エピローグ:Ride Out/02

「………量産型に引き続き、今度はパワードスーツの出現か」

「これは流石の私も予想外だよ。作戦の主目標だったバット・バンディット自体は駆除できたから、ひとまず何よりだが……新たな脅威の出現、これは決して楽観すべき事態じゃないね」

「ああ…………」

 一方、P.C.C.S本部の地下司令室では。渋い面持ちで腕組みをして唸る石神と、そして同じく神妙な顔をした有紀とが、突き当たりにある大きなモニタに映る画像を眺めながらそう、至極真剣な語気で言葉を交わし合っていた。

 ――――アルビオン・システム。

 司令室のモニタに映るのは、数日前の『オペレーション・デイブレイク』終了直後に襲撃してきた、あの純白のパワードスーツの姿だ。

 石神と有紀、P.C.C.Sにとっての頭脳たるこの二人を悩ませている原因こそ、このアルビオン・システムに他ならなかった。

「奴の身元はすぐに判明……というか、本人がバッチリ名乗っていたから調べるまでもなかったよ」

「篠崎潤一郎、か」

 そうだ、と有紀は石神に頷き、

「知っての通り、例の篠崎十兵衛……篠崎財閥の現当主にして、秘密結社ネオ・フロンティアの頭目と目されている、あの男の孫に当たる。ついでに言えば、前に姿を見せた篠崎香菜の弟でもあるね」

「篠崎一族はその全てが組織の幹部級であると予想されている。だから奴の登場も予想の範疇ではあったが……まさか、バンディットではなくパワードスーツとはな」

「そうだね……私や瑠梨るり以外に、あれほどまでのパワードスーツを作ることの出来る人間が存在していたとは。時三郎くん、正直言って……私はガラにもなく驚いているんだよ」

 だろうな、と石神が腕組みをしたまま頷き返す傍ら、有紀はやれやれと肩を竦め。白衣の懐からアメリカン・スピリットの煙草を取り出すと、それを口に咥え……愛用のジッポーでシュッと火を付ける。

 そうすると、石神も自分のラッキー・ストライク銘柄の煙草を咥えながら「すまん、火を貸してくれ」と彼女に言う。仕方ないなと有紀が差し出したジッポーに口を近づけ、石神は自分の煙草にも火を付けて貰った。

 そうして、司令室の中で石神と有紀は二人並んで煙草を吹かす。暫しの間、無言のまま二人は並び立ち……ただただ黙って紫煙をくゆらせていた。

「…………Vシステムと互角以上に戦う敵が現れてしまった以上、いよいよ悠長なことは言っていられなくなったな」

 並んで煙草を吹かしながら、ふとした折に石神はそう、神妙な面持ちで呟く。

 有紀がそれに「ああ……」と頷き返す傍ら、石神は続けて彼女にこう言った。

「ネオ・フロンティアという明確な敵勢力が出現した以上、これは本気でVシステムの量産化も視野に入れねばならなくなった」

「私としては、とても不本意なのだが……でも、状況が状況だ。こればかりは致し方ないか」

 ――――ヴァルキュリア・システムの量産化。

 実を言うと、石神自身はシステムの開発当初より視野に入れていたことだ。アレだけの強大な戦力、バンディットと対等に渡り合えるだけの力……遊ばせておくには勿体ないというレベルを超えている。

 だが、同時に石神は有紀の理念を、彼女の信念を理解してもいた。

 だからこそ、今まで彼女の意志を汲み、量産計画は意図的にストップさせていたのだが……しかし状況が状況だ。秘密結社ネオ・フロンティアという、バンディットを使役している明確な敵勢力が出現し……あまつさえ、Vシステムと対等、或いはそれ以上に戦える可能性のある敵までもが出現したのだ。であれば、流石に悠長なことを言ってはいられない。

 故に石神は、心苦しく思いつつも有紀にそう告げたのだ。

 どうやら有紀もそれは理解してくれていたらしく、石神は内心ホッとしている。生みの親である彼女にゴネられてしまっては、それこそどうしようもない話だ。

 だから、石神は総司令官として、ちょっぴりだけホッとした気分だった。

「或いは……現状のVシステムを上回る、新たなシステムが必要になるかもしれん」

 そうした安堵を分厚い胸板の奥に隠しながら、石神はボソリとそんなことも口走った。

「君のことだ、こんなこともあろうかと……既に用意しているのではないか?」

「……察しが良いね、時三郎くん」

「はっはっは、何だかんだ君とも長い付き合いだからな」

 石神としては半分カマ掛けみたいなものだったが、どうやら予想は的中していたようだ。

 間違いなく、篠宮有紀は――――現状のVシステムを上回る、新たな物を生み出しつつある。

「オルブライト家の資金提供があってこその、新しいプランだけれどね」

「シャーロットくんか……本当に、ありがたい話だな」

「ああ、全くだ。英国貴族シャーロット・オルブライト、神姫コバルト・フォーチュン……彼女の家の支援がなければ、そもそも新プランをコッソリ準備することすら叶わなかった。何せ殆ど私の趣味でやっていたことだからね。彼女には感謝してもし切れないよ、本当に」

「…………そうだな」

 石神が遠い目をして頷く傍ら、有紀はコホンと咳払いをして。長い前置きの後、やっとこさ話の本題に入っていく。

「…………戒斗くんが今までプロトタイプで頑張ってくれていたお陰で、Vシステムの戦闘データは十分すぎるぐらいに蓄積されている。それで浮き彫りになった諸々の改善点も把握済みだ。NXハイパーチタニウムに代わる新素材、NX‐αハイパーチタニウム合金の開発も完了していることだし……ね」

「つまり、結論としては……次の新装備はあるんだな?」

 有紀は「一応はね」と石神に答え、そして続けてこう言った。遠い目をしながら、しかし確かな熱い焔を翠色の瞳の奥に宿らせて。

「プランXG……半分冗談のつもりで考えていたことだけれど、これはいよいよ本気で必要になるかも知れないね」

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