第十章:グラファイトの少女/01

 第十章:グラファイトの少女



 何故、彼女がそこに居るのか。

 何故、居なくなったはずの彼女が今、此処に居るのか。

 何故――――彼女は篠崎香菜と、秘密結社ネオ・フロンティアと行動を共にしているのか。

「そんな、一体……どうして、真……っ」

 分からない、分からない、分からない。

 混乱しきった戒斗は、ただ目の前の信じられない現実を――――敵として現れた翡翠真の姿を、ただ見つめていることしか出来なかった。

 ――――翡翠真。

 襟を開けたダークグレーのブラウスに、上からフード付きの、肘下まで袖を折った黒革ロングコートを羽織り。下は黒革のショートパンツに編み上げの黒いロングブーツ、手には黒革の指ぬきグローブといった、そんな格好で現れた彼女は……どこからどう見ても彼女、行方不明になった翡翠真に他ならなかった。

「ご紹介致しますわ。彼女は翡翠真。我々の同志たる気高き神姫……グラファイト・フラッシュ」

 激しく動揺する戒斗をよそに、香菜は笑顔を浮かべながら皆に真のことをそう紹介する。芝居がかった調子で、その名を高らかに歌い上げるかのように。

「グラファイト・フラッシュ……?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ!!」

 そんな香菜に対し、戸惑う遥の横でセラは激昂し、声を荒げながら右手のショットガンをバッと香菜に突き付ける。

「ソイツを……真を返しなさい、今すぐにッ!!」

 激しく昂ぶる感情に任せて叫び、セラは激情に身を任せて即座にショットガンを発砲。

 火を噴く銃口から撃ち放たれる散弾。しかし香菜はスッと手を掲げると、半透明の防御フィールドを自身の周囲に展開。それで以てセラの散弾を容易く防いでみせる。

「なっ!?」

「あら、その程度ですの?」

「こなくそッ!!」

 ニヤリと笑んで挑発する香菜に対し、セラは右手のショットガンをクルリと回し……スピンコックで再装填しつつ二度、三度と続けざまにショットガンをブッ放す。

 だが、やはりその全てがあの防御フィールドに防がれてしまった。

「私が遊んで差し上げてもよろしいのですけれど……折角の機会ですもの、お披露目をしないといけませんわね」

 セラの放った銃撃を、一歩も動かぬままに防いだ香菜。

 彼女は微笑みながらそう言うと、傍らに立つ翡翠真に……瞳から光の消えた、何処か人形のように生気のない彼女にチラリと目配せをする。

「やってしまいなさい、真」

「…………」

 コクリ、と頷き、真は一歩前に踏み出る。

 そうして香菜の前に歩み出て、スッと小さく掲げた彼女の右手。そこには……真の右手には、禍々しいブレスのような装具が取り付けられていた。

 ――――ダークフラッシャー。

 その名を知るものは、香菜を除いてこの場には居ない。だが誰もが自然と理解していた。彼女の右手にあるブレス状の装具こそが、ダークフラッシャーこそが彼女に……翡翠真にヒトを超えた力、禍々しき超常の力を与えるものだと。

『まさか奴ら、彼女を人為的に……無理矢理に神姫へと仕立て上げたのか……?』

 だからこそ、有紀は後方に控えたトラックの中から……戒斗への無線通信が繋ぎっ放しだということも忘れ、そうひとりごちていた。

「やめてくれ、真……!!」

 そんな有紀の独り言を聞きながら、遠くの真の姿を見つめながら。戒斗は懇願するように呟く。

 だがそんな願いも虚しく、真は右手のブレス……『ダークフラッシャー』を掲げたまま、左手で何かを取り出した。

 細長い、折り畳みナイフのようなそれのブレードを。『ダーインスレイヴ・キーブレード』という名の装具のブレードをバチンと起こすと……真はそのナイフのブレードを右手のブレス、その下部に差し込む。

「……転身」

『Change』

 ボソリと呟く真の抑揚のない声と、ブレスから鳴り響く、低く無機質な男声の合成音声とともに――――翡翠真の身体は、禍々しい漆黒の閃光に包まれる。

 そんな暗い瞬きに包まれたのは、ほんの一瞬。閃光が消えた頃、次の瞬間にはもう――――彼女の姿は、全く別のものへと変わり果てていた。

「さあ、祝いなさい! 我らネオ・フロンティアの誇り高き戦士、神姫グラファイト・フラッシュ誕生の瞬間を!!」

 ――――――神姫グラファイト・フラッシュ。

 芝居がかった仰々しい声で高らかに宣言する香菜の傍ら、そこに立っていたのは……今までの翡翠真ではなく。漆黒と濃い紫を基調とした禍々しい神姫装甲に身を包み、両耳のイヤーマフ状のパーツから斜め後方に鋭いブレードアンテナを生やした姿に変わり果てた彼女。黒き闇に支配されし神姫……グラファイト・フラッシュだった。

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