第九章:光の差す場所へ/03

「――――ふむ、確かに君の戦闘記録と照らし合わせれば、一応の辻褄は合う……か」

 数時間後、P.C.C.S本部地下司令室。例によって集められた戒斗とアンジェ、セラの三人は石神と有紀、そして南も含めた一同と広い司令室の中で顔を突き合わせていた。

 そうした中で、有紀が顎に手を当てて深く唸っている。戒斗が真の言葉をヒントに導き出した可能性は……どうやら天才に類される彼女ですらも気付かなかったことのようだった。

 ――――バット・バンディットは光に弱い。

 それが、戒斗が真の何気ない一言をヒントにして導き出した可能性だ。

 あの時バット・バンディットは確かに、戒斗が照射したウェポンライトの強烈な光を浴びて失速し、その後で暫く地面をのたうち回っていた。心底苦しそうに、今にも死にそうなぐらいの苦しみ方で、だ。

 拳銃に取り付けるウェポンライトの明かりは、普通の懐中電灯の比じゃ無いレベルの強烈な光量を有している。

 暗所を照らすだけじゃない、至近距離で正対した敵に対しての目眩ましの効果も持たせてあるが故だ。ああいった戦闘用途に特化したライトでは往々にしてあることで、それを思えば……もしバット・バンディットが光に弱い性質だとしたら、あそこまで苦しんでいた理由も説明できる。

 加えて、奴が夜行性であることの裏付けにもなる。

 光に弱い性質のバンディットであるのならば、現れるのが日没後……夜の間だけ、というのも頷ける話だ。

 その点なども含めて、有紀は戒斗の話を一応、辻褄は合うと結論付けていた。

「時三郎くん、どう思う?」

「悪くないアイデアじゃないか? どのみち手詰まりに等しいんだ。奴を無防備に出来るのなら、その可能性に賭けてみるだけの価値はある」

 チラリと目配せをして問う有紀に、石神は腕組みをしたままの格好でうんうんと頷き返してみせる。

 石神も、戒斗のアイデアには賛成のようだった。実際手詰まりのような現状、これが突破の糸口になり得るとしたら……賭けに打って出る価値はあると、司令官の立場として彼も判断したのだろう。

 そんな石神の了承を受け、有紀は「なら、決まりだね」と言う。

「コウモリ自体は別に光に弱いってワケじゃあないんだが、どうやら奴はそうでもないらしい。オマケに音にも弱そうとあれば、戒斗くんの作戦を試してみる価値はありそうだ……」

 続けて呟く有紀の言葉を聞いて、アンジェは……イマイチ状況が掴み切れていない彼女は「作戦?」と首を傾げる。

 すると、そんな彼女の方にチラリと視線を向けつつ、有紀は短くこう答えた。

「スタン・グレネードを使うんだ」

「えっと……それって、どういう?」

 だがまあ、当然のことながら一般人のアンジェにはその単語の意味も分からない様子で。すると有紀は「……ま、分からなくて当然か」と肩を揺らした後、

「分かってしまう戒斗くんやセラくんの方が異常だからね」

 と、完全に理解している様子の戒斗とセラの二人を皮肉るようなことを口にした。

「悪かったな、変人で」

「全くよ」

 それに対し、戒斗もセラも何処か不服気味な感じで返す。

 とすれば、有紀は「ふふっ……」とニヒルな笑みを見せて。その後で傍らに控えた南に目配せをしつつ、彼にこう指示を出した。

「まあいい、助手くん? スタン・グレネードについて、アンジェくんに説明してあげてくれ」

「だから助手じゃないですって。……まあいいッスよ。それじゃあアンジェさん、僭越ながらこの俺、南一誠が説明させて頂くッス」

「えっと、よろしくね……?」

「はい、よろしくお願いしますッス」

 戸惑い気味というか、有紀と南のやり取りを見て苦笑いを浮かべるアンジェに南は笑顔で頷き返した後、抱えていたタブレット端末を操作しつつ……今回の作戦の鍵となる、スタン・グレネードについての説明を始めた。

「スタン・グレネード。日本語にするなら閃光音響手榴弾ってトコっすね。他にはフラッシュバンって言い方もあるッス」

「うん」

「えっと……アンジェさん、映画とかゲームとかって、割と観たりやったりする方ッスか?」

「そうだね、カイトの影響じゃないけれど……うん、僕も割と好きな方かな?」

「だったら話は早いッス。例えば映画とかゲームに出てくる特殊部隊、部屋の中に入るときに投げ込む筒があるッスよね? バンってなって、中の敵が怯んじゃう奴ッス」

「あー、何となく分かるかも」

「それがスタン・グレネードなんスよ」

 言って、南はタブレット端末を操作。司令室の突き当たりにある大きな三枚のモニタ、その内の中央の一枚にくだんのスタン・グレネードの画像を、参考例として表示させる。

 出てきた画像は米軍のM84スタン・グレネード。上下にある二つの六角形を、丸い穴が幾つも空いた円筒が伝うような……そんな形をした手榴弾だ。スタン・グレネードとしては最もポピュラーな品といえるか。

「スタン・グレネードはノンリーサル、つまりは非殺傷型の手榴弾ッス。立てこもりやハイジャックなんかに対しての人質救出作戦とか、そういう感じの……えっと、部屋の中の人間に被害が出ちゃマズい状況ッスかね? そういう時に使う、言ってしまえば目眩まし用の手榴弾なんスよ」

「ふーん……?」

「それこそ、フランス国家憲兵隊のGIGNジェイジェン、ドイツのGSG‐9ゲーエスゲー・ノイン、アメリカのSWATスワットとか……日本だとSATサットッスかね。ああいう対テロ特殊部隊の装備としちゃあ、代表的な物ッス。

 仕組みとしては、中に充填されたマグネシウムを使う感じッス。炸裂と同時に一八〇デシベル前後の強烈な爆音と、百万カンデラ近くの物凄い閃光を撒き散らすことで標的を無力化するって感じッスね。言ってしまえば一時的に視覚と聴覚を頂いちゃって、完全に無防備な状態にするのが目的ッス」

「だから、非致死性ってこと?」

「そういうことッスね。デシベルとかカンデラとか、単位がちょっと分かりにくいかも知れないッスけれど……要は物凄い爆音とめっちゃ眩しい光で怯ませるってことッスよ」

「……確かに、それなら効果抜群かもね。お日様を避けて行動するような相手だもん、そんなの浴びたらどうなるか……あんまり詳しくない僕でも想像付いちゃうよ」

 南の説明を一通り聞き終えて、アンジェも例のバット・バンディットに対して閃光音響手榴弾、スタン・グレネードがどれだけ有用かを理解してくれたらしい。

 ――――今の説明を簡潔に纏めると、こうだ。

 スタン・グレネードというのは特殊部隊向けの非致死性手榴弾で、主に人質救出作戦などに使われる。効果は強烈な爆音と閃光で敵を怯ませることで、その威力は人間が一時的に視覚と聴覚をほぼ無力化されてしまうほど。

 ましてバット・バンディットは夜行性、戒斗が浴びせたウェポンライトの光でもがき苦しんだぐらいには光に弱い性質の持ち主だ。加えて、超音波を用いて飛行する特性から、強烈な音にも弱いと推測される。

 だからこそ、このスタン・グレネードが有用なのだ。

 戒斗が有紀たちに提案した作戦というのは、そんなバット・バンディットの弱点を突く形で……スタン・グレネードを使って一気に奴を無力化してやるという作戦だった。

「今回は状況が状況だ。STFにも支援に当たって貰うことにする」

 そうして南が説明し、アンジェが理解した後。石神はコホンと咳払いをしてから、改まった調子で皆にそう告げる。

「STF?」

「なんだよ、それ」

 とすれば、またも聞き慣れない言葉にアンジェと……今度は戒斗も一緒になって首を傾げた。

 そんな二人を前に、石神はニヤリと笑んで。何故か司令室の扉……戒斗たちが背にした、そちらの方に向かって声を掛ける。

「クロウフォード隊長、入ってくれ」

 石神が呼び掛けると、扉はシュンッと独りでに開き。すると、開いた扉の向こうから一人の男が現れる。

「――――石神司令、俺をお呼びかい?」

 開いた司令室の扉、その向こうから現れたのは――――背が高くてマッチョな、いかにもといった屈強そうな黒人の男だった。

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