第四章:とある平穏な幕間に/03

 そうして路線バスに揺られること数十分。停留所でバスを降りてしまえば、もうすぐ目の前が目的地のショッピングモールだった。

 この間もアンジェと一緒に映画を観にきた、あの大きなショッピングモールだ。今日は車ではなくバスだから、立体駐車場の入り口からではなく普通の正面入り口から入ることになる。それに戒斗はほんのちょっとの新鮮味を感じつつ……アンジェに手を引かれながら、遥も一緒に店の自動ドアを潜って中に入っていく。

「わあ……凄く広いですね……!」

「ふふっ、遥さんってば思ってた通りの反応だ」

「私が想像していたよりもずっと大きいです……! これなら一日中遊べてしまいそうですね」

「あはは、一日中は流石に無理かな……? でもさっきも言った通り、色んなお店があるからね。百聞は一見に如かず、まずは行ってみようよ遥さんっ」

「はいっ!」

「ほら、カイトも早くっ!」

「分かった分かった……そう急ぐなよアンジェ」

 自動ドアを潜ってショッピングモールの中に入っていくと、何処までも続いているようなその広さに遥が目をきらきらさせていて。そんな彼女の初々しい反応にアンジェは嬉しそうに微笑みつつ、凄くワクワクした顔で頷く遥と、それに戒斗の手を……二人の手を同時に引いて、店の奥へと二人をいざなう。

「ええと、まずはどちらに行かれるのですか?」

「んー……着いてのお楽しみかな?」

 そうして二人の手を引いて歩きながら、アンジェは遥の質問を微笑んではぐらかしつつ。エスカレーターを三人で一緒に昇り……何だかんだと彼女が遥と戒斗を連れて行った先は、やはりというべきか服飾店のある一帯だった。

 右を見ても左を見ても、どれもこれもが服やアクセサリーに関係する店ばかりの煌びやかな通路。まるで商店街のような様相を見せるそこにアンジェは二人を連れてくると、そのまま二人の手を引いて適当な店へと飛び込んで行ってしまう。

「ええと、此処は……」

「見ての通り、服屋さんだよ? 今日は遥さんに色々着て貰おうと思って♪」

 ワケも分からないままに連れて来られた服飾店の中、遥がキョロキョロとしながら戸惑っていると……アンジェは笑顔でそう言いながら、既に何着も手に取っていて。両手いっぱいに握り締めたそれを目の前の遥に見せつけながら、至極ワクワクした瞳で彼女を見つめている。

「アンジェさん?」

「ほら、服なら僕がいーっぱい選んであげるからさっ。まずはこれとこれとこれ、あとこれも着てみてよっ!」

「アンジェさん?」

「ささっ、入って入って……急がなくても大丈夫だよ? 前から遥さんに着て欲しいなって思って目星付けてたのがいっぱいあるからねー♪」

「アンジェさん……アンジェさん!?」

 戸惑う遥は謎の勢いのあるアンジェに押されに押され、あれよあれよという間に試着室に押し込まれていて。結局そのままアンジェの持ってくる服を次から次へと取っ替え引っ替え、遥は完全にアンジェの着せ替え人形にされていた。

 いつも通り、アンジェの趣味だ。戒斗も何十回とそのターゲットにされているだけあって、アンジェのあの謎の勢いに遥が気圧けおされ戸惑っているのが痛いほど理解出来る。

 だがまあ……着せ替え人形にしているアンジェも、されている遥も、どちらも凄く楽しそうだ。次は何を着せようと一生懸命に選んでいるアンジェの横顔も、試着室から出てきて「ど、どうでしょうか……?」と頬を軽く朱に染め、少し照れくさそうに服が似合っているかを見せてくれる遥の表情も……二人とも、本当に楽しそうな色をしていた。

「……悪くないな、こういうのも」

 だからこそ、戒斗はそんな二人の様子を眺めながら、自然と柔な笑顔を浮かべていた。

 神姫としてじゃない、ただの女の子としてのアンジェや、何よりも遥の笑顔を見ていると……何だかこっちまで幸せな気持ちにさせられてしまう。戦っていない時の、可憐な女の子としての二人の笑顔はそれほどまでに魅力的で、そして誰よりも輝いているように戒斗には見えていた。

「ねえ遥さん、こういうのはどうかな?」

「可愛らしいスカートですね。でも……私に似合うでしょうか」

「すっごく似合うと思うよ! 遥さんは背が高くてスタイルも良いし、何よりすっごく綺麗だからさ、何でも似合うと僕は思うよ?」

「そう……でしょうか。なら折角アンジェさんが持ってきてくれたものですし、これも試してみますね」

「うんっ!」

 時にはフリフリの可愛らしい膝上丈のティアードスカートを着させてみたり、肩の出た薄手のキャミソールと一緒に涼しげな夏っぽいコーディネイトをしてみたり……と、二人ともとても楽しそうだ。遥が入っている試着室の周りだけ、凄く可憐で爽やかな……そんな空気が漂っているぐらいに、遥もアンジェも本当に楽しそうな笑顔を見せていた。

「……あの、お客様」

「悪いな、今回も手間掛けさせちまいそうだ」

「いえ、それは構わないんです。それよりも……彼女さん、本当に楽しそうですね。あちらの綺麗なもう一人のお連れ様もそうですけれど、お二人とも凄く良い笑顔で。なんだか……見ているこっちが元気を貰えてしまいそうです」

「ああ……全くだよ」

 そんな二人を眺めている最中、戸惑い顔で近寄ってきた店員――――この間もアンジェと一緒に来て、戒斗が彼女を着せ替え人形にするのに散々付き合わせてしまった女性店員だ。彼女と一緒にアンジェと遥の二人を少し離れた場所から眺めつつ、戒斗は遠い目をして頷き返す。

 本当に――――二人とも、楽しそうで良かった。アンジェや遥のこんな笑顔を見られただけでも、遥を一緒に連れて来た甲斐があったというものだ。

「やっぱり、二人とも……こういう笑顔が一番似合ってるよ」

 少し離れた場所で戒斗がそんな独り言を呟いているとはいざ知らず、遥もアンジェも凄く楽しそうな顔でまだまだ試着を続けている。どうやら一段落付くまでは、もう少しだけ時間が掛かりそうだ。

 ちなみに、この後――――今度は戒斗が別の男性向けの服飾店に連れ込まれ、二人に延々と着せ替え人形にされてしまうことになるのだが……それがどんな状況だったのかは、今の二人のこの楽しそうな笑顔を見れば、敢えて語るまでもなく分かることだろう。

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