第二章:もっと君を知れば/05

 それから暫しの時間が過ぎ、正午頃。所は変わって私立御浜国際大学の、だだっ広いキャンパス内。不必要なぐらいにやたらと敷地面積のあるキャンパスの中を、戒斗は独り駐車場を目指して歩いている最中だった。

 今日の講義は午前で切り上げだ。だから戒斗はとっとと帰るべく、こうして独りで駐車場に向かって歩いていた。

 ――――私立御浜国際大学。

 今更な話だが、戒斗が通っている大学こそがこの私立大学だ。

 先に述べている通り敷地面積が意味不明なまでに広く、敷地の端から端まで歩くには……厳密に計測したことは無いから何とも言えないが、十分近くは掛かるぐらいの広大なキャンパスを有している大学だ。

 敷地中央に事務員たちが詰めている事務棟と、そして妙に大きな講堂があり。それを中心に様々な施設が広がっているという風な……戒斗の通う大学といえば、こんな感じだ。

 戒斗が通っているのは、そんな風にやたらと広い敷地の大学なのだが……特に駐車場が不必要なぐらいに広いのが、ある意味では特徴だった。

 何せ、キャンパスに併設されている露天の平面駐車場は四つある。ひとつにつき何台が停められるのか、これも数えたことは無いから厳密な数字は分からないが……ざっくり数百台規模の広い駐車場だ。

 それがキャンパスの傍に四つもある。キャンパスに一番近い第一駐車場ですら満車になることは天地がひっくり返ってもあり得ないのに、だだっ広い駐車場が四つもあるのだ。戒斗もこの大学に来て三年ちょっと経っているが……第四駐車場に至っては車が入っているのを殆ど見たことがないレベルだ。

 正直、ここまで来ると存在意義を疑ってしまう。

 だがまあ、混まなくてありがたいというのも事実だ。混雑を避け、尚且つキャンパスからそこそこ近い場所に気兼ねなく停められるというのは、車で通学している戒斗としてもありがたい。

 ちなみに戒斗が停めているのも最寄りの第一駐車場。キャンパスの入り口から少し離れた、まず隣に誰も停めないようなガラガラの場所だ。毎回決まった場所に停めているというワケでもないが、大体その辺りの位置が戒斗の指定席のようなものだった。

「――――あれ、戒斗じゃないのさ」

 そんな第一駐車場に続く階段を昇り、広いキャンパスを歩いてきた戒斗がやっとこさ駐車場の敷地内に足を踏み入れた頃。戒斗は隅に併設されている駐輪場の辺りを通りがかった時、そんな風に声を掛けられていた。

 聞き覚えのある少女の声だ。戒斗にとってはアンジェの次ぐらいには聞き慣れた、そんな少女の声。

「なんだ真か、奇遇だな」

 声を掛けられた戒斗が立ち止まって振り返ってみると、すると駐輪場に居たのは……やっぱり、戒斗にとって馴染み深い間柄の少女だった。

 ――――翡翠ひすいまこと

 戒斗とは中学からの付き合いな、ある意味で腐れ縁のような少女だ。

 スラリとした長身痩躯の体格で、背丈は一六六センチ。スリーサイズは……戒斗が知るワケない話だが、上から八二・五七・八〇だったりする。

 髪は綺麗な黒髪のウルフカットで、切れ長な瞳は吸い込まれるような金色。今の服装は銀のネックレスが首元に揺れる白いTシャツで、その上から黒い厚手のジャケットを羽織り。下は半分ヴィンテージの領域に足を突っ込んでいるような履き古しのジーンズといった感じだ。

 口調から分かる通りの、気持ちの良いサッパリとした性格の持ち主で。だからこそ、何処か気難しい節のある戒斗と今でも付き合いが続いている、そんな数少ない一人なのかも知れない。

「珍しいじゃん、戒斗が真面目に講義に出てるなんて」

 そんな彼女――――翡翠真は駐輪場に停めた自分のバイク。赤と黒のツートンカラーなカウルが目を引く、一九八八年式のスズキ・GSX‐R400に寄りかかりながら、通りがかった戒斗に向かってそんな言葉を投げ掛けてくる。

「今日はちょっとした気まぐれだ。もう切り上げるけどな」

「ははっ、サボり魔のお前らしい答えで安心したぜ」

「サボり魔は余計だ。真の方はもう終わったのか?」

 小さく肩を揺らす戒斗に、真は「うん」と頷いて肯定の意を示す。

「今日はアタシ、午前の講義だけで終わりだからさ。どうせこの後は暇だし、チョイとひとっ走り行って写真でも撮ってこようかなって」

「相変わらず、カメラマン目指してるのか」

「当ったり前じゃん! 夢はデッカく無限大! アタシにはもうこれ以外見えちゃいないからね!」

 ニッと笑顔を見せて堂々と宣言する彼女を前に、戒斗はまた肩を揺らし。そうしてから真と目を合わせつつ、戒斗はこんなことを呟いてみる。

「毎度のコトながら、本当に真は情熱的だな。……その情熱、分けて欲しいと何度思ったことか」

「馬鹿言え、戒斗にはアンジェちゃんが居るじゃんかよ」

「それはそうだけどな。でもまた別の話だ。それはそれ、これはこれってな」

「ンだよそれ、ワケ分かんねえ」

「…………俺にはずっと、夢だとかそういうアツくなれるものが無かったからな。昔っから写真一筋だった君のその情熱、正直羨ましかったよ。真のストレートな生き様は、俺にはとても眩しかった」

「っ……!!」

 戒斗としては何気なく、昔から思っていたことを口にしたつもりだったのだが。当の真の方といえば……戒斗がそんな一言を口走った途端、何故か顔を赤くしてしまっていた。

 ――――実を言うと、翡翠真は昔から戒斗に対して密かな好意を寄せている。

 無論、戒斗本人は知らぬ話だ。彼自身は真のことを腐れ縁の親友だと思っているし、彼女の方もそれは同じ話だが。しかし真は同時に……戒斗のことを異性として、昔からずっと気に掛けていたのだ。

 だが、彼の隣には常に幼馴染みの彼女が…………アンジェリーヌ・リュミエールが居た。

 固すぎるほどの絆で結ばれた二人の間に割って入れるはずもなく、だから真は戒斗とそういう関係になることは半ば諦めている。

 でも、諦めきれない心だって未だに持っている。

 だからこそ、真はこうして彼と同じ大学に進学しているのだ。戒斗の方は偶然同じ大学だっただけだと思っているようだが……とんでもない。本当は真が彼を追いかけて此処に来たといった感じなのだ。

 これは、どう足掻いても叶わぬ恋。

 それを知りながらも、諦めきれないのが乙女心というものだ。乙女心は複雑怪奇……それは彼女にとっても、翡翠真にとっても同じことらしい。

 ――――閑話休題。

「ん……?」

 そんな風に顔を赤くした真の反応を不思議に思い、戒斗が首を傾げると。すると真はといえば、

「う、うっさい! 気にすんなバーカ!」

 顔を真っ赤にしたままで戒斗にそう言うと、そのままぷいっとそっぽを向いてしまう。

 彼女のそんな反応が不思議で仕方なくて、戒斗はまた「んん……?」と頭の上に疑問符を浮かべながら首を傾げていた。

「……っていうか! その言い方だと戒斗、今はお前もアツくなれる何かに巡り逢えたって風に聞こえたけど。そこんとこどうなのさ」

 そうして戒斗が首を傾げていれば、真はわざとらしいぐらいに話を逸らしてくる。

「そうだな……出逢えたといえば、出逢えたのかな」

 話を逸らした真の投げ掛けてきた問いかけに、戒斗は目を細めて……遠い目をしながら、短い一言だけをボソリと呟いて答えていた。

 ――――アツくなれる、何か。

 思い返せば、今までそんなものには……例えば夢だとか、そういうものと戒斗は不思議なぐらいに無縁だった。

 でも、今は違う。遥やセラのような神姫と出逢い、石神や有紀、それに南ら……国連の特務機関、P.C.C.Sとも出逢い。不思議な運命が巡り巡って、気付けば自分の手の中には大いなる力が……自分を守るために神姫になったアンジェの隣を歩いて行けるだけの、そんな力。ヴァルキュリア・システムが握られていた。

 それが、今の戒斗が巡り逢えたアツくなれる何か。この力で誰かの笑顔を、アンジェの笑顔を……アンジェと一緒に守っていくこと。それこそが、戒斗が探して探して、遂に巡り逢った……心の芯からアツくなれるものだった。

 それこそ、真がプロカメラマンを目指しているように。戒斗にとっては、それが全てを賭けられるぐらいにアツくなれるものなのだ。

「なら良かったじゃん!」

 機密事項だとか色んなことがあるから、戒斗は敢えて多くを語らなかった。

 しかし、真は遠い目をする戒斗の顔を見て何となく察してくれたのか、彼が呟くと……ニッと笑んだ彼女は、そんな風に戒斗を心から祝福してくれた。

「人生は一度っきりなんだ、アツくなれるモノに全力で挑戦してこそだって! 戒斗が何を見つけたのかは、敢えて訊かないけど……でも! アタシは素直に戒斗を祝福するよ! 良かったじゃん戒斗、遂にお前も巡り逢えたんだな!」

「……ああ。本当に良かったよ、本当に」

 フッと笑む戒斗にニッコリと満面の笑顔を返しつつ、真は今まで寄りかかっていた自分のバイク、赤と黒のGSX‐R400のエンジンをスタートさせる。

 駐輪場から引っ張り出したバイクに跨がり、フルフェイスのヘルメットを被って。そして真は「んじゃあ戒斗、お互い頑張ろうな!」と手を振ると、そのまま一気に駆け出して彼の元を去っていった。

「お互いに、か……」

 真からの激励を嬉しく思いつつ、薄い笑みを浮かべながら……駆けていった彼女の背中を見送った戒斗も、駐車場の中を歩いて行った。

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