第四章:とある平穏な幕間に/05

 そうして四人で向かった四階フロアのレストラン街。先程チラリと様子を窺い、そのあまりの混雑ぶりに速攻で諦めたフードコートよりは混んでいなかったが……それでも流石に昼時だけあって、何処のレストランもかなり混んでいる。

 大抵の店の入り口には順番待ちの名簿が置かれていて、空席が出来た傍から順次呼ばれて店の中に通されるといった感じだ。

 とはいえ、混雑状況も様々。ズラーッと順番待ちの客が長蛇の列を作っている店から、数人程度の待機客が居るだけの店まで、客入りの状況はそれぞれといった感じ。遥たちはその中でも一番待ち時間が少なく、手っ取り早く入れそうな店を選ぶことにした。

 実を言うと、本命はレストラン街の中にあるイタリア料理店だったのだが……そちらはかなりの待ち客が居るために敢えなく却下。第二候補の回転寿司も凄まじい混み方をしていたから諦めた。

 他にも中華料理に洋食店にしゃぶしゃぶ専門店に……と、一通り見て回った結果。何だかんだと三人、もといセラも含めた四人が本日の昼食に選んだのは――――レストラン街の片隅にある、とんかつ専門店だった。

「よかったね、丁度良く空いてて」

「ええ、私たちでピッタリ満席になったみたいですし、すんなり入れたのは本当に運が良かったです」

「こんな空きっ腹でお預け食らう羽目にならなくて良かったわ。偶然逢ったのには驚いたけれど、アンタたちと合流できて今日は運が良かったかもね」

「あのまま行ったらセラ、芋洗い状態のフードコートで席探しをゾンビみたいな顔でする羽目になってただろうな」

「うっさい。……でも、アンタの言う通りよ戒斗。あそこでアンタらと出逢えてなかったら、マジで今日のお昼はアタシ史上最悪の思い出になるところだったわ」

「混むのが嫌なら、時間をズラして食うのをオススメするぜ。……ま、俺たちも昼時ド真ん中にってのは予定外だったがな」

「あはは……」

「ついつい楽しくなっちゃいましたからね、服選び……」

「全くだ。好き放題に着せ替え人形にされる身にもなってくれ」

「でもさ、カイトも何だかんだ楽しそうだったよね?」

「……アンジェと遥、美女二人に弄ばれるんだ。そう悪い気はしないさ」

「えへへっ、おだてても何も出ないよー?」

「美女だなんて、そんな。……ありがとうございます、戒斗さん」

「…………アンタたちの会話、アタシは時々ついていく自信がなくなるわ」

 でまあ、話にもあった通りラストひとつの空席に待ち時間無しでギリギリ滑り込んだ一行は、注文した料理が運ばれてくるまでの間、そんな会話を交わして時間を潰していた。

 フッと肩を揺らしながら戒斗が呟くと、言われたアンジェは頬を軽く朱に染めながら嬉しそうに、少し照れくさそうに微笑み。遥も遥で嬉しそうな顔をしながら、コバルトブルーの瞳で対面の戒斗とアンジェを見つめていて。その横で三人の話を聞いていたセラはといえば、独り物凄く微妙な顔で隣の遥や対面のアンジェたちをジトーッとした目で眺めている。

 ちなみに通された席は店の隅にある四人掛けのボックス席。位置関係的には戒斗とアンジェが横並びになって椅子に座り、テーブルを挟んで対面のソファ席に遥とセラが隣同士で座っているといった感じだ。戒斗が遥と、アンジェがセラとそれぞれ真正面に向かい合っている形になる。

 ――――何にしても、本当に幸運な話だ。

 まさかこの昼飯時ド真ん中の、いわばラッシュの時間帯に待ち時間ゼロで店に入れるとは思わなかった。

 実を言うとこの店、フロアの突き当たりになっているレストラン街をぐるりと反時計回りに見て回った中で一番最後に辿り着いた場所なのだ。まさか空いているワケがないと諦め半分で店の前に歩いて行った結果……空席があるということで飛び込んだのが、このとんかつ専門店だったりする。

 戒斗たちは当然として、セラにとっても今回のことは幸運だった。

 それこそセラ本人や、それに戒斗が言っていた通り――――あそこで三人と出逢わずに予定通りフードコートへ行っていたら、戒斗の皮肉ではないが……比喩抜きにセラは空席を求めて彷徨い歩く羽目になっていただろう。昼食の乗ったトレイを持ちながら、まさに墓から蘇った幽鬼のように……だ。

 だから、今日こうして三人と出逢ったことは、セラとしてはイレギュラーな事態で……そして心情的にはどうにも微妙にならざるを得ない偶然だったが。結果的には何だかんだとセラにとっても今日の出逢いは幸運だったといえるだろう。

(……ま、今日のところは忘れましょう。神姫のことも、P.C.C.Sのことも全部忘れて……今だけは、ただの友達として)

 故にセラはそう、心の中で区切りを付けていた。

 これ以上あのことを、神姫やP.C.C.Sにまつわることを考えたって仕方ない。いずれはアンジェや戒斗に話さねばならないことではあるが、まさか遥が同席している今、このタイミングで話すことではない。

 というか、話すワケにはいかない。少なくともセラは遥が神姫であることを知らないのだし、遥もまたそれは同様で……今は互いに普通の人間同士だと認識し合っているのだから、セラとしては遥まで居合わせている今この状況でアンジェには話せないのだ。

 だからこそ、セラは敢えて今だけは忘れ――――前と同じように、ただの友達同士として接しようと。内心でそう思っていたのだ。

「……? セラさん、どうかされたんですか?」

 そうしてセラが内心で区切りを付けていると、自分でも気付かぬ内に顔が強張っていたようで……それに気が付いた遥が、隣り合って座る彼女の横顔を見つめながら首を傾げて問うてくる。

「何でもないわ」

 だが、当然セラが正直に答えるはずもなく。彼女はただ、そう言ってはぐらかすのみだった。

「セラさん、何か悩みごとでもあるんですか?」

「だから、何でもないって。ちょっとボーッとしてただけ。ホントに何でもないから。心配してくれてありがとね、遥」

 金色の瞳でチラリと横目の視線を流しながらセラが短く礼を言うと、遥は「いえ、そんな」と逆に恐縮したような反応を示し。すると彼女は、続けてセラにこんなことを語り掛けていた。

「……でも、何か悩みごとが出来たときは、遠慮なく話してくださいね。力になれるかは分かりませんが……私で良ければ、話し相手ぐらいにはなりますから」

 そう、至極優しげな……眩しすぎるほどの微笑みを浮かべながら。

「…………ま、そんな時が来ればね」

 遥が向けてくれた、そんな聖母のように優しく穏やかな笑みを横目に見つつ。セラはフッと薄く笑んで頷き返す。

 ――――彼女が掛けてくれた言葉は、素直に嬉しかった。

 その穏やかな笑顔は、遠い日に……もう手が届かないあの日に見た微笑みにどこか似ていて。故になのだろう、セラは自然と感じていたのだ。自分の心をがんじがらめに縛り付ける鎖が、少しだけ解けたような感覚を。

 もう良いんだよ、もう頑張らなくて良いんだよ――――。

 手が届かない場所に行ってしまった彼女が、自分の耳元でそう囁いて。もう良い、もう頑張らなくて良いと……そう、赦してくれたような気さえしてしまう。

 …………でも、それは間違いだ。

 確かに遥の気持ちは嬉しいし、彼女の微笑みを見て少しだけ気持ちは楽になったが……でも、今のだけは間違いなのだ。だって、もう彼女の声が聞こえるはずがないのだから。死者の声なんて……どうやったって、生者の耳に届くはずがないのだから。

 だからこそ、セラは遥の気持ちを素直に受け止めつつも、同時に内心で固く決意し直していた。自分の果たすべきことを、他でもない自分自身の手で果たしてみせると…………。

「あ、来たみたいだよっ」

「最初は……おっ、アンジェのが一番乗りか」

 セラが内心でそんな決意を固め直しているとはいざ知らず、対面に座る戒斗とアンジェはそんな風にはしゃいでいて。そうこうしている内に、テーブルを囲む四人の前へと盆に載った料理が順番に並べられていった。

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