経っても地面に付くことはなく。仰向けに倒れこんだ彼の身体は、そのまま奈落の底へと落ちていく。

 何処までも、何処までも落ちていく。まるで地面なんか無いみたいに、文字通りの奈落に落とされたみたいに……戒斗の身体が、下へ下へと落ちていった。

 そうして落ちていくにつれて、彼女の姿が……光の消えた瞳でじっと自分を見つめる、神姫になってしまった翡翠真の姿が……段々と、遠くなっていく。

「俺は……何も、出来ないのか…………?」

 奈落の底へと転落しながら、血の滴る唇で戒斗は呟き。そしてスッと左手を伸ばす。もう遙か彼方へと遠ざかってしまった、もう見えなくなってしまった、彼女の……真の居た方に向かって。

「なぁ、アンジェ……結局、俺は無力なままなのか…………?」

 重たくなる瞼に身を任せ、スッと眼を閉じながら呟いたとき。伸ばしていた左手を、暖かい何かが包み込む感触がして――――そこで、戦部戒斗の意識はぷっつりと途切れていた。

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