第三章:郷愁は紅蓮の彼方に/03

 出発から暫くの時間が経過すると、戒斗を横に乗せたセラの黒いダッジ・チャージャーR/Tはいつの間にやらハイウェイへと繰り出していた。

 港湾地帯を横切る、海沿いの湾岸線。片側三車線の高速道路、埋め立て地を横切る大橋の上をセラのチャージャーが今まさに突っ走っている。比較的空いたハイウェイの中、トロくさくて邪魔な他車を抜き去りつつ、アテもなく疾走している最中だった。

「……『トップガン』か」

「アタシ好きなのよ、あの映画。アンタはどうなの?」

「似たようなモンだ」

 そんな風に湾岸線を突っ走るチャージャーの中、カーステレオから流れる曲を聴きつつ、戒斗とセラがそんな会話をする。

 カーステレオ――――流石に半世紀以上前の物ではなく、スマートフォンと無線接続が可能な最新ユニットに交換されているが。そんなカーステから流れるのは、チープ・トリックの『Mighty Wings』だ。

 一九八六年、トム・クルーズ主演の傑作フライトアクション映画『トップガン』のエンディング曲といえば分かりやすいか。今まさに米海軍の原子力空母から、主人公マーヴェリックの駆るF‐14トムキャット戦闘機が可変翼をはためかせながら飛び立とうとしているような、そんな情景が頭に浮かぶこの曲は……あらゆる意味で、セラのイメージにピッタリだ。

 セラは背が高くて強気な女の子、それこそ並みの男じゃ太刀打ち出来ないぐらいに格好良いだ。

 そんな彼女だからか……変な話、神代学園のブレザー制服よりも、寧ろ海軍のフライト・ジャケットを羽織っていた方がよっぽど似合う。もし運命のボタンの掛け違いがあったとすれば、セラは神姫ではなく……今頃、この大空に戦闘機を飛ばしていたかも知れない。

 それぐらい、彼女と銀翼はピッタリすぎるぐらいにイメージが合うのだ。

 だからこそ、傑作映画のエンディングに使われていたこの曲もびっくりするぐらいによく似合う。勝ち気で直情的、何処までも真っ直ぐな彼女には……ある意味、うってつけな曲かも知れなかった。

「ところでさ戒斗、アンタ最近どうなの?」

「どうって……どういうことだ?」

「Vシステムのこととか、色々よ。有紀がP.C.C.Sに引き込んでから結構経つけれど、上手くやれてるわけ?」

「どうにかこうにか、な。Vシステムにも最初は面食らったモンだが、今はすっかり慣れたさ。新装備のフルアーマーも出来上がったことだしな」

「あー……何だっけ、アサルトアーマーだっけ。重くて不便そうだけれどね」

「かも知れないな。ま、使ってみないことには分からんさ」

 セラがチャージャーでハイウェイをアテもなく突っ走る傍ら、二人はそんな風に取り留めのない会話を交わしていた。

 古いマニュアル・ギアボックスはずっと四速トップギアに入れっ放しの巡航状態。ボンネットの下で骨董品の440マグナム・エンジンが古めかしい重厚な唸り声を上げる中、年式の割には綺麗な車内で……恐らくは丁寧なレストアと入念な手入れが為されているであろうチャージャーの車内で、二人は言葉を交わしている。

 そんな風に会話を交わしている間にも、いつしかカーステから流れる曲は変わっていて。次に流れ始めたのはマリエッタ・ウォーターズで『Destination Unknown』。これもトップガンの劇伴だ。どうやら彼女、よっぽどあの映画が好きらしい。

「っと……もう昼か。早いモンだな」

 カーステから流れる心地の良い音色を聴きながら、戒斗はふとした折に左手首に巻いた腕時計に視線を落とし。とすれば、何だかんだと昼時になっていたことに気が付いて。何気なしに隣のセラへと戒斗はそんな言葉を口にしていた。

「あら、もうそんな時間?」

「みたいだな。……なあセラ、そろそろ昼飯にしないか?」

「だったら良いトコがあるわ。アタシのチョイスだけれど……どう戒斗、行ってみる?」

「何処へ行くにも君次第だ。店選びも君に任せるよ、セラ」

 サイドシートに深く背中を預ける戒斗の言葉に、セラは「じゃあ、決まりね」と頷き返し。適当なところでハイウェイを降りると……元来た方に戻る形でハイウェイに乗り直し。ひとまず昼食と洒落込むべく、目的地に向かって年代物のダッジ・チャージャーを走らせていく。

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