皮肉な一面
「お前、太ったか?」
ある日、いつものようにミカを弄んでいた男が何気なく訊いてきた。
彼女の腹が僅かに出てきていることに気付いたのだろう。
「さあな……」
ミカの方はそう曖昧に返しただけだったが。
しかし、一見しただけでも妊娠が察せられてしまうほど腹が出てくるまでにはまだ時間もある。とは言え、すでに胎動も始めている。さらには、
『胸も……少し大きくなったか……』
ギロチン台の露と消える覚悟を決めたその精神とは裏腹に、肉体の方は<母親>としての準備を着々と進めていた。
『こればかりは精神で抑えることができんなあ……』
そんなことも思う。
普通なら妊婦健診にも通い、授乳に向けての準備も始めなければいけないところだろうが、彼女がこの監獄に来てからすでに五ヶ月。運命の日までは残り一ヶ月となった。
最初の地下牢での二週間余りの暮らしや、男達に嬲られ続けていることを除けば、ここでの生活は、むしろ女王として政務に追われていた頃よりもはるかに穏やかでのんびりした日々だったと言える。
まあそれも、ミカだからそう感じるのであって、普通の女性ならとっくの昔に精神を病んでいてもおかしくなかっただろうが。
なにしろ、誰の子ともしれない赤ん坊を妊娠し、それでも男達の慰み物として毎日好き勝手に嬲られ、しかも赤ん坊共々死ぬ運命にあるとか、これが不幸でないなら何が<不幸>か? という話だろうし。
とは言え、それさえミカにとっては<ただの余禄>に過ぎなかった。
だが、それは突然訪れた。
元老兵だった<看守長>が何の前触れもなく更迭され、新しい<看守長>が着任したのである。
「私の名前はファンブレン。私が来たからにはこれまでのような自堕落は許さん……!」
看守らの前でそう訓示した新しい看守長<ファンブレン>は、痩躯で、やけに頭ばかりが大きく、酷く神経質そうな目をした年齢不詳の男だった。
そしてファンブレンは、
『これまでのような自堕落は許さん』
との言葉通り、監獄内に徹底した<規律>を求め、それまでは、ミカ以外の囚人については、手足に鎖は繋ぎ<務め>を課してはいたものの、同時に監獄内であれば割と自由に振る舞うことが認められていたものが、全員、<役務>を行う時以外は牢に拘禁し、許可なく言葉を発することさえ禁止した。
それは囚人だけでなく、看守らに対しても同様で、
『女性の囚人で欲求を満たす』
ことを禁止、
「女性を抱きたければ街へ行って買え!」
と命令したのである。
これは一見、女性の囚人らにとって良いことのようにも思えるだろうが、最初からそうであれば問題もなかっただろうが、実は、ここまでの関係もあって看守らにも彼女達への<情>も湧いており、それが囚人らへの当たりを和らげていたという、実に皮肉な一面もあったのだった。
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