第五章:どうか、この日々がずっと続きますように/01

 第五章:どうか、この日々がずっと続きますように



 ――――そして数日後、アンジェと出かける当日の朝。

「カーイトっ、ほら起きてよっ」

「待て、待ってくれアンジェ……あと五分だけ……」

「そう言ってカイトってば、いーっつも十分十五分って寝ちゃうじゃないか」

「だ、だったらあと五十分……」

「何言ってんのさ……それにカイト、今日は僕とお出かけの日だよ?」

「分かった、分かった分かった……」

 今日も今日とて雨の降る、そんな日曜日の朝。自室のベッドで眠りこけていた戒斗は、例によって起こしに来ていたアンジェに揺り起こされていた。

 何故だか自分の上に馬乗りになっていたアンジェを退け、戒斗は怠そうにベッドから上体を起こす。ふわーあと大きな欠伸をする呑気な姿からは……いつもの皮肉屋っぽい気配が欠片も見受けられない。まるで寝起きの子供だ。

「ほんと、カイトは寝ぼすけさんだねー」

 と、そんな戒斗の間の抜けた顔をすぐ傍で眺めながら、アンジェが微笑む。

 そんな彼女の格好だが――――平日じゃないのだから当然、私服の出で立ちだった。

 肩の出たアイボリー色のキャミソールに、その上からふわりとした……少し丈の長めな、ライトグレーのジャケットを羽織っていて。下はふわりとした黒のティアードスカート、脚には長い丈の黒いオーヴァー・ニーソックスといった組み合わせ。今日のアンジェの格好といえば、こんな感じだ。

 更に付け加えるのなら、小さなハンドバッグも傍らに置いてある。寝ぼけた瞳でぼうっと見る戒斗の視界に映る彼女の出で立ちは、そんな風なものだった。

「テレビ、使わせてね」

 尚も寝ぼけた顔の戒斗がベッドの上でボケーッとしていると、アンジェはそう言ってテレビの……戒斗の自室に備えられている液晶テレビのリモコンを手に取り。するとフローリングの床に座布団を引っ張ってきて、テレビの前にちょこんと座る。そうすればアンジェはリモコンを操作し、今まで沈黙を保っていた部屋のテレビを点けた。

 そうしてアンジェがテレビを点けて数分後、午前九時ちょうど。カチンと時計の秒針が頂点を指した頃……テレビの画面に流れ始めたのは、日曜朝の特撮ヒーロー番組だった。

 アンジェが毎週楽しみに観ている番組だ。昔は午前八時の枠だったのだが、少し前に今の午前九時に移動した。何十年も前から続いているシリーズ作品で、今でも根強い人気がある作品だ。

 それで、だ。実を言うと戒斗もこの番組、毎週録画して観ていたりする。

 何せ戒斗、アンジェまでとはいかなくても……戒斗の方も十分マニアと名乗れるぐらいには特撮に造詣が深いのだ。アンジェがこうして重度の特撮マニアになったのも、他ならぬ戒斗が直接的な原因といえる。

 尤も……今ではマニア濃度を完全にアンジェに追い越されてしまい、同じ重症マニアの有紀とアンジェが喫茶店で交わす話にもう戒斗は付いていけなくなってしまっているのだが。

 とにもかくにも、午前九時ちょうどに特撮ヒーロー番組が流れ始めると……アンジェはテレビの前に敷いた座布団にちょこんと座りながら、それに釘付けになっていた。

「アンジェも好きだな」

 そんな彼女をベッドの上から眺めつつ、戒斗が苦笑いをする。

「カイトだって録画してるじゃないか」

 すると、アンジェは画面から逸らした視線をチラリと一瞬だけ戒斗の方に向けつつそう言う。

「折角だし、一緒にリアルタイムで観ようよ」

「まあ……そうだな」

 続けてアンジェに提案され、戒斗は頷きつつ。よっこいしょとベッドから起き上がると、部屋の隅に放置してあったもう一枚の座布団を引っ張ってきて……アンジェの隣に腰を落とした。

「…………」

 そうして二人で横並びになってテレビを眺めながら、戒斗はふとアンジェのことを思い返していた。



 ――――アンジェリーヌ・リュミエール。

 知っての通り、戒斗とは幼馴染みの少女だ。今は十八歳で、二一歳の戒斗の三歳年下。戒斗が物心付いた時から彼女とずっと一緒で、幼稚園も小学校も、中学も……そして美代学園も。ずっとずっと、戒斗は彼女と一緒だった。三年分の年齢差はあるものの……今日までの十数年間、アンジェとはまるで同年代の親友のように過ごしてきたのだ。

 それで、だ。先に説明した通り、アンジェは戒斗の影響で重度の特撮マニアになってしまっている。

 全ては戒斗が原因だ。幼い頃、彼女と一緒に日曜の朝からずうっと二人でテレビを観ていて……気付けば、いつの間にか彼女の方がドハマりしていたのだ。

 それからというもの、アンジェが日曜も朝早くから戒斗の部屋に乗り込んできて、こうして一緒に朝からテレビを眺めるのが……ここ十数年間の、二人にとっての半ば習慣のようなものだった。

 今となってはもう、アンジェの方が戒斗よりよっぽど濃い特撮マニアになってしまっている。果たしてこれで本当に良かったのか……と戒斗は時たま思うことがあるものの。本人が楽しそうだから、まあいいか……とも思っていたりする。

 何にせよ――――アンジェと戒斗はずっと、こうして一緒の時間を過ごしてきたのだった。



『次回!』

「あ、終わっちゃったね」

「三十分なんてのもアッという間だな」

「だねー。今週も面白かった……来週も楽しみだね」

「来週はほら、また新しい強化アイテム出るんだろ?」

「ワクワクしちゃうよね……こういう強化イベントって」

「あー分かるそれ。いいよな初登場回って」

 とまあ、そうこうしている内に三十分の番組は終わり。実に満足げなアンジェに戒斗も同意しつつ、二人で座布団から立ち上がる。

 リモコンを使ってテレビの電源を落とし、やっとこさ二人は戒斗の自室から出て行く。例によってアンジェに連れられながら……戒斗はまだ寝ぼけた頭と身体で、よろよろと階段を降りて一階に連れられていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る