第一章:平穏で幸せに満ち溢れた日々の中で/09
遥が飛び出していった後、何だかんだと店を手伝っている内に……気付けばもう夕方になっていて。再び家を出た戒斗はまたガレージのZ33を動かし、朝も向かった神代学園へと車を走らせていった。
「っと、そろそろだな」
学園の校門前へといつものようにZを滑り込ませ、ハザードランプを炊いて横付けする形で停め。車から降りた戒斗はボディに寄りかかりながら、ぼうっと校舎の方を眺めつつアンジェの帰りを待つ。
左手首の腕時計を見てみると、時刻は大体いつもの頃合い。そろそろアンジェが出てくるタイミングのはずだ。
普段から約束の刻限より少しだけ前に着けるようにしているから、待つのには慣れている。戒斗はいつものようにZのボディに寄りかかる格好で、アンジェの帰りをじっと待った。
「カイトーっ」
そうして待つこと、五分と少々。聞き慣れた声を耳にして顔を上げてみると、こちらに向かって歩いて来るアンジェの姿を戒斗は見つける。
校門の向こうから小走りで、アンジェは手を振りながら戒斗の方に向かって真っ直ぐに駆けてくる。そんな彼女に戒斗も軽く手を振り返しつつ、校門を超えて傍まで駆け寄ってきた彼女を出迎えた。
「おかえり、アンジェ」
「うん、ただいまカイト」
「疲れたか?」
「うーん、そこまでかな。今日は別に体育とか無かったしね」
「そうか ……まあいい、行こうぜアンジェ」
「だねー。それじゃあカイト、帰ろっか?」
「そうだな」
「安全運転でね?」
「分かってるって。アンジェを乗せてるときは死んでも飛ばさない」
「ねえカイト、僕を乗せてるとき『は』?」
「…………それ以外の状況はノーコメントだ」
「もう……程々にね?」
ささやかな小言を言ってくるアンジェに小さく肩を竦めて返しつつ、戒斗はもたれ掛かっていたボディから離れ、すぐ傍にあった助手席側のドアを開けてやる。
アンジェが助手席に乗り込むと、戒斗はそのままドアを閉めた。バンッと音がして扉が閉まると、開いた窓越しにアンジェが小さく手を伸ばしてくる。それに戒斗が仕方ないな、といった風に小さく指を絡ませて応じてやれば、アンジェは「えへへ……」と嬉しそうに微笑んでいた。
「……そういえば、また怪物騒ぎがあったらしいぜ」
そうした後で戒斗は運転席に乗り込むと、シートベルトを締めながらで何気なく隣のアンジェにそんな話を振っていた。
さっき――――といっても何時間も前の話だ。遥が飛び出していった直後、有紀と一緒に店のテレビで観たあのワイドショー番組で報じられていた話のことだ。別に今振る話題じゃないのだが……戒斗は何気なく、アンジェにその話題を振ってみていた。
「えっ、また?」
戒斗が話を振ると、アンジェは驚いた様子できょとんとする。戒斗はそれに「ああ」と頷き返し、
「今度は港の倉庫街らしい。物騒な話だ」
と、あくまで他人事といった調子で隣の彼女に呟く。
「物騒だなあ。うーん、なんか怖いね……」
「本当にな」
「そういえば、学園にも怪物騒ぎに巻き込まれた
「へえ?」
アンジェが呟いた言葉を耳にして、戒斗が気になるといった様子で横目の視線を小さく向ける。するとアンジェは「ひとつ下の学年、二年の話だけどね」と前置きをしてから、戒斗の方を見つつで説明してくれた。
「詳しいことはよく分かんないよ? 僕も噂で聞いただけだから。ただ……実際に怪物に襲われて、大怪我しちゃったんだって。その時に一緒に居た弟は……怪我が酷すぎて、運び込まれた病院で死んじゃったみたい」
「…………そう、か」
アンジェの説明を聞いた戒斗は、表情こそ多少の影を作った程度だったが。しかしその内心は決して穏やかではなかった。
今の話で――――アンジェのひとつ下の学年、二年生で実際に怪物騒ぎに巻き込まれ、そして襲われたという
彼女のひとつ下の学年、二人とも顔も名前も知らぬ赤の他人といえども……それでも、テレビの中の話よりはずっと距離感が近い。少なくとも、現実味という意味ではずっとずっと色濃かった。
だからこそ、なのだろう。アンジェもまた、少しだけ表情を曇らせているのは。その噂を耳にしたときの彼女もまた、今の戒斗と全く同じ心境だったに違いない…………。
――――いつ、自分たちの身に降りかかってくるか分からない。
それを改めて実感してしまったからこそ、二人はこんな風に暗い雰囲気になってしまっていたのだ。
自分が襲われるだけなら、まだいい。
だが……もしも彼が、彼女が巻き込まれてしまったとしたら。未だ正体不明の異形の怪物とやらに襲われ、大怪我を負い……そして、
戒斗にとっては、アンジェが。そしてアンジェにとっては、戒斗が。お互いにそれを想像してしまうと、辛すぎて胸が張り裂けそうな気持ちになってしまう。
それほどまでに、この二人はお互いのことが大切なのだ。お互いの為なら、自分の
だが、二人はお互いがお互いにそう想い合っていることを、未だ知らないままだった。互いにそんな想いを……親愛の情と呼ぶべき深い想いを抱いていることを、まだ戒斗もアンジェも知らぬままだった。
「…………と、ところでさカイトっ!」
――――いつの間にか、重くて暗くなっていた雰囲気。
それを紛らわせようとするみたく、アンジェは敢えて元気いっぱいといった調子で戒斗に別の話題を振ってみることにした。
「なんか、僕のクラスに今度転入生が来るみたいだよ?」
「転入生? ……三年のこの時期に、か?」
物凄く変な時期に訪れるという転入生、それを不思議に思った戒斗が首を傾げながら訊き返すと、アンジェはうんと頷き返し。続けてこんな言葉を隣の彼に投げ掛けた。
「なんでも、外国からの留学生らしいよ? 詳しいことは僕も知らないけれど……もう少ししたら、僕のクラスに編入されるみたい」
「へえ……三年の妙な時期、しかも海外からか。珍しいこともあるモンだな」
「ねー」
ふーんと唸る戒斗に、薄い笑顔で返すアンジェ。そんな彼女の柔な笑顔を横目に見つつ、戒斗はギアをドライヴ位置に突っ込んだZ33を走らせ始めた。鳴り響くチャイムの音色に見送られながら、二人にとっての帰る場所……居場所へと帰るために。
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