Chapter-03『BLACK EXECUTER』

プロローグ:深紅の神姫

 プロローグ:深紅の神姫



「でやぁぁぁぁっ!!」

 ある広い廃倉庫の中。人気ひとけなんてまるでない、打ち捨てられたその倉庫の中で――――少女の雄叫びとともに、異形の怪物が見事なまでの大爆死を遂げていた。

 ――――爆炎。

 深紅の装甲に身を包み、最速で駆け抜けた少女の戦い。その一部始終を見届けていた青年――――戦部いくさべ戒斗かいとの前にあったのは、廃倉庫の内側を照らし出す真っ赤な爆炎だった。

「カイトー、終わったよっ」

 そんな爆炎の中から、とことこと小さな歩幅で金髪の少女が歩いてくる。

 その少女……戒斗の名を呼ぶ彼女の身体には傷ひとつなく。そして彼女が纏う赤と白の神姫装甲にもまた、掠り傷すら付いていなかった。

 ――――神姫ヴァーミリオン・ミラージュ。

 それが、彼女の……アンジェリーヌ・リュミエールの変身した姿。神姫に覚醒した彼女の、異形と戦う最速の戦士としての名だった。

 アンジェがあの怪物を……孔雀型のビーコック・バンディットを倒すのに要した時間は、僅か三分程度。腰部のスラスターを活用し超加速した彼女はこの廃倉庫の中を縦横無尽に飛び回り、腕のアームブレードと脚のストライクエッジ、四つの刃で瞬く間に切り刻み……最後には刃に真っ赤な焔を纏わせて斬り裂く必殺技『ミラージュ・ジャッジメント』を見舞って、あのバンディットに反撃すら許さぬままに撃破してしまっていた。

 そんな彼女の戦いぶりは、手を振りながら笑顔で歩いて来る様子からは想像できないほどに苛烈だった。目にも留まらぬ速さで駆け抜けていた彼女は……それほどまでに、凄まじい戦いぶりだったのだ。

「……ああ」

 戒斗は自分の名を呼びながら近づいてくるアンジェを、薄い笑みとともに出迎える。

 とすれば、アンジェは変身を解除し。元通りの私服姿に戻ると、そのまま戒斗の胸に有無を言わさず飛び込んできた。

「おいおい……急にどうした?」

「ん、ご褒美に頭撫でて欲しいなって」

「……仕方ないな」

「えへへー……」

 自分の胸に顔を埋める彼女に戒斗が困惑していると、アンジェはそんな要求をしてきて。それに戒斗が仕方ないなと応じ、彼女の頭を手のひらでそっと撫でてやると。するとアンジェは嬉しそうに、何処か照れくさそうに微笑む。

「んー、やっぱり安心するなぁ……♪」

 戒斗の手に頭を撫でられながら、猫のようにじゃれつく胸の中の彼女を見下ろしながら――――戒斗は独り、内心で思っていた。

(アンジェが神姫に覚醒してから、今日で丁度二週間……早いモンだな)

 そう、神姫の力に目覚めたアンジェがこうしてバンディットと戦い始めてから……もう、何だかんだと二週間が経過しているのだ。

 本当に早いものだ。戒斗も最初はあれだけ驚いていたのに、今じゃもうアンジェが神姫に変身するのにも、彼女がヴァーミリオン・ミラージュとしてバンディットと戦う光景にもすっかり慣れてしまっていた。

 そんなアンジェの戦い方は――――こればっかりは流石に仕方のない話だが、間宮まみやはるかや……あのガーネット・フェニックスとかいう赤と黒の神姫と比べると、どうしても拙い部分がある。

 これに関しては、本当に仕方のない話だ。記憶を失っているといえ……恐らくは記憶を失う以前からバンディットと戦い続けてきた遥と、彼女ほどではないにしろ、恐らく実戦経験豊富なガーネット・フェニックス。そんなベテラン二人と比べてしまえば、アンジェの戦い方が拙く見えてしまうのも当然といえば当然だ。

 何せ、アンジェは二週間ちょっと前まで普通の女の子でしかなかったのだ。寧ろこれだけ戦えている辺り、彼女の神姫としての才能が凄まじい証拠と言えよう。

 アンジェはそんな自身の有り余る才能で、足りない経験値を補っていた。

 だからこそ、なのだろう。アンジェの戦いぶりは確かに素早く、そして勢いのあるものだが……どうしても力押しが過ぎる部分が垣間見えるのは。

 こればかりは、仕方のないことである。前述の通りアンジェはまだまだ経験値が足りず、神姫としては未熟なのだから。

 それでも、神姫としての先達せんだつたる遥に時折教えを請うたりして、彼女も彼女なりに努力しているのだ。アンジェの成長速度が早いのは素人目に見ても明らかだし、アンジェが遥と肩を並べるだけの実力を身に付ける日も、そう遠くはないだろうと戒斗は思う。

 ――――また、これは余談になってしまうが。アンジェも遥と同様、どうやら三つの形態にフォームチェンジ出来るようだ。

 さっきまで彼女が変身していたのが、基本形態に当たるミラージュフォーム。神姫に覚醒したアンジェが初めて変身した姿もこれだ。腕のアームブレードと脚のストライクエッジで戦う戦法で、必殺技は今まさにビーコック・バンディットを撃破した『ミラージュ・ジャッジメント』…………。

 それ以外にも二つの形態があることが、今日までの二週間で明らかになっていた。

 ――――スカーレットフォーム、そしてヴァーミリオンフォーム。

 この二つが、アンジェがフォームチェンジ可能な姿だ。

 スカーレットフォームの方が速度を犠牲に防御力を上げ、一撃の威力に特化した……謂わばパワータイプの特性か。

 逆にヴァーミリオンフォームの方は防御力を犠牲に、速度を極限まで高めたスピードタイプの特性。どちらも一長一短だが、上手く使いこなせばより有利に戦えることだろう。

 何にしても、アンジェは彼女自身が認識しているよりもずっと大きな力を手に入れたのだ。ヒトを生かすことも殺すことも出来る、そんな大いなる力を……まだ十八歳でしかない彼女は、手に入れてしまったのだ。

「じゃあカイト、終わったことだし帰ろっか♪」

「……ああ、そうだな」

 ――――出来ることなら、彼女に戦わせたくはない。

 でも、それは出来ない。彼女がそうあることを、神姫であることを彼女自身が強く望んでいるから。

 そして……そんな彼女に対して、何もしてやれない自分が居る。異形との戦いに足を踏み出した彼女の、アンジェの助けになってやれない……あまりにも無力な自分だけが、此処に居る。

 目の前で神姫ヴァーミリオン・ミラージュとして戦うアンジェの姿を見ながら、戒斗は常に無力感を感じていた。それこそ痛みを感じるほどに、彼は自身の無力さを痛感していたのだ…………。

 だが、戒斗はそんな風に自身が抱く複雑な思いを鉄壁のポーカー・フェイスの裏側に隠したまま、ただ薄い笑顔だけを湛えて彼女とともに廃倉庫を去って行く。今の自分に出来ることは、こうして戦いを終えた彼女を迎えてやることだけだと……自分にそう言い聞かせながら。

 そうして、戒斗は笑顔のアンジェとともに廃倉庫を去って行く。

「――――…………アンジェ」

 二人並んで歩く自分たちの背中を見つめる、セラフィナ・マックスウェルの複雑な視線にも気付かぬままに。





(プロローグ『深紅の神姫』了)

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