第五章:どうか、この日々がずっと続きますように/06
そうして約七十分の……前半に同時上映で別作品の短編映画が三十分ほどあったから、ざっくり一〇〇分か。そうして上映開始から一〇〇分が経過した後、やっとこさ映画が終わる。
そうすれば、劇場内には再び照明が灯されて。そうして周りが明るくなった頃……アンジェは漸く、自分が無意識の内に戒斗と手を繋いでいてしまったことに気が付いていた。
「あはは……ごめんね?」
気が付いたアンジェはそっと彼から手を離しつつ、照れくさそうに頬を朱に染めながら隣の彼にそう言う。
すると、戒斗も戒斗で小さく彼女から眼を逸らしながら「別に、詫びることじゃない」と言って。そして続けてボソボソと、小さな声音でこんなことも呟いていた。
「……アンジェの手に触れても、嫌な感じはしない。寧ろ安心する……だから、問題ない」
そんな風な彼の言葉を聞いてしまえば、アンジェの頬が緩むのも必然というもので。照れくさそうに言う戒斗の横顔を見つめながら、アンジェは「そっかそっか、えへへ……」と、至極嬉しそうに微笑んでいた。
――――とまあ、そんなやり取りを交わしつつ。二人はゆっくりと席から立ち上がり、少ない客たちの中で一番最後に三番スクリーンを後にしていった。
「面白かったねー」
「企画限定のアイツが出てきた時点で正直泣いたよ俺。忘れられてなかったんだな……って」
「あー、分かる分かる。まだスーツ残ってたんだねって感じだよね」
「ちゃんと残しておいてくれたんだよな……」
「そういえばカイト、結構気に入ってたもんね……」
「一発限りの企画で終わらせるには惜しかったからな。いっそ新作作らねえかな」
「あはは……可能性はゼロじゃないと思うよ……?」
「アンジェはどうだった?」
「んー、色々多すぎてちょっと感情が整理しきれないけど……エンドロールで流れた主題歌、意外と良かったね」
「あー分かる。最初はチャラすぎるかなあと思ってたけどな……中身観た後だとアレしか考えられねえよ」
「フィナーレに相応しい感じのお祭り感だったよねー」
「最高だった……」
「分かる、分かるよカイト……」
そうして映画館を出て、ショッピングモールの中をぶらぶらとアテもなく歩きながら……二人で語彙力が微妙に欠けた感想を言い合っていると。そうした折、アンジェがふと思い出したように「そういえば、お昼どうしよっか?」と戒斗に相談してきた。
「ん? ああ、もうこんな時間か」
左手首に巻いた細身なステンレスの腕時計に視線を落としてみると、時刻はもう午後一時半ちょっと手前。確かに昼食には丁度いい……というか、少し遅いような時間だ。
言われてみれば、戒斗も腹の虫が鳴ってきたような気がしてくる。確実に空腹だ。楽しい映画を観終わって良い気分だし、この辺りで何か食べたい気分になってくる……。
「んじゃあ、今日は俺が奢るよ」
そう思うと、戒斗は隣を歩くアンジェに何気なくそんな提案をしていた。
「えっ、流石に悪いよ。それだとカイトに奢らせてばっかになっちゃうし」
「良いって良いって。さっきも言ったけど、日頃からアンジェには世話になってるんだ。こういう時ぐらいは格好付けさせてくれよ」
「んー……まあカイトがそう言うなら」
映画も奢らせて昼食も、ともなれば流石にアンジェも申し訳なく思い、断ろうとしたが。しかし戒斗はそう言ってアンジェを押し切ると、彼女を連れて少し足早にショッピングモールの中を歩いて行く。
色々と悩んだ挙げ句、最終的に二人は一番手っ取り早いフードコートで済ませることにした。
ひとつ下のフロア、三階にある大きなフードコートだ。客席数は千席近くと凄まじい量で、テナントの数も十店舗ぐらいはあるだろうか。モールそのものの大きさに比例するかのように、普通のスーパーマーケットでは考えられないぐらいに広いフードコートだった。
実を言うと戒斗は一瞬、モールの中でもちょっと良い感じの店に入ろうかなとも思ったりはしたのだが……相手はアンジェだ。今更気合いを入れてどうこうするような浅い仲でも無いし、寧ろ遠慮がちなアンジェの気持ちを考えれば、このぐらいラフな方が妥当だと思った。であるが故に、敢えてのフードコートのチョイスというワケだ。
「カイト、ほんとにお肉好きだよね」
「肉食っとけば何とかなる。そしてラーメンは完全栄養食だ」
「……不摂生も程々にね?」
「そういうアンジェは……ワオ、美味そうだなピザ」
「あはは、美味しそうだったからつい、ね。良かったらカイトも一切れ食べる?」
「良いのか?」
「奢ってもらっちゃったんだし、これぐらいはね」
「んじゃあ俺の肉も一切れ」
「だったら頂こうかな。……あっ、結構イケるねこれ」
「だろ? お手軽な割にかなり美味いんだよここの。……このピザも美味いな、なんだこれ」
「だよねだよね! すっごく美味しいよねこれ……!」
「ノーマークだっただけに驚きだぜ……今度俺もこれ食べよ」
「あ、よかったらもう一切れどう?」
「じゃあ俺のも」
とまあ、こんな風に互いの昼食を交換しつつ……本日の昼食は和やかな内に、実に楽しく時間が過ぎていった。
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